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世紀末を旅しよう  作者: 隼理史幸
この世界の営みに目を向けよう
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雛鳥は甘いものがお好き

 ぐぬぬ、そろそろ限界ですわ。もう大分歩きましたが、鳴り響くお腹に苦しめられこれ以上は無理ですわ。そろそろ本気でその辺のコンクリの破片でもかじりそうな気がしますが、それをしてしまえば次の日には獅子を名乗れなくなるなるのは確実。


胃が声を枯らして泣き叫ぶ、そんな時でした。背後からお腹の声とは違う、別の声が聞こえたような気がして振り向けば、息を切らしながら私に駆け寄る者の影を見つけるのでした。


「まっ、待ってくれ!」


何かを小脇に抱えて私のもとへ馳せ参じるのは、先程見掛けた件の小童でした。私よりひとつふたつは下の彼がこうも息を絶え絶えにして何用で追いかけてきたのか、いまいち理解ができませんでした。


「貴方は……」

「はあっ、はあっ。コレ、届けに」


彼に手渡されたそれは、四角い半透明の小さな容器でした。蓋を開けてみれば、まず最初にかぐわしい香りが溢れ出し腹の虫を一層騒がせる。


「フルーツサンド、ですわね。これ、どうしたのです?」

「いや。お腹、空いていたのかな。なんて──」


彼が何かを言い終わる前に、私はカットされた果実に乳の衣を纏い小麦の布団を被せたそれに手を伸ばしていました。時間にして一秒に満たぬ間にそれは口に運ばれ貪られるのでした。


「───good!」


力身に満つ、とはこういうことでしょう。思わずインテリジェンスが漏れ出てしまいましたわ。果実と乳と小麦が活力として染み渡る様が実感できる。気がつけばもうタッパーの中身が胃に取り込まれていました。


「ふう、助かりましたわ。あと少しで蝸牛の仲間入りするところでしたわ」

「何を言っているのかさっぱりだけど、まあ何よりです」

「実によろしい。礼を申し上げますわ。貴方…、その……」


………名前を忘れた! なんてコト。異邦人とはいえ、恩のある者の名を忘れるとは! 思わず頭を抱えてしまう。


「──以呂波です」

「……はい?」

「だから、以呂波です。亀鳴以呂波。それが俺の名前です。ちゃんと名乗ったコト、なかったでしょ? その、獅子王文殊さん」


なん、ですって? 今、何をしたのですか彼は。私がなぜ苦悩したのか、ズバリ見抜いて見せたことにこの獅子王文殊、驚嘆を。


「こ、心を読んだのですか貴方!?」

「いや、そんな大層なことをしてないですよ。むしろわかりやす──」

「ハッ、まさか貴方が例の!? いやいやまさかそんなこと……!」


「例の?」と首を傾げる亀鳴以呂波。そんな庶民の彼に、サンドイッチの報奨として私の高尚な趣向を口にして差し上げることとした。


「ふふふ、私、こう見えて占星術を嗜む身。古の書物によれば、今日の星の巡りは待人が訪ねる、告げておりますわ!」

「──占星術。古の書物。なるほど、星座占いですか」

「あら、ご存知でしたか。それによれば今日、私は最悪という最悪に見舞われ、終いには命の危機までも襲うといいます。しかし! あわやというところで颯爽と助ける王子が! と」


これ以上にないくらい怪訝そうな顔を浮かべる亀鳴以呂波。まあ、私の趣味を理解するのは些か難しいでしょうから大目に見ましょう。どこぞの無礼な犬面のヘンタイなら「自分、アホやないの?」と宣った直後に腹を抱えて大爆笑するのでしょう。ええ、目に浮かびます。もし実際に現れたなら焼いて串刺しにする所存ですわ。


「すみません。不躾ながらお訊きしますけど、ソレ本当に当たるんですか?」


──冷や汗が落ちる。実に鋭い指摘です。胸に包丁でも突き立てられたような気分です。悲しい事実ですが、否定しきれないことに頭を抱えそうになるのを抑えて質問に答えます。


「──実のところ、この占星術の的中率は一割切るのです。信心深い私ですらまゆつば物と思うレベルですので、推して知るべしというところです」


……ですが、何事にも例外はあるのでしょう。たとえ1%であっても、0でないのであれば必ず起こるのです。よもや今日が? いやしかし、彼は元<タタリ憑き>のうえド平民。ただの偶然でしょう。ええ。万にひとつもない。


ふと、目の前の亀鳴以呂波の顔を伺ってみれば、彼は急に青ざめていくのです。目もどこか心配そうにも見えます。何か拾い食いでもしたのでしょうか?


「──っ! 危ない!」


……ほえ? 声に驚き振り向けば、頭上から何かが落ちてくるのが見えた。反応が、間に合わない。直撃は避けられない。直感でわかったのです。次の瞬間にはペシャンコで横たわる私を幻視する。


「──あっ」


思わず目を閉じる。咄嗟のコトで、私にはそれしかできなかったのです。しかし、私の身体は全力でぶつかる何かに突き飛ばされて、尻餅をついたのです。


「イタタ……あれ、私?」

「すみませんー!飾り付けが落下したようで! 無事ですかーー!」


お尻こそ痛みますが、頭の方には特に痛みはありませんでした。何が起こったのかわからず、ひとまず瞼を開くと、そこに映るのは煌々とする輝きをバックに、私を抱き抱える亀鳴以呂波でした。なぜか、その姿に、何か、急激に息苦しさを覚えるのです。胸の奥が、ぎゅーっと締め付けられる。けれど、なんだか幸せな気持ちが広がるのですわ。


「その、大丈夫ですか? 頭打ったりしてませんか?」


……星が落ちた。夢にまで見た此の名を、私は知っています。心に火がついた。油が投下され燃え上がる。爆発寸前の気持ちが噴出する。


「……きゅーん」

「え……!?」


なんてコト。これはまさにデステニー。玉肌が、血潮が、臓腑が、毛穴という毛穴が、焼けるように熱い。私の肉体がこの運命に燃えている。


ああ、なぜか困惑している顔も今は尊い。見ているだけでも堪らないのに、彼の吐息が掛かる度に脳が蕩けるようですわ。今共に燃え尽きても本望とすら思えるほど、胸の昂りが抑えられない。


「………しゅき」


本心からの言葉が飛び出る。聞き届けた筈の彼の表情がみるみる内に青ざめて、まるで恐怖で目を泳がせ金魚のように口をパクパクさせているふうに見えるけれど、きっと気のせいですわ。


「……なんてこった。彼女、常軌を逸した恋愛脳(スイーツ)だ………!」

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