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世紀末を旅しよう  作者: 隼理史幸
この世界の営みに目を向けよう
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初めての手伝い

「────んぁ……」


 久しぶりによく寝た、気がする。見覚えのない天井が目覚めの俺を出迎える。


「もう朝、なのか?」


 結局、あの後ご飯を頂いて、ひとっ風呂浴びてすぐに眠ってしまったようだ。衣服もわざわざ貸してもらっている。というか、同じ格好で何日いたのか俺。いい加減不潔だろう。


 外を眺めてみても、何分地下街ゆえ、空から差す日光が無いぶん時間はわからないが、随分と静まり返っていた。早朝のアーケード街みたい、という感覚がいちばん近い。


「───おぅ。お早い目覚めやのう……」


 半開きだった部屋の扉から、搾り滓みたいな声が流れてくる。声の元へ近寄ってみれば、その正体はすぐにわかった。


「獣之助君? おはよう。なんか、死にそうな顔だね?」


 人目でわかる寝不足っぷりだった。ただでさえ土佐犬みたいな顔が、目の隈と顔色の悪さでどこぞの映画に出てくるゾンビを思わせる死に体だ。


 心なしか、自慢(?)の山羊の角が力なくへたり込んでいるようにも見える。そのくらいフラフラで、指で小突いたらあっさり倒れそうですらある。


「肩、貸そうか?」

「……おお、悪いのう」


 ヤジロベエのごとくフラフラの獣之助君の肩を持ち、彼の部屋までなんとか連れていく。


「なんや慣れとんか、肩貸すん?」

「……まあね。一つの事に集中するあまり、気がついたらよく死にかけてる人がいまして」

「なんや、その人ワシにクリソツやないか?」

「助兵衛さでは間違いなく上だよ」

「え、もしかして褒めとる?」

「……ポジティブだなぁ、獣之助君」


 ははは、と静かな廊下に少年ふたりの笑い声が木霊する。思えば、同年代の子と普通に笑いあっているのが、随分昔のように思えてきた。


 本当につい最近まで普通に中学校に通っていて、親のコトで深く悩んでいた自分。いや、今も悩んではいるが、少なくとも以前よりは折り合いは見つけられた気はする。


 そういうのをぜんぶひっくるめて、彼らには感謝している。


「───ありがとう」


 寝息とともに重さが肩にのし掛かるのを感じつつ、そう呟いた。






 いびきをかく獣之助君をベッドに放り込んでから少しだけ経って、昨日の余り物で腹を満たして、さてどうするか考えていると、来訪者が現れる。望さんだ。


「ちょっと、手伝ってくれる?」


 ───? 手伝い、と言われてもぴんとこない。首を傾げていると、獣之助君がどうしたかを訊かれ、今就寝したところだと告げれば、がっくしと肩を落として、溜め息一つ。


「あー、やっぱジュウくん何も言ってなかったかぁ」

「───すまない、結局何の用なんだ?」


 今度は俺が問えば、望さんは翼の髪に手を突っ込むと、中から紙切れ一枚を取り出して見せる。


「や、これ手伝ってもらえないかな、と思って」

「何々、あの料理人の奥村さんのところに?」

「そう。キミ、昨日のを見た感じ、料理の手際いいから、もしかしてと思って。何かやることあったほうがいいかな、なんて」


 ───ふむ、言うなればバイトみたいなものか。ここの御祭りはさぞ重要な位置にある行事であるのは、昨日見た感じで概ね理解している。


「………あ、嫌だったら別に───」

「いいよ。やる。やってみたい」


 返事はすぐに決まった。なんというか、出来ることがあるならやっておきたい。今は兎に角そんな心持ちだった。


「いいの? 即答で」

「なにもしないで世話になりっぱなしも悪いから。一宿一飯の恩、ってやつだよ」


 はは、と後頭部を掻きながら答える。あちらはというと感心した様子で、それでいてどことなく嬉しそうにはにかんで、うんうん、と首を振りながら言う。


「なるほどなるほど。わかった。道のり、昨日行ったからわかるよね? じゃあ、よろしくね」

「ああ。任された。あ、獣之助君はどうする? 徹夜だったけど……」


 上の階を指して報告すると、やれやれと言いたげな顔で、俺の肩に手を置き軽い調子で返す。


「あー、またかぁ。ジュウくん熟睡型だから、一度寝ると何しても起きないから。仕方ない、放っておいて」


 そうと決まれば行動は早かった。とっとと身支度を終えて玄関に立つ。借り物の服装だったが、以外と動きやすい。全身ツナギみたいなのがやや気になるが、文句垂れるのは流石に失礼だろう。


「戸締まりはしておくから、大丈夫」

「了解した。行ってきます、望さん」

「行ってらっしゃい、イロハくん」


 望さんに見送られる形で、扉を開き、地下街を行く。誰かに見送られて出発なんて、久しくなかったように思う。いつも爺さんが笑顔で玄関先に立っていたのを思い出して、口元がつい緩んだ。


 一人で行くのはいささか心配だったが、意外と道のりは頭に入っていた。少なくとも初めての駅の乗り換えに比べれば随分すんなりたどり着いた。


 店先には暖簾も掛けておらず、戸には『仕込み中』の立て札が掛けられていた。ただ鍵は架かっている様子はなく、店の戸を引いてみればあっさり開いた。


「えっと、失礼します」


 中に入ってみれば、やや薄暗い店内でトントンと包丁がまな板まで達する音と、大鍋にぐつぐつと煮込まれる音などが、まるで構想曲を奏でているようだった。


 その奥で一人、指揮棒を振るいつつ演奏もこなす一人の女性を見つける。あちら側も気がついたようで、店に入ってきた自分に向けて声を掛けられる。


「悪いね、お客さん。仕込み中の看板見えなかったかい?」

「待ってください、奥村さん。俺です、昨日来た以呂波です」


 声で客ではないと気がついたのか、奥村店主は顔だけ厨房からこちらにひょっこり出すと、店先に立つ自分の辺りをじっと見回す。


「お宅、昨日のか。あのスケベ小僧はどうした?」

「スケベ小僧…獣之助君なら、ちょっと。俺が代打でやって来ました」

「チッ、ツケを返す気あんのかあの馬鹿は?」


 辟易した様子で溜め息をひとつ吐くと、蛸足一本で店の奥を指す。こっちに来い、という合図なのは見てとれた。


「まあいい。おいお宅。確か、イロハだったな。代役ならとっととこっち手伝え。コキ使ってやるから覚悟しなよ?」

「……! はい、お願いします!」

「ふっ、いい返事だ。いっつもやる気のないあのスケベ小僧に、お宅の爪の垢煎じて飲ましてやりたいねぇ」

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