少年は知らない閑話 5
「こほん、話の前にまずこの度君たちを集めさせていただかせた理由を言わせてもらう」
センセはマイク越しのハウリングする声を部屋中に届ける。そして壁に投射したグラブ等のデータを指しながらまた少しだけ息を吸い、吐く動作から生じる音をマイクが拾いそれを響かせる。
「薄々感づいておる者もいるだろうが、あの少年─名を亀鳴以呂波という者。アレは〈タタリ憑き〉だ。いや、『だった』というのが正しい」
「『だった』…? どういうコトですの?」
絶賛簀巻状態のモンジュの飛ばす至極まっとうな質問に、センセは丁寧な口調で答える。
「まあ待て。順を追って説明する。拙僧が彼を最初に診た時、つまりは望が急患として担ぎ込んだ際既に発症していた。一度〈タタリ憑き〉を発症してしまえば進行の程度に違いはあれど抗体が無ければまず治ることはない。早い段階ならともかく、一定のレベルまで進行すればいずれ理性を無くし化け物に成り果てる」
「イエス。故に災厄を巻き起こす前に私たちが颯爽と滅却するのですわ。〈タタリ憑き〉を発症した者は特有の臭いが全身から漂わせる為、言い逃れは効きませんことよ?」
自信満々のどや顔をかますモンジュを見て、ふとボクは今の話のなかの矛盾、綻びが見えた気がした。
「ちょっと待って。ボクが彼を運び込んだ時発症してたってことは、伏せっていた時期の高熱はそれの前兆だった、ってことなのかな?」
「その通りよ。初期症状は高熱にうなされることから始まり、そこから肉体の変容が開始、最終的に貴女方に伝えられている異形の怪物へと…」
「…じゃあやっぱり変だ」
モンジュの説明をぶった切るように疑問がボクの口をついて出た。それに同意するようにジュウくんも挙手の後に意見を述べる。
「せや。ワシもオカシイと思っとったとこや。少なくとも一回は熱が下がり快方に向かった上にワシらと会話も出来た。せいぜい性格がちょいと捻くれとる位しか不審なとこあらへん。それに…」
それに、とジュウくんは若干のタメを入れてからあらためてセンセに向き直り訊く。
「そのデータ集めさせた理由が気になるわ。センセーもオカシイと思うたからやないか? ワシも詳しくは聞いとらんかった。アイツにはなにがあったんや? 純粋に興味がある」
珍しくスケベ方面以外で興味津々な様子なジュウくんを見て、センセは当然と言わんばかりな語り口で話す。
「君たちを集めた理由はそれだからな。少なくとも彼に面識のある二人と獅子王の跡取りには話しておく必要があると思ったからだ。とびきりイレギュラーな事態だからな」
「イレギュラー? どういうコトですの?」
「先程少々話がそれたからな。あらためて説明をさせてもらう」
センセはそう言ってコンピューターを片手で操作を行う。スクリーンに映し出されたグラフが切り替わり、代わりに映ったのは患者のカルテのようだった。多分彼、イロハくんのヤツだ。
センセはそのカルテのある一部分を指差して、そこについて話し始める。
「これは彼の症状の進行具合だ。何か不審だと思わないか?」
進行具合と言う箇所を指差し、ボクらに問題提起させるセンセ。それに真っ先に気付いたジュウくんが律儀に挙手してから回答を述べる。
「データを取り始めた地点からじりじりと確実進行しとるのに、ある一定の辺りから急激に回復を始めておる。せやろ?」
「──そうだ。情けない話だが、ちょうど拙僧が匙を投げ、もし意識が回復せねば獅子王に介錯を頼むべきかと思慮していた頃だ」
「せやな。んだけど、それがそないイレギュラーな事態なんか? 単純に途中から抗体が仕事頑張っただけとちゃう?」
その問いに、センセは頬のウロコを擦りながら答える。センセがその仕草をするときはよっぽどゆゆしき事柄だということはボクらにもわかっていただけに自然と身構える。
「それが普通の『新人類』なら、な。それならばイレギュラーとは言わん」
「? それはどういう…?」
「彼はずっと昔にこの星で暮らしていた、所謂『旧人類』だからだ」
はぁぁ⁉ とそれを聞いていたボクらは揃って驚愕の声を上げる。そりゃそうだよ。だって、
「ドクター! ホラを吹くのはやめなさい! そもそも『旧人類』がこの世界で一日たりとも生きていけると思って⁉」
「皆が驚くのも無理ない。そもそも、我らが生まれる経緯も、『旧人類』がこの星を去ったのも、その〈タタリ憑き〉に対する抗体を一切持たぬから故にだからな」
まだ驚愕の残るボクらに向け、センセは説明を緩めることなく進めていく。
「モンジュの言う通り、この星に流れている空気は今や『旧人類』にとって猛毒。そもそも〈タタリ憑き〉の原点とは数百年程昔、外宇宙から飛来した隕石に付着していたウィルスが感染するコトによる変貌だ」
「え? そんなのボクやジュウくんは聞いたことないよ?」
ボクが首をひねっていると、何となく合点がいった様子のジュウくんが軽い相づちを打つ。
「…考えてみれば、やな。獅子王の連中の自分らに信仰を集めるための方便やったってとこか。穢れを焼却できる浄化の炎、ってか?」
「あー、確かに殺菌には的確だけどね。わたしたちは偉いんだぞー、って言ったもん勝ちなのかな」
「それでこないなオツム弱い子が跡取りにできてまうんも考えもんやな」
ここぞとばかりにボロクソに言われるモンジュは口に炎を蓄え始めたけど、センセが錫杖を鳴らして黙らせた。




