オンミツ高校
ヒロとマリーは早速トレーニングに入った。
二人は幼い頃から忍びのトレーニングを、欠かさず続けることが日課になっていた。
ただヒロの場合、MEでトレーニングをしていなかったこともあり、練習開始直後は、筋力の衰えや武器の扱い方にぎこちなさが見られた。
それでも日を追うごとにもとのすばらしい動きになっていった。
ビューティは銀河全体のアトロス軍の動向について、日々、情報を集めていた。
特にこの惑星タウに出入りするアトロス軍関係の船や人物については、可能な限り入念にチェックした。
アトロス軍は、様々な惑星でヒロの捜索を行っていた。
だた幸いなことに、オンミツの里は学園都市で、その内部は多くのものがイガ・コミッティの関係者で占められている。学校機関はある意味、治外法権のようなところがあり、校内の情報は外に漏れにくい。
ビューティの調査でもヒロの存在が外に漏れている様子はなかった。
ある日の午後、ヒロ、マリー、ビューティの三名は入学準備のため制服を買いにいった。
オンミツ高校には学校指定の制服があり、ヒロもマリーもオンミツ高校には通ったことがないため制服を持っていない。
実はヒロは、中等部に通っていた頃からこの制服に憧れていた。
ぱっと見は、灰色の普通のブレザーだが、襟口や肩、ズボンの裾など細かい所に美しい刺繍が施されていた。
素材は忍者修行の学校の制服だけあって、伸縮自在、いつ戦闘に入っても制服のまま戦えるようになっている。
形状記憶の素材を使っていて、常にフォーマルな形を保っている。ズボンについても折り目がかっちりついており、全くのアイロンいらずだ。
内側には長袖、長ズボンのワンピースの鎖帷子を着込む。
薄手の素材だが強度は十分で、刀で斬りつけられても体を護る事ができる。
制服の上着には忍者用の武器をしまうポケットがついている。
手裏剣やクナイ、撒き菱などが取り出しやすい位置に、しかもかさばって見えないように収まるよう工夫されている。
もちろん、刀を消した柄の状態のレーザーソードについても、制服の上着の内側に収納できるようになっていた。
そして最近では、上着の内側に刺繍の入ったものが選択できるようになった。
竜や虎、鯉や桜吹雪、牡丹など多くの種類から選ぶことができた。
中には一角獣やゴーレム、恐竜といったものもあった。
竜や恐竜は、よほど人気なのかそれだけで何種類も選ぶことができた。
どうもレプティアンの男子は自分のルーツである恐竜を選ぶことが多いようだ。
ヒロはカタログから、空中でからだをうねらせる竜の刺繍の制服を頼んでいた。
その刺繍は父のドラゴンブレードの柄に彫り込まれていた竜の姿に似ていた。
「うーん。かっこいい!」
ヒロはうきうきして制服に着替えた。
マリーは実はこの制服が嫌いだった。
憧れのような気持ちはあったが、かわいすぎて自分に似合わないと思っていた。
マリーは最近の女子の選ぶ裾丈のスカートより長いものを選んだ。
最近のトレンドはとても短いスカートだったが、マリーにとっては恥ずかしいのだ。
上着は中に刺繍のない地味なものを選んだ。
あくまで地味にひっそりと、がマリーのポリシーだ。
女子の制服では、レオタード・タイプの鎖帷子を着て、同じ素材のハイソックスを履き、その上にスカートと上着を着る。
様々な武器が収納できる点は男子用の制服と同じだった。
マリーはこの制服の動きやすく安全なところは好ましいと思っていたが、何ぶんかわいすぎるのが気になっていた。
ビューティの制服選びは大変だった。
そもそも、ビューティは高校に行く必要はないのだが、ヒロのガーディアンとして、どうしても一緒に行くと言ってきかなかった。
ヒロも最後には折れて、ビューティもヒロとマリーのクラスに通うことになった。
最初は、ヒューマノイドと割り切って、サーメット・ボディ剥き出しのまま通うことも考えたが、学校内ではどうしても目立ってしまい活動が制限されてしまう。
制服姿をステレオグラム表示する案は、スカートの部分が再現できないのでやめた。
結局、ビューティはヒロやマリーと相談し、実際の制服を着て学校生活を送ることにした。
頭にはウィッグをかぶることにした。
ステレオグラム表示では、皮膚表面から10センチまでしか対応できないので、ヘアースタイルは、いつもバレリーナのようなアップにまとめたものだったが、どうしてもロングヘアーにしたいというビューティのたっての希望で、今回はウィッグになった。
実にわがままなロボットである。
試しに、店の中に都合良くあった、金髪の腰まであるスーパーロングのウィッグを頭に張り付けてみた。
次にビューティは、おもむろにボディの表面を大人の女性の裸のパターンで表示した。
洋服店の中で、突然ビューティが裸の女性になったため、ヒロや他の男性店員は一斉に真っ赤になって固まった。女性店員までも顔を赤らめている。
眉毛や産毛などもウィッグに合わせた色でリアルにステレオグラム表示していた。
「あっ、ごめんなさい」
