聖なる剣
ヒロと、ビューティの乗るスティングレイは、徐々に高度を落としてゆく。
スティングレイの機体は、赤い発光色から青白く変化していった。
飛行中、太陽の当たらない地域に入ったらしく、視界は夕焼けから夜空になった。
「さっき襲われたせいで、だいぶ降下位置がずれたわね。マチュアンカまで随分あるわ」
マチュアンカは、FEの超大国ロマニオール連邦共和国の首都だ。
ヒロの父ジェームスも、今回の出張でこのマチュアンカに来ているはずだった。
ヒロは両親のことが心配だった。
自分に、これだけ執拗な追っ手がかかっている以上、両親も無事では済まないはずだ。
ヒロは持っていた携帯電話で父に電話しようと考えた。
「ヒロ、待って」
「ケータイでの通信は、アトロス軍に傍受されるわ」
ヒロは頭の中が見透かされているようでいやだった。
「あなたの両親は安全に保護されたわ」
「だから安心して。お父さんにはマチュアンカで会う予定よ」
ビューティは後ろを見ずにいう。
スティングレイは大気圏突入用フラップを格納し、地上巡航用ボディに変形した。
しばらくしてマチュアンカの街並が見えてきた。
その都市は海に面した港町だった。
マチュアンカは高度に発展した機械都市で、これまでに発見されているどの地球型惑星にも、マチュアンカに匹敵する都市は存在しなかった。
多くの新技術はこのマチュアンカで開発され、ここから他の惑星へ広がっていった。
ニュートリノ・エンジンもMDF航行の技術もマチュアンカが発祥である。
ある人は仕事を探して、またある人は高度な技術を求めてこの地を訪れる。
街は高層建築が連なり地平線まで続いている。
その建物同士が立体的にチューブでつながり、その中をエアカーが行き交う。
ヒロはモニタを操作し下を覗いてみたが、余りに高いビル群で地表は見えない。
また街の上空には巨大な空中都市が浮いていた。
この空中都市はマチュアンカの中枢エリアで、飛行機や宇宙船のアクセスの良さから、政府機関や大使館、大手ユニバース企業の本社などが入っている。
空には飛行機が数多く飛んでいて、夜だというのに街は明るく絶え間なく活動している。
ビューティの操るスティングレイは、海辺にあるビルの屋上に着陸した。
ここが目的地なのか? とヒロが思ったその瞬間、
ビューティが「そうよ」と答えた。
「僕の心を読むのは止めてくれ!」
とヒロは声を張り上げ、ビューティを睨みつけた。
「そうね」とビューティは、席から立ちながら言った。
「ヒロ。感覚防御の方法を覚えなさい」
「今のヒロの心は明け透け。他のセンシストが、簡単にヒロの心を読む事ができるわ」
「ジェネラルがしたようにね」
「スティングレイの内部は、感覚保護膜、つまり簡単にリンクできないようにするシールドなんだけど、これがあるから外部から干渉できなくなっていた。」
「だけど一歩外に出たら、自分でプロテクトするしかないのよ」
ビューティは、ヒロと向き合いながらやさしく言った。
「感覚としては雨合羽を着る感じよ。雨に濡れないように」
ヒロはできる訳ないと思ったが、まず試してみた。
すると、これまで体にまとわりついていた、雑音のような意識が消え去り静かになった。
「そ、そう、それよ。すごいわね」
ヒロがあっという間にできたことに、ビューティは驚いていた。
その時、ヒロは感じていた。
僕は、この操作を過去にした事がある。センス・プロテクトを体が覚えている・・。
ヒロは意識を集中しプロテクトを解除してみた。それも簡単にできた。
一体いつこのようなことを体得したのだろう?
