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世紀末を旅しよう  作者: 隼理史幸
この世界の営みに目を向けよう
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仁・義・礼・智・信

 ───前略、疲れた。いや、本当に。肩の凝り具合が尋常じゃない。


「いやぁ、ご苦労様だ。休憩していいぞ」

「店主さん、人使いが荒すぎやしませんか? いきなり一人で仕込み十人前とか、耳を疑いましたよ?」

「コキ使う、って言った筈だよ。文句は獣之助に言うこった。ツケ多すぎだ、ってな」


 そう言いながら椅子に腰掛け足を組む奥村店主。懐から四角いケースを取り出すと、中のなにやら近未来的な外見の、棒状のモノを出し口に咥える。


「っとと。お宅、タバコいいか?」

「それ、タバコだったんですね?」

「なんだ、タバコ知らないのか?」

「いえ、自分の知ってるのと外見が違うもんで」

「ほう、そうか。これ最新式の電子タバコだからかね」


 少し素っ気ない反応の後、席を立とうとする奥村店主。気を使わせるのも悪いと思い引き留める。


「構いませんよ。気にしないんで」

「すまんな。獣之助や望は嫌がるんだ、これ。害はないから、安心しな」


 席に座り直し、奥村店主は一服。白い煙から微かに特有の臭さと甘い香りがし、そして漂うことなく天井の空調機器にみるみるうちに吸い込まれていく。


 一息吐いて、店主はリラックスした様子で、こちらの顔を舐めるように見回す。


「しかし、宣言通りコキ使ったが。お宅、獣之助やあの馬鹿お嬢に比べれば根性はあるな。アイツらと違い音は上げなかった」

「いえいえ、正直しんどいですよ」

「でも、お宅けっこうスジは悪くないよ。馴れてるだろう?」

「いやいや、そんなの奥村さんに比べたらまだまだですよ」


 それを聞いて、先程までリラックスした表情が若干変化し、目元の皺がひとつ増える。しかめた顔のまま電子タバコでこちらを指すと、溜め息混じりに言う。


「ったりめぇよ。人生、これ一本で食ってんだ。たかだか小馴れたくれぃの小僧っ子ひとりに負けちゃ、名が廃らぁな」


 そう言って、頭の八本の蛸足のそれぞれで腕を組み、椅子に深くふんぞり返る。伊達や酔狂でやってる訳じゃない、という自信が座する状態でもひしひしと伝わってくる。


 比較するにしても、対象が違いすぎるというのだ。無自覚ながらに店主のプライドを傷つけたことを悔い、ちゃんと頭を下げて謝罪する。


「こっちも本気で怒っちゃいないよ。面上げな」

「……すんません」

「おう。悪いと思ったこと、ちゃんと謝れるのは悪いことじゃあないよ。ホント、どこぞの阿呆に見せてやりたいねぇ」


 ぽん、と肩に開いた蛸足を置き「まあ気にすんな」とあっけらかんに振る舞う。その気持ちはありがたい。ありがたいが、タコの吸盤が微妙に吸い付きがよいせいで、あまりいい気分ではない。


