少女は隣人を愛する
「…それで、君はこれからどうするの?」
「…うえ?」
上の空だったところに声をかけられたため、俺はなにやら素っ頓狂な声を上げてしまう。それを聞いたマイオさんはクスリと笑う。
「ふふ、ごめんね。あの、君はこれからどうするのか訊いておきたいと思って」
「どうする…って」
「だってそうでしょ?自分が眠っていたことの間の話を聞いた。君の乗っていたコンドルくんのことも勝手にバラしたジュウくんがわかる限りの範囲で教えてくれた。ついでにお腹もいっぱいになった。さあ、次に何をする?」
そんなこと言われても、な。正直困る所だ。彼女の裏表を感じさせぬ顔に、俺は怪訝な心持ちになる。…いったい何をさせたい?
いや、もしかして…。頭の中をとても厭な閃きが駆け抜ける。俺は半ば意識的に声のトーンを少し落として言う。
「借りを返せ、と言うのか?散々世話を焼かせたから何かで埋め合わせろと?」
それを聞いたマイオさんは、きょとんとした顔をしている。…何故だ?キョウギさんも何か呆れ気味の顔になっている。
マイオさんはやや苦笑しながら、俺の目をじっくりと見つめながら口を開く。
「ううん。勘違いしてもらっちゃあ困るなあ。私やジュウくんはね、君から見返りが欲しくて助けたんじゃない。断じてね」
僅かばかりの淀みも感じられない、まっすぐな瞳で俺を見るマイオさんに、自分の心の中に刺さった針が傷口を抉り広げる感覚に見舞われる。
彼女の屈託の無い笑顔は、俺の中の思い出したくないものを呼び覚まされるようだった。
俺は、その感覚を自分の奥深くに押込み、軽い深呼吸をした後に2人に訊く。
「じゃあ訊くけど、俺に見返りを求めないとするならば、そこにいったいなんのメリットが存在する?」
「メリット?君はメリットの無ければなにもしないのかい?」
ギリ…と、俺は歯軋りをする。なんだそれ。マジで言っているのか?少しずつ苛立ちともなんともつかないものが喉へこみ上げてくる。そしてそれを乾いた笑いとともに口からこぼれ出す。
「…はは、本当の事を言いなよ」
「え…?何を?」
「とぼけるなよ。死にかけたヤツを助けたんだ。それ相応の対価を期待しているんじゃないのか?」
その問いを聞いたマイオさんは、大きくため息を吐き出した後、とことこと俺の目の前にまで近づく。
「…ふざけんなっ!」
バチッ、という音が食堂に響く。──俺の眉間にマイオさんがデコピンをかましたのだ。かなり力が籠っていたのか、じわりじわりと染み渡る痛みが来ると同時に僅かばかりだが脳が小刻みに揺れる。
「あー、もう!さっきから聞いてりゃ肩肘張ってゴチャゴチャと!ボクはそうしたいと思ったから君を助けたの!貸した借りたなんてハナッから頭に無いの!」
「なっ…」
「メリット?理由?対価?知らないよバカ!ボクやジュウくんは好きでやってたんだ。みんながみんな誰かを利用すると考えてるっていう斜に構えた捉え方、正直言ってムカつくんだよ!」
俺の胸ぐらを思いっきり掴み、怒りを滲ませた瞳で睨み付けるマイオさん。その気迫に俺は思わずたじろぐ。
「君がどうしてそんなこと言うのかは知らないよ。でもこれだけ言わせて。ボクは君の考えを認めない。認めたくない。ヒトを、愛とか絆とか、心を信じられないなんて、それを否定したら、ヒトに価値なんて無いよ。」
マイオさんは何処か、俺に対して怒りをぶつけるのではなく、叱りつけるような口調だった。彼女はしばらくして、ひっ掴まえた俺をやや乱暴に放り捨てる。そして今度は哀しそうな瞳で俺を見つめる。
「さっきも言ったけど、ボクは貸し借りが目的で君を助けたわけじゃない。だからその事に関して深く考えすぎる必要はない。ここに居てもいいし、何処へなりとも行こうともボクは止めたりしない。好きにしていいよ」
それだけ言い残して、彼女はテーブルの皿をひと纏めにして両手で抱えその場を跡にする。
残されたキョウギさんも、やはりなにか思うところがあるのか俺の方に少し真剣な顔を向ける。
「ノゾミちゃんの言う通りや。ワシらが好きでやったことさかい。そっちも好きにせい。それに自分が何でそないな考え方しとるなんて訊く気はない」
そこで彼は間を一拍置いて、俺の目を見て話を再びする。
「せやけど、これだけは知っといてくれ。ノゾミちゃんのモットーは、隣人を愛することや。それに嘘偽りはあらへん。──自分のバイク、ここの入り口ん所に置いとるからな」
そう言って、キョウギさんは左手をヒラヒラと降りながら食堂を去る。
──そして、俺だけがこのだだっ広い空間にぽつんと取り残された。先程の事を思いだし、俺は唇を強く噛みしめる。そしてこの場所に独り居るのが耐えきれなくなり、少しおぼつかない足取りで退室する。