ヒロの記憶の中には、そのような訓練をした覚えはない。
そもそもユニバース・センスという言葉をきいたのも今日が初めてだった。
一体いつ? ヒロはしばらく考えたが答えは見つからなかった。
ビューティは、作業用ロボットに船の修理を指示した後、屋上の扉から建物の中に入っていった。ヒロも後をついていく。
建物に入り二人はエレベータに乗った。
ヒロが、ふと壁の表示を見ると、361と表示されている。
「げ? まさか361階?」
ヒロが驚くのをよそにエレベータは下に降りてゆく。その降下速度は静かだが早い。
壁掛け表示は、あっという間にB12を示した。
「さ、到着。このフロアから下が秘密のアジトよ」
ビューティは微笑みながらいう。こんなに笑顔が似合うロボットも珍しい。
エレベータの扉が開いたとき、二人の目の前に、美しい白衣の女性と、筋肉質の男が立っていた。
二人とも皮膚にうっすら鱗が見える。レプティアンなのだろう。
しかし、白衣の女性は薄い鱗があるが、顔つきはヒューマンにも見える。もしかしたら混血かもしれない。
白衣の女性が「ようこそ。マチュアンカへ」と、ヒロに微笑みかける。
彼女が付けている香水がほのかに漂う。
ヒロは大人の美しい女性に見つめられて、もじもじとうつむいてしまった。
「私はアリス・J。ロボット工学が専門よ」
「ここは私の住まい兼、研究所」
「ビューティ、久しぶりね。宇宙では、アトロス軍と派手に戦闘してたみたいだけど」
「こんにちは。ミス・アリス」
「元気そうね。この子がヒロよ。選ばれし者」
ヒロは選ばれし者などと紹介され、どうもむずがゆい。
「ヒロ、こちらはミス・アリス。彼女はプロフェッサー・Jのお孫さんよ」
「博士が亡くなったあと私の面倒を見てくれてるわ。彼女以外私は直せないのよ」
「ミス・アリス、船がだいぶやられたわ。見てくれる?」
「いいわよ。でもめずらしいわね。あなたの操縦で、船にダメージを受けるなんて」
ミス・アリスは、すずしげな目でビューティを見つめて言う。
「ジェネラルが来てるわ。目的はヒロよ」
「ジェネラルが・・?」
「ふーん。アトロス軍も本気ね」
「ゴンザ、船を見てきて。あと予定している追加装備も」
ミス・アリスは、マッチョのレプティアンに指示を与えた。
「了解でガス。マム」
「彼はメカニックのゴンザ」
「優秀よ。今後、あなた達のお手伝いをすることになるわ」
アリスはゴンザを紹介した。
「よろしくでガス」
ゴンザがぺこりと頭を下げる。
彼が助手? というよりボディガードみたいだ、とヒロは思っていた。
ミス・アリスは、ヒロとビューティの二人を連れて研究所の廊下をすすむ。
ヒロは、二人の美人と歩くのは悪くないなと思っていた。もちろんセンス・プロテクトをしている。
「なんとか、間に合ったわ」
「あなたの送ってくれたヒロの情報から、忍者武装服のサイズも調整しておいた」
アリスは歩きながらビューティに言った。
「さ、ここよ」
ミス・アリスが部屋の扉を開ける。
部屋の中にはふたつのガラスケースがあった。
最初のガラスケースには、大きい刀が立てて納められている。
形は日本刀のようで反が入っているが金属ではない。レーザーソードだ。
鍔は美しく加工されていて、竜の模様が入っている。
柄の部分は黒を基調にした菱形の模様が刻まれている。こちらにも表裏に竜の模様が施されていた。
隣のガラスケースには、人形に薄手のメッシュのスーツが着せられていた。
あと中心に水晶のような球体が埋め込まれている箱が置いてある。
これが、ミス・アリスの言っていた、NJプロテクターというものだろうか。
あまりプロテクターという感じではないが・・、とヒロは思った。
「ヒロ、これあなたのプロテクターだから着てみて」
「合わないところを調整するから」
ビューティがヒロを見て言った。
ヒロは、あんな不格好なスーツ着たくないな、たいして役立ちそうにないし、と散々に思っていたが、しぶしぶケースを開いて人形を触りだした。
女性陣の二人は、そそくさと部屋を出る。
「何なんだこの服? NJプロテクター?」
ヒロはぶつくさ言いながら、パンツ一丁になり、メッシュのタイトスーツを着てみた。
見た目は鎖状の金属に見えたが、どうも違うらしい。
とても軽く丈夫な素材だ。着心地も悪くない。
伸縮性も申し分無く、これなら激しい運動をしても、体の動きを妨げることはない。
「ヘー、変わった素材だな」