 ふと、引き戸のほうを眺める。この店の手伝いをしてはや三時間は経った。ちょくちょく短い休憩を挟みはしたが、外から喧騒が聞こえてくると、時間の流れが随分早く感じる。


「しかし、いくらなんでもハード過ぎませんか? 店主と俺のふたりで何十人ぶん以上の仕込みとか、どうなってるんです?」

「それぐらい、今度の祭りは重要ってこった。他でもねぇ、あたしらにとっちゃ神と等しい<ファミリア>の就任だ。念は入れるに越したこたぁないね」


 ───<ファミリア>。俺を助け、導いた。あの人懐っこい顔をするアイツ。それが、この世の中では神様の代行者とか言われている。今に至るすべての智慧を納める存在。


「確かに、彼みたいなのがトップにいたら安心しますよね」

「おや、お宅彼とは親しいのかい?」

「いや、一度会って話をした程度ですよ。深くは知らないです。けど、信頼できるヒトだと思います」

「そうかい。いやぁ、奴さんは確かに人当たりはいいよ。同じ止ん事無い身分のせがれでも、どっかの誰かさんとは雲泥だ」


 誰かさん? それはいったい誰を示しているのかを尋ねようと、口を開こう────、


「ごめんくださいまし!!」


 ────とした次の瞬間、ばっとお店の引き戸が勢いよく開き、大きく張りのある声が店内に響き渡り、それをもろに受けた俺と店主は驚きのあまり肩がほぼ同時に跳ねる。


「───噂をすればなんとやら、だな」


 思い切り肩を落とし、心底辟易したという顔で来訪者を迎える店主。心なしか眉が今しがた談笑していた時より、僅かだがつり上がっているように見える。


「………! やはりここにおられましたね!!」


 思わず「ゲッ!」と言いそうになるのを何とか堪える。来訪者、獅子王文殊の顔が一気に、ぱぁっ、という効果音が聞こえてきそうなくらい明るいものに変わる。


 こっちとしては、無意識のうちに片足が一歩引いていたことに気がついた頃には、既に頭のなかで昨日の事が鮮明に思い出される。


 ────彼女は危険である。そう口酸っぱく言われているが、実際一回殺られかけているから、恐怖が全くない訳じゃない。兎に角、ちゃんと会話で何とか穏便に退けられれば、と動き出そうとした矢先、店主が席を立ち、彼女へ向け先制する。


「お宅、何の用だ? 何処へなりとも行け、と言った筈だ」

「ええ。何処へなりとも。つまり、ここに戻ってきても何ら問題はなくてよ?」


 声と同様に大きい胸を張り、「どうだ、言い返せまい」と言いたげな顔である。確かに屁理屈ではあるが、その通りではある。


 しかし、昨日の今日でこの態度だ。顔には出さないが店主に苛立ちが見えるのは、指に挟んだ電子タバコをへし折りそうなくらい力が込められている事から伺える。


「チッ、阿呆のわりに口は回る」

「お褒めに預かり光栄です」

「しかし、礼儀ってもんがあるでしょうが。去り際に散々吐き捨てておいてノコノコ帰ってきたんだ。言うことがあるんじゃない?」


 棘のある言葉を投げる奥村さん。だが、今回はその言い分は正しい。獅子王さんは露骨に嫌そうに、口を尖らせ、店主に目を合わせず、渋りながら言う。


「もう、しわけ、ありません! ですわ!」


 ……なんというか、叱られた小学生を見ている気分だった。あからさまに自分が悪いのに非を全く認めようとしないで、反省の言葉を言わされてるような、そんな感覚。


 奥村さんもいまいち納得はいっていないようだが、これ以上言っても、といった感じで溜め息ひとつして、あらためて獅子王さんに問い掛ける。


「んでだ。わざわざ出戻りしたからにゃあ、マジメに禊とやらをやる気にはなったわけかい?」

「禊? ええ、それはちゃんとやります。やりますが、今はそれどころではありませんのよ!!」


 ビシッ、と音が聞こえてきそうなくらい力強くこちらを指差してくる。なんだろう。嫌な汗が滲んできた。とても良くない事が起きると直感している。


「そこの! ええと、庶民の、ええっと────」

「か、亀成以呂波、です」

「そう! そのトロそうな響き!」


 開口一番に人様を庶民呼ばわりの挙げ句名前をトロそうとは。この人、流石に無礼が過ぎないか。それはちょっとどうかと思うぞ。


 奥村店主もなんだか申し訳なさそうな、或いはこちらへの同情か、曖昧な表情で頭を抱えている。


「えーと、亀成以呂波! よくお聞きになさい!!」

「───はい」

「光栄に思いなさい! 昨日の礼、きっちり返しに参りましたわ!!」


 オーッホッホ、と普段絶対聞かないような笑い声で、獅子王文殊は君臨する。なんてことだ。穏便に済ませたいが、いったいどうなることやら。嫌な予感がする。いや訂正、嫌な予感しかしない。

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