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初期装備転生 【目の前に龍がいたので飲んでみた】  作者: 優。
第1章 『エリハの誕生日』
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01 『竜の影を追う』

 幼さを顔に残した少年――エリハは、瞬きをすると、瞳に移る背景が別のものへ切り替わっていた。

 寸前までエリハの視界に移っていたものは、エリハの眼球をあと少しで潰せる程に至近距離に迫る、見覚えもない自動車のヘッドライトだ。

 だというのに、今彼の目に映るものは武骨なライトから一転して、人の手を感じさせない自然の雪景色に変わっていた。

 周囲一面の岩肌を降り積もる雪が覆い隠し、景色を美しい真っ白なものに変えている。微かに残る雪に覆われたごつごつとした形が、かろうじて本来の地形を想像させた。

 エリハの目が見通す限り白く広い広い大地が広がっているのだ。

 エリハは比較的都会の地域で育ち、自然のそこすらない猛威を見たことがない。新潟などで雪が何メートルも積もった光景が見ることができるが、そんなもの、エリハにとって写真の中での出来事だ。

 雪が積もる姿も最後に見たのはいつだったかというほどに馴染みがなく、そんな彼に、この光景はすんなりと受け入れるには少々無理があった。

 エリハは通学路にを歩いていた筈だというのに、唐突に身に覚えのない場所にいたこの現象に理解が及ばず、前述のこともあってか虚を突かれたように思考をフリーズさせた。

 ぽつりと小さな汗が、肌の毛穴という毛穴からぷつぷつと吹き出る感覚に近いのではないだろうか――エリハの心に、困惑と疑問の思いが湧き出る。

「ここは……どこなんだ?」

 この言葉を発した時点で、エリハがここへ現れてから数秒である。

 そして、エリハの戸惑いは当然のものだったが、しかしこの雪景色を作り上げたであろう豪雪を含んだ風が、エリハの心情を考慮することをする筈もなく、通りさる。

「ぁ……、寒い……」

 全身の筋肉がエリハの意思とは関係なしに震える。

 そこでようやく彼は、辺りの寒さに気付いた。豪雪地帯のど真ん中に突っ立ているのだから当然である。もっとも、この地の冷たさは今尚降る雪とそれに絡まる風により、さらに過酷だ。それこそ、雪山に遭難したのと変わらないほどに。否、それ以上だ。

 エリハの来ている物は学ランのみで、学生鞄の中にも防寒具なんて入っていない。ボタンすら止め切っていない格好のエリハは、この寒さに耐えられることもなく呻いた。

「寒い……」

 しゃがみ込み、蹲る。手を擦れば摩擦で熱がでるかもしれないが、体温を保つ為に手の寒さなんて気にしてはいられない。

 エリハは肌が凍てつく程の寒さに逃れようのない苦痛を感じた。肌を刺すような痛みを感じる中、必死に温もりを探すも、体は冷えるばかり。

 どうにかしないと。

 どうにかしないと。

 次第にエリハは、突如ここに来た困惑や不安――それすらも忘れて、必死に寒さから逃れるすべを求めた。

 バッグの中に入っているのは教科書と筆記用具、暇つぶしの文庫本と愛読書。それから音楽プレイヤーのみ。

 服はボタンを閉じればマシになるかもしれないが、その途端に蹲って保っていたなけなしの体温が寒さに晒されてしまう。

 自分の持っているものに期待が持てないと理解したエリハは、他のことに目を向ける。

 エリハは辺りを見回した。

 右を見れば、雪のカーペットと暗い曇り空の天幕だけ。暖を取れるようなものはない。

 左を見れば同じ光景が広がる。

 ここまで来て、エリハはもうどうしようもないのだということを悟る。

 エリハは昔から異世界転生というものに憧れていたきらいがある。その理由は不確かだが、もう一度人生をやり直せる。そして、ゼロから自分の意思を持って行動することが出来る。それがあこがれの一因だったことは否定できない。

 そんな彼は、この現象を異世界転移と咄嗟に想像したが、ここが異世界の根拠は何一つなかった。彼にとって、外国にいるというよりは何故だか信憑性の高いことだったのだが。

 して、この現在の場所が全く別のものとなる転移。もしこれが異世界転移というものだったとしても、彼は、この機会になにか希望を見出すことはできなかった。

 絶望的な状況だからだ。

 人ひとりいない状況で、体すぐに冷え切り今も尚体温は下がっていっている。防ぐ術はない。

 エリハはこのまま終わっていくしかなかった。

 しかし。そんなエリハに一つの出来事が降って通る。それは、エリハにとって功名とも取れないものだった。

 だが、一つの転換点だったのだろう。

 巨大な影が月明りを遮り、エリハの周囲を暗めた。

「ぁ……」

 エリハが上を見上げると、そこには見たこともない生物が両翼を広げ、風を押し付けるように飛んでいた。

 地球上にいるはずのない異形の生物だが、エリハにはその生物の正体がわかった。

「ど……ドラゴ、ン?」

 そして、その生き物はエリハの頭上をそのまま通り過ぎ、直進していった。

 エリハはその生物が向かっている先に目を向ける。

 そこには、今まで見たどの建造物よりも大きい、石レンガで出来た塔を見つけた。距離は目測でかなり離れていて、その大きさにより狂った距離感を踏まえると、さらに遠いことだろう。

 吹雪に吹かれ、雪が肩に積もるような状況だ。おそらく、もしその塔に向かうならその前に凍えて力尽きてしまうことだろう。その自信がエリハにはある。

「………」

 しあしエリハは、無言で足を進めた。

 その塔の中に入れば、この寒さもマシになるかもしれない。そう思ったのもある。

 だが、自分の体が動かしにくくともその生き物の後を追いたくなったのだ。

 塔の目前まで辿り付いたとき、エリハは寒さに鈍感になっていた。その代わりに、意識は朦朧としていて、たまに自覚もなく途切れる事態に陥っていた。

 指先の感覚はとうになくなっていて、血液がシャーベットになっている感覚に陥った。

 エリハは、死ぬということに初めて危機感を覚えていた。だが、何故だか朦朧とした意識で考えていたのは、呑気な事柄だった。

(もしも。もしもこれが異世界転移というのなら。俺は――俺は、なにをすればいいのだろうか)

 あの生物をドラゴンと認識したエリハは、その可能性を考慮していた。

 もしも異世界だったというのなら。

 エリハは、勇者として異世界へ呼ばれたわけではない。人類の救世を託されたわけではないのだ。人の思惑すら介入していないことだろう。なぜならその場合エリハが転移するところには人がいるはずだからだ。

 それはつまり、使命という目的を背負っていないことになる。

 つまり、何もすることが定められておらず、何をすることも勝手ということだ。しかしそれは目的が決まっていないということでもあるのだ

 現代において、人の人生というのはレールが最後まで敷かれていた。

 それをエリハは忌避していたが、その現代に生きていたエリハにとって、目的のない状況で如何すればいいのかなんてわからなかったのだ。

 しかしエリハは知らない。そんなことなど、これから暫くの間考える必要などないということに。

 朦朧とした意識で、塔の内部に入れると思しき、町明りのない夜よりも真っ暗な通路を見つける。

 エリハはもはや気絶しかけていたために、そこには入れたのかどうかも定かではなかった。ただ、気絶してしまえば通路に入っても凍え死ぬことに変わりはないため、歩くことだけはやめなかった。

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