ビューティは急いでいつもの赤いヒューマノイドボディに戻った。
ビューティは制服一式を持ち、そそくさとフッティング・ルームに入っていった。
しばらくしてビューティが服を着て出てきた。
「!!」
声には出さなかったが、ヒロは思わず見とれてしまった。
マリーも驚いた表情をしている。店員達は男女を問わずまたもや硬直してしまった。
ビューティはできるだけ皮膚が出ないように、長めのスカートを履いたり、襟口のボタンを一番上までとめたりしていた。
首の可動部分が目立たないようチョウも付けていた。指の関節が不自然に見えないように、手にはレースの手袋をしている。まるでどこかのお嬢様のようだ。
結局、ヒロとビューティだけが、制服をきて家に帰った。
ビューティは服を着ること自体が珍しくとても喜んでいる。
マリーは制服と靴を店の袋に入れてもらい、もとのマント姿の汚い格好で、後からスタスタと付いてくる。
道行く友達が、ひさしぶりに里に帰ったヒロとマリーを認めて声をかけた。
そして声をかけた誰もがビューティ扮する制服姿の美しい女性に目を奪われた。ヒロの悪友の中には紹介しろという者もいた。つきあうのは勝手だが喧嘩になったら勝ち目はないだろう。
ヒロとマリーは、里の中では有名人だった。
中学の頃から生徒達の中で誰よりも強く、剣術、忍術に長けていたからだ。
そのヒロとマリーが里に帰ってきたことは大ニュースだった。
特にイガ・コミッティの関係者は、打倒アトロスという、ヒロの大いなる使命を知っている。
それゆえ言葉にこそしないが、希望の眼差しでヒロを見つめていた。
三人は家に戻って夕食を済ませ、明日の初登校に備え早めにベッドに入った。
ただ、ビューティはベットには入ったものの寝る必要がないので、いつものように日々刻々と更新される全銀河のニュースソースに耳を傾けていた。
もちろん食事もトイレも必要ない。ニュートリノ・エンジンは永遠にエネルギーを供給する。
お風呂については皮膚表面の汚れを落とすため、毎日シャワーを浴び隅々まできれいに磨いている。今日はもう3度目だ。
常にぴかぴかにしておかないと、センシング・ディスプレイ・フィルムの各素子が、ちゃんと機能しないからだ。ステレオグラムビューは、汚れがあると表示が欠ける。
事情を知らない人から見れば、1日に何度もシャワーを浴びるので、どれだけキレイ好きなロボットかと思うに違いない。
次の日、ヒロ、マリー、ビューティの三人は学校に初登校した。
新品の制服は初々しく、まるで新入生のようだ。
ヒロはMEの生活で毎日学校に通っていたが、長い間WANTEDハンターをしていたマリーにとっては、久しぶりの学校生活だ。
ビューティにとっても、学校生活の情報こそ大量に持っているものの実際に通学するのは初めてで、ヒューマノイドながらウキウキしていた。
「うぃーす」とヒロが教室に入る。
ビューティもヒロをまねて「ウィース」と教室に入ったが、マリーがあわてて間違っていることを教える。
ほとんどのクラスメートはヒロやマリーの知っている人間だった。
ヒロとマリーは、自己紹介もそこそこに席に着いた。
ビューティはおずおずと名前を言い、差し障りのない程度の自己紹介をした。ヒューマノイドであることも、ここでみんなに伝えた。
しかしビューティの美貌はヒューマノイドとはいえ人の目を惹いた。席についたあとも、男子連中がビューティを見ながら、ひそひそ話をしていた。
ヒロ達の通うこの学校は、体育大学の付属学校であるため、そのカリキュラムは体育系の内容が多かった。
体育系の授業とはつまり忍術修行であり、講座と実技に別れている。
ヒロは体を使う実技のクラスは得意だったが、講座は苦手だった。
マリーの場合は、長らくWANTEDハンターとしての生活を送っていたはずだが、もともと優秀なのだろう。授業の内容をすぐに理解した。
全銀河の情報を扱うビューティは、これらの授業の内容は全て知っていた。だから逆に最新の情報でビューティ自身が、授業を行いたいぐらいだった。
忍術修行の実技のクラスでは、基礎体力作りと忍術トレーニングが行われた。服も制服から運動着に着替える。
運動着は、まさに忍者の格好そのものだった。中に着る鎖帷子は制服のときと同じだが、その上に着る服は黒い忍者スーツだ。
忍者スーツの上にプロテクターの役割の脚絆、手甲を付ける。
女子の忍者スーツは無骨な男子用とは異なり、近代的でおしゃれなデザインになっていた。制服もそうだが、最近は忍者スーツまでもかわいいのがトレンドのようだ。
頭にまく金属製のヘッドバンドは男子も女子も自分の好みのデザインのものを付けていた。
ヒロは用品店で、制服の刺繍同様、竜のマークが入っているものを選んだ。
マリーはさそり、ビューティはかわいい子猫のマークのヘッドバンドを付けていた。
マリーのさそりは、自分のスペースシップ、スコルピオを意識したものだと、なんとなく分かるが、ビューティはなぜ子猫を選んだのかヒロはわからなかった。
ヒューマノイドのくせに猫が好きなのか?
