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世紀末を旅しよう  作者: 隼理史幸
この世界の営みに目を向けよう
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たわけ者の禊

サイッアクですわ! どうしてこうなったのですか! 私の力が発揮できないとは、フラストレーションがマックスですわ!


一心不乱に箒で店内を綺麗に掃除する私。この程度の塵ども、一撃で消し飛ばしてあげようとしたのに、オーナーのフライパンに袋だたきにされ止められるのです。何故と訊けば青筋を立ててこう言うのです。


「お宅はバカなのか? 以前他人の店を全焼させたのはお宅が店内で炎撒き散らしたからだろ。二の舞を踏むなスカタン!」


と、散々に罵倒され、渋々箒で掃く羽目に。途中、先程私が案内させた下々の者たちが来店し、舌鼓を打ちつつ腹を満たしている様子をまざまざと見せられるという、この世で最も恐ろしい生殺しを受けることになり、釣られて私も腹の虫が騒ぎ出してしまいます。


なんという地獄。これは新手の拷問ですか? あのオーナーは所謂ドS、なる種目の生物なのでしょうか。


そういえば、以前ライブラリーで拝見させていただいた旧人類の遺し『マンガ』なる文献には、意中のお相手を徹底的に虐め抜き屈服させ、自分好みに教育させていた資料がありました。ハッ、もしやオーナーはアレを参考に?


いやいや、違いましょう違いましょう。私女性であちらも女性。つまり同性。非生産的ですわ。いやしかし、『マンガ』には同性同士で絡み合い乳繰り合っていたモノもあったような。──まさか、まさかでしょうか⁉


「……ジュルリ」


滴り落ちた涎が床を微かに溶かす。いや、ちょっと悪くないやもしれません。経験はありませんが、そんなのは、意外とイケるのでは? 想像が捗りますわ……。


「すまない。彼女はいったいどうしたというんだ? 滅茶苦茶だらしない面構えなうえにヨダレだらだら垂らしているぞ」

「……確かに病気かも。主に頭が、ダメなんだよね」

「そ、そんな深刻そうな顔をするとは。そんなに悪い病気なのか?」

「…せやな。不治の病や。死んでも治るかどうかもわからん」


何やら平民らがこぞって私の噂をしてますわ。何の噂かは聞き取れませぬが、心配そうな面持ちを見るにきっと、高貴なる者がこのような所で働きになるお姿に悲しんでいらっしゃるのでしょう。


「コラ。勝手にサボらない。つか折角掃除したのに自分のヨダレで汚すな」


店主のお怒りの言葉が飛ぶ。ふふ、舐められましてよ。それくらいの言葉でくじけなくてよ。私のハートはレアメタル。生半可な口撃では砕けなくてよ。


「この程度では屈しませんことよ。私を下僕にしたければその十倍は責めなくては!」

「そうか。お宅、そんなに働きたかったか。丁度いいや。そんじゃこの後の休憩を返上して、神宮の伯父貴のトコからちょっと食材持ってきてくれ」


Why? 思わずインテリジェンスな感じが口を突いて出る。オーナーは一度大きな溜め息を吐いてからまた繰り返し述べる。


「聞こえなかったか? ここの魚屋の最大手、神宮の伯父貴んトコでおつかいして来てくれ、と言ったんだが?」


what? またしてもインテリジェンスが漏れる。聞き捨てなりませんね。私を顎で使うとは、いくら母上の申し付けといえど看過できません。


「なんと無礼な! 私を誰と心得て⁉」

「注文もまともに取れん、皿を二十枚割りそれに対して反省の色皆無のスーパー問題児、だが?」

「F〇CK! 無礼もここに極まれりですわ! 貴女はクソですわ! 最低最悪のクソコックなのだわ!」


シャー! と威嚇と共に含蓄のある罵倒を見舞う私。本当は炎を一吹きして見せようとお思いしましたが、鋼の自制により喉元までギリギリ塞き止めております。


するとオーナーは深々と溜め息を吐くと、今度はさながら雨に濡れた小動物を見つめるような、深い憐憫を秘めた目でこちらを向き問う。


「そも、お宅は何のためにここにいる?」

「決まりきった答えです。禊ですわ!」

「なんの禊?」

「……それは、その~、えーっと、以前不慮の事態から小火を起こしてご迷惑をお掛けしたこちらの店のお手伝いをする、という内容でしたわね」

「そうだったね。んで、ソレは順調かね?」

「当然! 何やら不等な扱いをされておりますが、私的にはパーフェクトですわ!」


店主は瞳の奥から無の感情を引き出して「そうか」と一言だけ淡白に言い放つと、今度は聞いている私の背が冷え込みそうな程にひどく声色を冷淡にして続ける。


「では、キミはここで何をした?」

「えーっと、配膳、お掃除、その他もろもろ。雑用ですわ」

「そうだな。んでだ、その雑用の中で何を感じたかい?」

「ほぇ? ……えっと、この罰ゲーム、死ぬほど面倒でしたわね⁉」


ピキッ、と奥村オーナーの青筋が立ったような気がした。表情に違いはありませんが、怒気が分かりやすく厚みを増して、それだけで私を殺しに掛かりそうな雰囲気を醸し出しているのがひしひしと感じます。


「悪い、よく聞こえなかった。復唱を頼む」

「……だから、面倒な罰ゲームですわ!」

「たわけ」


吹雪のような極寒の言葉が飛ぶ。吹雪など見たことはありませんが、これに匹敵する氷の一言が刺さり、肩が跳ねる。


「たわ、たわけですって⁉」

「そうだ。実によく行き届いた阿呆ぶりだ。親御さんの苦労が伺い知れる」

「……私ばかりか、獅子王まで侮辱するおつもりで?」

「そうではないよ。お宅の所の家長は大した傑物で、私自身尊敬もしている。だが、肝心のせがれは目も当てられんというだけだ。自らを省みれないのであれば話にもならない」


──確かに、私の母上は偉大でありますわ。そして、その血を引き継ぐ私も当然、偉大なる者の系譜です。それを阿呆呼ばわりとは、血統を侮辱するに他ならず、その暴言は聞き捨てなりません。


私はいきり立ち、明確に敵意を向ける。オーナーは怯む様子は一切なく、真冬の湖のように冷ややかな態度のまま深く溜め息を吐くと、今度は店の出入り口を開けて告げる。


「思い当たる節もないか。もうおつかいは結構だ。掃除もいい。何処へなりとも行け。お宅の親御さんには幾らか礼があって引き受けたが、残念ながら私では手に負えんようだ」

「──そうですか。清々しましたわ。では御免遊ばせ!」


私を縛り付けていた鬱陶しい清掃員の衣を脱ぎ捨て、この苛立たしい空間を足早に抜け出す。あのオーナーの眼が、言の葉が、兎に角引っ掛かる。それが本当に煩わしい。


──胸と腹の中に蠢く言い様のない不快感に毛が逆立つ。今の私はまるで爆弾だった。あとほんの少しの衝撃で辺りを焦土にしかねない苛立ちを抱えて、祭りの準備に騒ぐ町を足早に通り過ぎていく。

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