暗闇にて出来損ないは哭く
投稿に大分間が空いてすみませんでした。
──ひどい夢を見ていた。この世のあらゆる責め苦よりもつらい。絶対に手に入らないモノを見せつけられるなんて悪辣にも程がある。
気がつくと、俺はまたまた真っ暗闇にひとりぽつんと佇んでいた。どうも悪夢が覚めたという訳ではないようだ。はあっ、と思わず口から溜め息が大きく漏れ出す。
この場面、もうかれこれ三度目となったが、やはりなんとも言えぬ不気味さは慣れないし、なにもしなくても不安が胸の内に立ち込めてくる。
またまた悪夢なのか、それとも今度こそここは地獄で、俺は舌を引っこ抜かれるのかと戦々恐々としていると、目の前の空間が青白くパーッと光ったと思えば、気がつけば見覚えのある死に装束に似た格好の中性的な紅髪の子供が姿を現す。
子供は真っ黒に塗りつぶした空間のなかで、それとは対称的ぼんやりと姿を照らされ、なおかつとても穏やかな表情をこちらに向けている。
「また会っちゃったな。何度もやって来て悪いと思うよ」
後頭部をさすりながら申し訳なさげに言う。紅髪の子供は「気にしないで」という意図で首を横に降り、言葉を紡いでいく。
「ここはね、君の心の中なんだ。だから君はいくら訪れたとしても罪ではない」
心の中、と? この暗闇が。そうであると。意外、というよりも納得している自分がいる。理由を証明しようとすると、なぜか電気ショックのような感覚が生じ阻まれる。
ふと、その紅髪の子供は俺の目を、いや、顔を凝視しているのに気がつく。
「な、なんだよ。ただじっと見つめられるとどう反応していいのかわからないじゃないか」
気恥ずかしい、というのではない。そわそわしているというより、ただ少し慣れたとはいえこの真っ暗闇の中に立っているとどうにも手足の震えが止まらない。怯えてるというのが正確かもしれない。
「貴方は、どうしたい?」
どうしたい? いたく抽象的な質問だ。失礼な返しではあるが、強張る声で訊き返す。
「どうしたい? と言われても。わからない」
「そう、だね。質問変える。貴方の願いは?」
願い。それを耳にしたとたん、ふいに先程まで見ていた悪夢を思い出す。…ほんの一瞬だが、吐きそうな感覚に襲われる。
「貴方」
「…え」
透き通るような声で話しかけられる。心なしか、憐憫らしき感情が内包しているかのような声色だった。
「貴方、お顔が変よ。怒ってるようで、泣いてもいる。まるで、捨てられた子犬みたい」
捨てられた子犬。言い得て妙、というやつかもしれない。自分の腹が立つ様子もない。だけど、怒ってる、というのはちょっと違う。
ふいに、何処か奥深くの鍵が開く音がした。開けてはいけない、そう言い聞かせていた箱が。開かれたその玉手箱から、どす黒い煙が吹き出してきた。
…そうだ、捨てられたようなものだ。父さんも母さんも、その瞳に俺は映っちゃいない。だって、俺は…。
「怒ってる? 馬鹿言うなよ。怒る、なんてこと、正直よくわからないんだ。俺は、怒られたことすらないんだから」
誰に対して言っているのかわからない。けど、口にしだしたら歯止めが利かなくなってきた。
「そう、怒られたことがないんだ。どうせ失敗したのなら、何をしたっていいじゃないか。そんなこと考えて、俺は今よりずっと子供の頃派手に悪戯をした」
ああ、漏れる、どんどん漏れていく。思い出さないように蓋してたそれが、ぼろぼろと。
「怒られる。そう思った。でもいいんだ。『これが間違ってること』だって叱って欲しかった。でも、何もなかった。忌々しげな目すらない。本当に、『なにもしなかった』んだ」
…ああ、駄目だ。ありったけの鍵で蓋をして、心の海に沈めてたのに、止まってくれない。
涙が零れる。鼻が詰まる。嗚咽が混じる。胸の内が軋む。でも喉は止まらない。すべてを吐き出そうとする。
「君、知ってるか? 『好き』の反対は『嫌い』じゃなくて『無関心』なんだって。よくわかるよ。嫌われるのでもなく、憎んですらもらえないなんて、そんなの、辛すぎるだろっ!」
身体が崩れ落ちる。ああ、ああ。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。
身体ではない。むしろ身体の痛みであるならどれだけましなのだ。肉体の傷は時とともに癒えても、心に刻んできた傷は記録としてずっと残る。
いつも思う。『もしも』と。もしも、俺を見てくれたのなら。もしも、『それは間違っている』と怒ってくれたのなら。
でも、そんなことあり得ない。過ぎ去ったことに幾ら未練がましく思いを募らせても、結局は自分の作り出した妄想でしかない。
勿論、現実が悪いことばかりではない。爺さんは俺に『家族』と呼べるものを教えてくれた唯一の恩人だ。
矢鱈と面倒を掛けられるのも悪くないと思う。そういう『家族』の形もあるんだって納得もできてる。
でも、それでも。俺は『もしも』にすがり付かずにはいられない。別の可能性を夢見てしまう。
たとえば、そう。いつか『失敗作』に愛想を尽くすのでは、と。魂に貼られたそのラベルは剥がしようがないから。
「お願いだ。俺を、僕を、どうか、『棄てないで』」
この身に突出した才は無く。しかし外装も優れてはおらず。出来損ないの『失敗作』は闇の中で自らの身を抱く。まるで怯える草食動物のように身体を震わせて。
声が聞こえる。壊れたスピーカー越しのように精彩を欠いている。そしてそれが自分の声だと気付くのに時間が掛かった。