ヒロは次に同じガラスケースにあった、水晶の入った箱をいじってみた。
「何だろうこれ? 武器かな」
ヒロが、不思議顔で箱をいじりながら考えていると、ビューティがいきなり、センス・リンクしてきた。
「ヒロ、それがNJプロテクターの転送装置よ」
「センスを使って起動するの。センス・リンクして、武装導入って念じてみて」
ヒロは変な事をやらせるなぁ、と思いながらビューティの言うように箱にセンス・リンクをかけた。
そして「インストレーション!」と念じた。
驚いたことに、箱の水晶の部分が輝きだし、その箱はヒロの方に飛んできた。
箱はヒロの背中に張り付き、どこからかプロテクターのパーツが、フッと現れ、ヒロの体や腕、足などをカバーしていった。
腰の部分や胸当ての部分は、少し厚手のプロテクターになっていた。肩パットも付いている。
手にはメカメカしいグローブがはめられ、足も頑丈そうなブーツを履いていた。
ヘルメットと思われる部分が、またもやフッと出現し、ヒロの頭をカバーする。
首には、いつの間にか赤いマフラーが巻かれていた。
「うわ。何だこれ」
いきなり現れ体に装着された装備に驚きながらも、ヒロは鏡で自分の姿を見てみた。
正面から見たり横から見たりと鏡に映る、プロテクター装着後の自分の姿を見て、ヒロは結構かっこいいかもと思っていた。
デザインは、昔の忍者が着ていた戦闘服を意識しているようだ。
そう、少しスリムなヒューマノイド・ニンジャのような感じとでも言うのだろうか。
ヒロは、NJプロテクターを着終えたことを、部屋の外の二人に伝えた。
「お、ヒロ、なかなか似合ってるじゃない!」
部屋に入ってきて、ヒロの姿を見たビューティがにこにこしながら言った。
「どこか苦しいところはない?」
ミス・アリスがヒロにきく。ヒロは肩をまわしたり、腕をのばしたり、体のいろいろな所の動きを確認したが、窮屈に感じるところはなかった。
それどころかヒロの体によくフィットし、見た目は重そうだが、実際は何も着けていないように体が動く。
逆に体が軽くなっているようだ。
ヒロはアリスにうなずき、特に問題のないことを伝えた。
「そのプロテクターのいろいろなパーツ、いきなり現れたでしょ。どこから現れたと思う?」
アリスはヒロに聞いた。ヒロには想像がつかない。
バックパックの箱から出てきた? いやいや、ヘルメットや胸当はとても入りそうにない。
では一体どこから出てきたのだろう。ヒロは回答につまった。
「実は、そのプロテクター、地下のメンテナンス・ルームから転送されてきたのよ」
「そのバックパックは転送装置になっているの。うちの自慢の製品なんだ」
ミス・アリスはヒロに各パーツの説明を始めた。
ミス・アリスによれば、このプロテクターもプロフェッサー・Jの作品で、ビューティと同じくサーメット加工の製品だという。
背中のバックパックの中央に埋め込まれた水晶らしきものは、ニュートリノ・エンジンが装着されたエネルギーコアだった。これはビューティに内蔵されているものと同程度の出力があるという。
グローブと、ブーツの先端には、エネルギーガンが埋め込まれ、バックパックには強力な推進力をもつ噴射装置がついていて、空中を高速で移動できるようになっていた。
「ビューティと互角に戦えるわよ。ふふ」
ミス・アリスは冗談ともつかない顔で言う。
ヒロは、とてもじゃないがビューティとは戦いたくないな、と思っていた。
実は後日、何度も戦う事になるのだが・・。
「じゃ、次に聖竜剣を持ってみようか? 由緒正しい伝説の剣よ」
ミス・アリスは、刀の置いてあるガラスケースの扉を開いた。
「よく切れるから注意して扱ってね」
伝説の剣? ヒロは恐るおそる柄の部分を持ち、剣先から鍔、柄元まで細かく観察した。
刀の部分は金属ではなく、エネルギー体が凝縮されたもので白く輝いていている。
鍔に近い刀の部分に、何か文字が彫り込まれているのが見える。
文字はヒロの知らない文字だった。
鍔と柄の部分には、竜の模様が彫り込まれている。長い体をゆうゆうとくねらせ正面を見据える、実にバランスのとれた美しいデザインだ。
ヒロはゆっくりと刀を振り下ろしてみた。片手で持ったり、両手で持ったりして素振りをしてみる。
不思議なことに、刀はヒロによくなじんでいる。
構えや太刀筋、形に至るまで、ヒロは見事な剣さばきを見せた。
横で見ていた、ビューティとミス・アリスも驚いている。
僕の体は一体・・・?
