表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
世紀末を旅しよう  作者: 隼理史幸
この世界の営みに目を向けよう
44/68

Hawk or Kite?

 苛立ちのあまり毛を逆立てた獅子王さんが店を出ていく様を見届けると、店内が一転して静まり返ってしまう。もう食事は九割方終えているので、別段食欲を削がれた訳ではないのだが、それでもこの空気は嫌だった。


「禊、って言っていたけど。彼女、獅子王さんは何をやらされてるんです?」


 流れる嫌な空気を換気するため、俺は気になって奥村さんに訪ねてみる。すると、さっき出ていったドリルと入れ替わる形で、似たような髪型の方が暖簾をくぐる。


「……やっぱりこうなりましたか」


その姿は、つい先刻お見受けしたソレだった。着物を纏う獅子の女傑。一挙一動が優雅さを醸し出し、誇り高さを兼ね備えた天性の統治者、という印象をまざまざと見せつけられる。


「獅子王の。どうした、貴女がわざわざ赴くとは珍しい」

「いや、私の愚娘の様子を見に来ましてね。しっかりやってるかそうしたら案の定、というわけで」

「……面目ないね。あの小娘はあたしの手に負えませんで」

「いえ、押し付けたのはこちらです。気に病む必要はございませんよ」


奥村さんは先程とは違い、少し厳格さが抜けたフランクな態度で獅子王蓮華さんと話す。妙に親しげなふたりのやり取りが気になって、またひとつ訪ねる。


「二人は、どういうお関係で?」

「ああ、はい。小さい頃からのお付き合いでして、それはもう隣の揺りかごで育ったくらいには長い縁ですわ」

「ここまで来ると腐れ縁だがね」

「いいじゃないですか。腐ってても縁は縁ですよ」


やれやれ、と肩をすくめつつも奥村さんは卓に置かれた食器をシンクまで運びながら、突然の来訪者への会話を愚痴混じりに交わしていく。


「しっかし、あの小娘はしゃあないな。お宅、ホントにあの子の母親かい? まさか橋の下で拾ってきたわけじゃあるまいな?」

「ご冗談を。アレは間違いなく、私の子です。お腹を痛めて産んだ、正真正銘のです」

「わかってるよ、そんなの。わざわざお産にも顔見せたからね。……でもさ、チョイと甘やかし過ぎじゃないか?」

「私は厳しくしたつもりですが」


「そうか?」と訝しむ様子のまま、奥村さんは洗い物に取り掛かる。此方側を向かず作業をつつがなく行う彼女はぼそっと一言溢す。


「……鷹がトンビを産んだ、ってコトなのかね」


 奥村さんの放ったその言葉を聞いたとたん、俺は拳を強く握りしめた。──すごく、とても明瞭に。否定したくなった。それが何故かわからないが、認めたくなかった。


「それは、違う。まだ彼女がトンビとは限らないと思います」

「───ほう?」


水の音が止んだ。奥村さんは首を傾けて此方を見る。先程までは片手間のうちに話をするスタイルの彼女は今、手を止め顔をあげ耳を傾け、自分の一言一句を聞き逃さないという意思を表していた。


向けられる眼差しがうって変わって真剣味を帯びる。本当に喉元へ鋭い剣を突き付けられたかのように、筋肉が強張り息を呑む。それを知ってか知らずか奥村さんは軽い調子で、しかしこちらを試すような素振りで言う。


「お宅、面白いことを言う。続けな」

「──はい。トンビも鷹だって、雛の時くらいあるでしょう? そこから成長して、立派な一羽の鳥になるんじゃないんですか?」

「…へえ」

「失敗ばかりなのを良しとしろ、と言うのじゃないんです。ただ、見限ったら、見限られたら、いったい誰が雛の翔ぶ姿を見てあげられるんですか? そんなの、悲しいですよ……」


「お、おい」と獣之助君に肩を叩かれようやく気を取り直す。口を突いて出た無礼にハッとして、すぐに頭を下げてお詫びの言葉を紡ぎ出す。


「あっ、すみません。その、失礼なことを……」


恐らく気分を害しただろう。それでなくとも空気は嫌なものになるかな、なんて俯き加減で勘ぐっていたが、予想外な反応が返ってきた。


「面白い」


───は? 奥村さんの言葉の意図が一瞬理解できなかった。先程自分達の料理を拵えた時のように蛸足を器用に動かして何かを作り出した。十分もしないうちに出来上がり、自分の座る卓の前にそれは置かれる。


「これは?」

「余り物で作ったまかないだよ。ちょいと今し方逃げたヒヨコに届けてくれるかな?」


そう言って、タッパーに詰め込まれたサンドイッチを差し出される。それを受け取ると、今度は興味ありげに獅子王蓮華さんが口を開く。


「ひとつよろしい? 何故あの娘に肩入れを?」


まるで何処かの先生みたいだ。自分へ訪ねるこの女性の声はそう聞こえる。穏やかな息づかいだが、厳しさもそれとなく香るその問いに、たどたどしくも答えを返す。


「……変な話、なんですけど。先程話していたことを認めたくなかったと言いますか……」

「先程の? 鷹が鳶を産んだ、という話ですか?」

「……はい。なんというか。見限ったり、決めつけるのは簡単でも、ずっと信を置き続けるというのは難しいでしょう。だから──」


そこまで言ったところで「結構です」と手をつき出して制止する蓮華さん。そして彼女は「どうぞお通りください」と言わんばかりに身をどけて道を開ける。


「引き留めて申し訳ない。手のかかる雛鳥によろしくお願いします」


獅子王蓮華さんに一礼し、タッパーを抱えて席を立つ。その前に何か言わなくてはと思い、何か感謝の言葉を紡ごうとふたりに向き直る。


「えっと、二人とも、その……」

「別に大丈夫だよ。それが君のしたいことなら、ボクは止めない」

「同じく。なんや、少しは上等な面できるないか」

「……ありがとう。あと、ごちそうさまでした」

「お粗末様。あー、あとなるだけ早く帰ってきてね。晩ご飯はみんなで一緒に食べたほうが美味しいから」


俺はもう一度だけ、ふたりにありがとうと告げてのれんをくぐる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