武具は体育の授業のために、安全面を考慮した修行専用のものだ。
クナイ、手裏剣、撒菱などの金属部品の尖った部分は全て丸めてある。
レーザーソードは出力が制限され、しびれるだけの状態のものだった。とはいえ怪我をすることもあるし、当たり所が悪ければ命に関わる場合もある。
ヒロは久しぶりに実技のクラスに参加した。
MEでのブランクはあったものの、入学前にマリーとトレーニングをしていたので、基礎体力は前の状態に回復していた。
トレーニング中の模擬試合では、マリーとほぼ互角に戦えるようになっていた。
これもヒロの天賦の才能と言うべきか。
マリーもセンシストで、彼女はその能力を忍術に応用し、限界まで余すことなく使うことができる。訓練のたまものだろう。
ヒロは覚醒後、みなぎるエネルギーを自分の中に感じていたが、まだ、うまくコントロールできないのが歯がゆかった。
とはいうものの学校内での実技のクラスでは、ヒロの能力は群を抜いていた。
唯一競るのはマリーだけだった。
ビューティの場合、運動性能は確実にヒロやマリーを凌ぐが、ほぼ全ての実技のクラスを見学していた。
一度、男子生徒に囃し立てられ、100メートル短距離走に参加したが、当時のユニバース・レコードを超える記録で走ってしまった。
ビューティにしてみれば、それでも遅く走ったつもりだったが、それ以降、実技のクラスに出席しづらくなってしまったのだ。
ヒロとマリー、ビューティの三人は学校が終わった後、人目につかない谷川で、独自の修行を行っていた。
メニューは大きく分けて三種類、ひとつ目は体の鍛錬、二つ目は忍者の武技の習熟、最後のひとつはユニバース・センスを使った忍法の修行だ。
体の鍛錬では、ビューティがトレーニング・メニューを考え、ヒロとマリーがそのメニューをこなした。
武技の習熟では模擬試合の形式をとった。
ヒロとマリーの戦いは、道具こそ学校で使っている安全面に配慮したものだったが、クナイや手裏剣が乱れ飛び、レーザー・ソードでの戦いも、火花を散らしながら激しく行った。
どちらも凄腕だったが、刀の技量はヒロよりマリーの方がわずかに上だった。
ヒロとビューティの戦いでは、ミス・アリスの研究所でもらったNJプロテクターとドラゴンブレードを使い、実戦さながらの状況で行われた。
こちらの戦いは想像を絶する内容だった。
ヒロはニュートリノ・エンジンを搭載しているプロテクターのおかげで、運動能力が格段に上がっている。
またバックパックには、ビューティと同様、高い推進力をもつ噴射装置がついていて、空中を高速で飛行することができた。
ビューティはもともと高い運動能力なので、両者の対決では極限の戦いが続く。
二人は山から山、谷から谷へ飛び回り、圧倒的な力で岩を砕き、目にも留まらぬ早さで攻撃を繰り出した。
ただ、ドラゴンブレードについては、ヒロの強力なユニバース・センスを使った攻撃だと、超硬質ボディを持つビューティといえ、まっ二つにしてしまいそうだったので寸止めとした。
ユニバース・センスを使った忍法の修行では、ヒロとマリーが、お互いに得意な技を教えあう形で行われた。
センスの力でものを浮かせたり、自分自身を浮遊させる忍法「浮き雲」や、一瞬のうちに、別の場所に移動する忍法「朧げ」、また一時的に身の周りの空気を硬化させ、攻撃から身を守る忍法「亀甲羅」など、様々なユニバース・センスを使った忍法の訓練が行われた。
レーザービームを反射させる「反雷」や、エネルギー弾を打つ「雷撃」などの、刀を使った忍法は、マリーの方が得意だったのでヒロに指導した。
こうしてお互いに切磋琢磨して技に磨きをかけた。
ヒロとマリーの二人は、毎日ヘトヘトになるまで修行した。
ウメばあばの作るご飯をよく食べ、よく眠った。
忍術競技会の日は刻一刻と迫っていた。