別れ
ヒロ達は待ち合わせのホテルに到着した。
「どの部屋かわかるの? ビューティ」
「わかるわ。さっき電話して聞いたから」
どうもダドを保護した人間と直接コンタクトを取っているようだ。
これまでヒロは、ビューティに会って以来ずっと行動を共にしていたが、全く電話をしていた様子はない。
「いつ?」
「本当についさっきよ。ホテルに着く直前ぐらい」
「ああ、外部に音は出してなかったからね。私の声も」
「私、ケータイ機能もついてるの」
ヒロはちょっと気味が悪いと思った。知らない間に電話をかけている携帯機能付きヒューマノイド・・。
エレベータは18階で止まった。
フロアには部屋が沢山あったが、ビューティは壁の地図も見ずまっすぐに部屋に向かう。多分このビルの情報も、全て収集済みなのだろう。
そういえば、ここに来るときも幹線ルートではなく、裏道のようなチューブをいくつか通ったが、これも渋滞や事故の情報を収集してルート選択していたのかもしれない。
ヒロは思わず、前を行くビューティを、頭からお尻、太ももから足のかかとまでなめるように見てしまった。おもわず見とれるプロポーションだ。
「やぁね。そんなにまじまじ見ないでよ」
とビューティは前を向いたまま言った。
ヒロは真っ赤になってうつむいた。彼女には背中にもカメラ素子が付いていることを忘れていた。
全身に目があって、カチカチのボディを持ち、どんな姿にも変身できるビューティ。
彼女に電池切れはなく、携帯機能までも付いている。
宇宙最強かもしれない・・とヒロは思った。
二人は部屋のドアに立ち、チャイムを押した。
覗き穴から訪問者を確認する気配がしたあと、ドアが開いた。
中には黒ずくめのスーツを着た男が二人いた。体格のいいレプティアンだ。
耳にはレシーバーをつけている。彼らが組織のエージェントだろう。
「ヒロの父親は? ジェームス・ミツオカはどこ?」
「奥の部屋です」
ビューティとヒロは奥の部屋の扉を開いた。ヒロはソファにダドが座っているのを見た。
ダドもヒロを見た。
「ダド!」
「ヒ、ヒロ? なんでお前がここに?」
その時、突然、窓の外に武装エアカーが現れた。
エアカーはいきなりロケット・ランチャーを発射した。
「ヒロ! 危ない!」
ビューティは、瞬時にヒロに駆け寄り抱きしめて球形防壁を展開した。
ヒロとビューティは爆風でシールドごと吹っ飛び壁にめり込んだ。
武装エアカーは、ロケット・ランチャーに続いて、レーザーによる攻撃を開始、部屋の中はめちゃくちゃになった。
最初の爆発のあと、味方のエージェント達が部屋に飛び込んできて、応戦を試みたがエアカーのレーザーの前に、二人ともあっけなく倒れた。
「くっ!」
ビューティはヒロを抱えシールドを展開したまま、外にいるエアカーに手を向けた。
そして、人差し指から連続してビームを放った。
ビューティの指から放たれたビームは、窓の外にいたエアカーに全て命中した。エアカーは爆発し破片が周りに散らばる。
「ヒロ! 下がっていて!」
ビューティはシールドを解除し、窓に向かって走る。
窓の外には、もう一台の武装エアカーがいた。
ビューティは、18階の窓から外に向かって大きくジャンプした。
背中のカバーがパカッと開き、真っ白いキラキラした粒子が溢れ出て、ビューティはぐんぐん加速した。ビューティは高速で空を飛ぶ事もできるようだ。
逃げようとする武装エアカーに人差し指を向け、ビューティは再びレーザーを発射。みごと命中した。
狙撃されたエアカーは煙を噴いて落下し、50メートルほど下の地面に激突して大破した。
ビューティは、破壊された窓からもとの部屋に戻った。
しばらく窓の外を眺めた後、最初の爆発で吹き飛んだソファに走っていった。ヒロも急いでソファに走る。
ヒロの父、ジェームスは、ソファの下に倒れていた。
ビューティが急いでソファをどける。父親はすでに絶命し息がない状態だった。
体に何発ものレーザーを受けていた。
「ダード!」
ヒロは大声で叫んだ。ジェームスは何も答えない。
「ダド・・・」
ヒロは父親を抱き寄せた。ほほに涙が伝わる。
「ヒロ・・・」
ビューティが、ヒロの肩に触れながら言った。
「ヒロ、残念だけどもう助からない。最後の別れを言いなさい」
「最後の別れ?」
ビューティはおもむろに動かない父親からヒロを離し、今度は自分で遺体を抱えた。そして後頭部を支え延髄のあたりに指をおいた。
ビューティの表情にノイズが入る。
「・・ヒロ」
少し間を置いた後、ビューティがヒロに呼びかけた。
しかしその声はビューティの声ではない。ヒロの父、ジェームスの声だ。
ビューティの顔がヒロの父親の顔に変わった。
ヒロは驚いた。目の前に、たった今死んだ父の遺体と、父の顔を表示しているビューティがいる。
そしてビューティは、ヒロの父親の顔と声でヒロに話しかけている。不思議な光景だ。
「ヒロ・・。私はまだ生きているのか?」
「ダド! 僕が分かるの? そうヒロだよ」
「僕は一体何者なの?」
「生まれたときからダドはずっと一緒だったよね? 僕、剣道なんて習ったことないよね?」
ヒロは、父と過ごす時間が限られていると思うと、うまく言葉がでてこなかった。
泣きじゃくりながら、次々に父に問いかける。
「ヒロ・・。覚醒したのか・・・」
ジェームスに驚きはなかった。ジェームスはヒロが覚醒することを知っていたようだ。
「ヒロ、私はもうすぐ死ぬ。これから話すことをよく聞いてくれ・・」
「ヒロ、私はお前の本当の父親ではない」
「え?」
ヒロは驚いた。
「アンディもだ。彼女もおまえの母ではない」
「我々は2年前、お前を自分たちの子供として育てることを頼まれた」
「お前自身から・・」
「そして、過去の記憶を消し、今の記憶に書き換えたのだ・・。これもお前の希望で」
「私もアンディも、親友のミカエルも、イナ先生も、それ以外に、お前が昔から知っていると思っている、ニュー・マンハッタンの人間は、全て組織の人間だ」
「その組織の名は・・、イガ・コミッティ・・」
「イガ・コミッティ?」
ヒロにとって、初めて聞く名前のはずだが、なつかしい気がする。
「ぐ・・・」
「そろそろか・・」ジェームスの顔が苦痛に歪む。
「お前は我々の実の子供ではないが・・。ヒロ、お前を愛していたよ・・」
「ヒロ・・・、母さんを、アンディを頼むぞ・・・」
ジェームスは静かに目を閉じた。
そしてノイズが入った後、もとのビューティの顔に戻った。
「ダード!」
ヒロは動かないジェームスの遺体に抱きつき再び涙した。
ビューティはパーキングに停めてあったエアカーを、破壊されたホテルの窓に呼び寄せた。
ビューティは、遺体に抱きつき泣き伏すヒロに声をかける。
「ヒロ、行きましょう。敵が来るわ」
二人の乗ったエアカーはホテルを後にして、闇の空に消えた。