獣人たちの街
正直驚いた。暫く地下鉄の構内を歩いていくと、段々道を照らす灯りが明るくなっていくのがハッキリとわかる。
本来ならば真っ暗の地下を、蛍光灯が闇を払う。それは電気が通っているという証左であり、そこに文明が、人の営みがあると教えてくれる。
「ほら、着きましてよ」
人間でいうキーゼルバッハ部位を摘まみながら、鼻声の獅子王さんは足を止める。耳を澄ませば、がやがやと暮らしの音が確かに届く。
「すごいな。みんな、確かに生きているんだ」
以前は地下街の店が設置されていたであろうスペースに、多くの多種多様な獣人の方々が暮らしている。
荒廃した地上を見て、勝手に一握りを除いて、もうみんな死んでしまった、滅んでしまったと、そう思い込んでいたことをあらためて認識する。
「あたぼうよ。生物がそう簡単にみんなくたばるかいな。存外、しぶといもんやで?」
獣之助君はそう言って俺を指す。まあ、いろいろな偶然が重なったとはいえ、二度も死にかけておいて、なお生きている自分を省みれば、彼の言う事もあながち的外れでもないんだろう。
「ああ、お待ちください亀鳴さん。散策の前に、私たちのところへ来ていただきたく存じます」
獅子王さんは赤い鼻を押さえながら、しかし真剣味のある面持ちでそう言う。確か、彼女の一族はウィルス感染者を処分する役割を持つ、と言っていた。
故に、俺のようなこの時代の者ではない、イレギュラーな存在には色々用があるんだろう。流石に、間髪入れず焼き殺しには来ないと思いたいが。
「わかった。手荒な歓迎は、勘弁願いたいけど」
「それは、貴方次第でしてよ」
ボッ、と獅子王さんの口から小さな煙が立つ。このヒト、冗談や嘘の類いは口にできないタイプなだけに、ストレートに恐怖を与えてくる。
「お二方もご同行を。色々、話さなくてはならないでしょう?」
「ったく、こういう時だけ歳上ぶるのズルいよね」
しぶしぶ、といった様子で頷く望さんと獣之助君。獅子王さんに連れられ、明るく照らされたコンクリートダンジョンを行きながらたどり着いたのは、嘗ては多くの人が行き交ったであろう、駅のホームだった。
本来は幾つかに区切り、仕分けられているだろう地下鉄の壁を横一文字にぶち抜く形で、以前はここの線路を駆け抜けていたであろう、白に赤のラインが入った、四角い鉄の龍が横たわっていた。
鉄の龍の体内に案内されてみれば、俺の知るそれとは大きく様変わりしていた。座席はそのままだが、内装はまるで城の廊下のような豪奢なものに変わっていた。
「見なさい! コレが我が獅子王の一族の城! かつて多くの人間を腹一杯に呑みこみ、目的地に届けた鋼鉄の蛇。時が経ち、死して尚、その遺骸は人々の暮らしに役立てるのです!」
龍の頭から入って、内部を実に意気揚々とした様子で案内する獅子王さん。物凄い自慢の嵐。キラッキラッ、とした擬音が聞こえそう。そのくらいご機嫌な様子だ。
「アー、ハイハイ。カッコイイイナー」
「全く、モンジュん家はスゴイネー」
そんな感じで、俺の隣を歩くふたりは適当に相槌を打ってやり過ごしている。俺も似たように誉めちぎっておく。まあ、楽しそうで何より、ということにしておこう。
ところで、さっきから気にかかっていた事がある。額を拭いながら、それとなく望さんに訊いてみる。
「──なんか、暑くない?」
仮にも電車だったモノの中だ。暖房器具くらいは取り付けてても不思議じゃないが、この暑さは人工のものとは毛色が違う。
「……あー、多分アレだね。イロハくん。ちょっと」
そう言って望さんは、髪の翼で下を指し伏せるように伝える。いまいちよくわからず首を傾げていると、獣之助君もいつでも伏せることが出来るよう、それとなく構えている。
なんだか嫌な予感がする。今回のそれは確信に近い。長ったらしいお城の説明兼自慢をBGMに、いつでも伏せてもいいよう、心構えだけはしておく。
「さあ、いよいよ我々の現当主、私の母う───」
直感的に身体を屈める。望さんと獣之助君もやや早く。その直後、喧しいくらい続いていたBGMがプッツリと途絶えた。
何事か、と目だけを上に向ければ、宙を舞い、螺旋を描きながら後方へぶっ飛んでいく金髪ドリル。そして彼女へ莫大な運動エネルギーを叩き込んでいるのは、扉の先から現れた、肉球だった。
「何仕出かしてるのですか! この大馬鹿者‼」
現れたのは、物凄い質量を誇る黄金色の髪が怒りで逆立つ、赤の和服が麗しい、手足がネコっぽい妙齢の女性だった。
よく見れば、髪や顔つきなどが、どことなく獅子王さんとよく似ている。まさか、と思い屈むふたりを見ると、頷きで返す。
「アレが、あの獅子王文殊の母親。この街を統べる者、獅子王蓮華や……」




