とある『失敗作』のお話
これは夢だ。それも飛びきり最悪の部類の、所謂悪夢だ。確信をもって言える。なぜなら俺が今目の当たりにしている光景は、絶対に、それこそ万に一つすらあり得ないからだ。
食卓が見える。洋食だ。温かそうなスープ、しっかりと煮込まれた肉料理に、中央に置かれた香ばしさ漂うパン。そしてその美味しそうな食卓を笑顔で囲むのは、三十代半ばの男女と、俺より五つは歳下の男の子だ。
その顔は、知らない。いや、それが誰なのかは知っている。だが、知らない。彼等がそんな顔を出来るなんて知らない。
ふと、インテリアの一部として置かれていた写真立てに収められていた写真が目に入る。子供の頃の自分以外にふたり、男女が写っていた。だけどその顔は、クレヨンで落書きをされたみたいにぐちゃぐちゃに塗りつぶされていた。
どうしたの、と女が心配そうに訊く。俺は気がつくと、とても気持ちの悪い汗にぐっしょりと身体中を濡らしていた。どうしたの、だと。こっちの台詞だ。
なんだこれは。目の前の見知ったモノ達が自分に暖かな愛情を向けるなんてふざけているとしか思えない。これを悪夢と言わずしてなんという。
こんな人間の親らしい愛情を、目の前に映る外側だけはよく出来た偽物が俺に向けるものか。
そうだ。俺に血肉を与えた親は、ヒトの肉と皮を使って造られた、人間にとてもそっくりの姿をしたレプリカだ。
限りなく見た目を人間に近づけても、その身体に流れているのはきっと機械のオイルか何かだ。中身は似ても似つかない。
だから、こんなものはありえない。こんな自然に、当たり前であるかのように俺に優しく語りかけ、微笑み、こうやって食卓を囲み団欒するなんて、冗談にしても笑えない。
一度。ただの一度でもこの息子に、見せ掛けじゃない本当の意味での愛を注いで見せたコトがあるか。
──ノーだ。社会という巨大な機械としては、彼等は非常に上質な歯車だろう。だがそのメッキを剥がせば一転、人間としての暖かみは感じられない、文字通り血の通わないロボットだ。
何故ロボットの腹から俺が産まれたのか、それはいうなれば優秀なモノ同士の遺伝子で『高性能な次世代機』を造る為だ。
そして、俺はその『失敗作』だ。優秀な部品を用いたにも拘らず、実に平凡陳腐な出来だ。
ロボット達は嘆いた。こんなはずじゃなかったと。次こそは、と。
そして暫くして、次に造られた弟は『成功体』。性能はあらゆる面で高い数値を記録し、『失敗作』などとは比べるべくもない。
ロボット達はおおいに喜んだ。彼等は歯車として働く傍ら、『成功体』の弟へ英才教育を施し、全身全霊の愛を注いでいった。
『成功体』のもとには、次第に様々な人間が集まっていった。性能の高さもさることながら、親ロボット達には備わっていなかった、不思議と人を惹き付ける才も持ち合わせていたコトも一因していた。
一方、『失敗作』のほうにはというと、もうなにもしなかったし、されもしなかった。飽きた玩具のように、部屋の隅で埃を被っていた。
『失敗作』は『成功体』を憎んだ。「あいつより上に」。そうしなければ自分は存在する意味がない。そう思ったからだ。
しかし、『失敗作』は『成功体』には何一つ勝つことは出来なかった。文武すべてにおいて『成功体』を地につけることは叶わなかった。
『失敗作』はいつも飢えていた。『燃料』が足りないのだ。『成功体』は惜しげもなく『燃料』を注がれ、常に生き生きと動く。
反対に『失敗作』は、一滴たりとも『燃料』を補給されることはなく、胸のどこかにある部品が声の無い悲鳴を上げ続けていた。
痛い。助けて。痛い。助けて。痛い。助けて。痛い。助けて。痛い。助けて。痛い。助けて。痛い。助けて。痛い。助けて。痛い。助けて。痛い。助けて。痛い。助けて。痛い。助けて。痛い。助けて。痛い。助けて。痛い。助けて。痛い。助けて。痛い。助けて。痛い。助けて。痛い。助けて。痛い。助けて。痛い。助けて。痛い。助けて。痛い。助けて。痛い。助けて。痛い。助けて。痛い。助けて。痛い。助けて。痛い。助けて。痛い。助けて。イタイ。タスケテ。イタイ。タスケテ。イタイ。タスケテ。イタイ。タスケテ。イタイ。タスケテ。イタイ。タスケテ。イタイ。タスケテ。イタイ。タスケテ。イタイ。タスケテ。イタイ。タスケテ。イタイ。タスケテ。イタイ。タスケテ。イタイ。タスケテ。イタイ。タスケテ。イタイ。タスケテ。イタイ。タスケテ。イタイ。タスケテ。イタイ。タスケテ。イタイ。タスケテ。イタイ。タスケテ。イタイ。タスケテ。イタイ。タスケテ。イタイ。タスケテ。イタイ。タスケテ。イタイ。タスケテ。イタイ。タスケテ。イタイ。タスケテ。イタイ。タスケテ。イタイ。タスケテ。
どうか。おれを。どうか──。