ヒロに武道の心得はない。いや少なくとも習った記憶がないのだ。
しかし、体はなぜか自然に動く。はじめて刀に触るのになぜか懐かしい。
ヒロはしばらく刀を見つめたあと、ユニバース・センスにより刀身の部分を消した。
ランプの電源を切るように、ドラゴンブレードは鍔と柄の部分のみになった。
そして特に教わってもいないのに、自然にプロテクターのバックパックに納めた。
「ヒロ? レーザーソードを扱ったことがあるの?」
アリスがヒロに尋ねる。
ヒロは小さく首を振り、自分の両手や体をまじまじと眺めていた。
「間違いない・・・。ぼ、僕の体は刀の使い方を知っている」
「ビューティ、僕は一体何者なんだ?」
「さっきもセンス・プロテクトの方法を知っていた。体が覚えていたんだ」
「何か知っているなら教えてくれ!」
ヒロはビューティを問い詰める。
「ヒロ・・、私もなぜなのかわからない」
「私はガーディアンになったときに、あなたに関する情報の全てを調べたわ」
「市民記録はもとより、家族、親戚、教育、友人関係、もちろん恋人も」
「あなたに関する情報は、現存する全銀河のデータベースからすべて検索した」
「あなた自身のことはもちろん、これまでに関連してきた人達全員についてサーチし、その情報は私のプロセスコアに記録されている」
「私はネットワークが生きている限り、常時オンラインで、あなたの最新情報を収集しているわ。今この瞬間にも」
「あと、これは黙っていようと思ったけど、あなたがセンス・プロテクトをかける前、あなたの記憶について、曖昧な部分を含めて完全にコピーした」
「そして、そのあなたの記憶の8割について分析が完了しているの」
「だから私はあなたのことについて、恐らくこのユニバースの中で誰よりも詳い」
「もっと言うと、私はあなた自身よりも、あなたのことに詳しいわ」
僕より僕の事に詳しい? ちょっと待ってくれとヒロは思った。
「その私も、ヒロ、なぜあなたがこんな真似ができるのか、全く分からないわ」
「・・・」
ヒロ、ビューティ、アリスの三人は沈黙した。
特に自分の記憶をコピーし、その8割の分析が終了しているといった、ビューティの言葉が、ヒロには強く引っかかっていた。
しばらくしてビューティが口を開く。
「ヒロ、残る可能性はただ一つ」
「あなたの記録は改ざんされているわ」
「私の知る限り、あなたに関連した全ての情報に齟齬はない」
「もし記憶を替えられているなら、とても広域なものよ。あなたの関係者の記録まで含めた・・」
「あなたは過去の記憶は封印され、新しい記憶を書き込まれた・・・」
三人はまたしばらく押し黙ってしまった。
「でも、そんな事が可能かしら?」
アリスがビューティに問いかける。
「だって、これまで17年間、ヒロに関わった人間が何人いると思う?」
「彼らのDB上の記録は書き換えられるとしても、彼らの記憶の中のヒロの部分のみを書き換えるのは、論理的に不可能だわ」
「でもアリス。記録ではヒロは去年、ニュー・マンハッタンに引っ越したことになっている。それまでは東アジア連合国に住んでいたことになっているわ」
「引っ越したばかりだから接触する人物は限られている」
「学校のクラスメート、親、親戚、近所の人たち。仮にその人たちが、全てヒロの記憶の改ざんに関わっていたら・・」
「ヒロ! あなたのお父さんに会うわよ。今すぐ!」
「彼は何か知っているわ!」
ビューティはヒロに言った。もちろんヒロに異存はない。
FEに来たときから、父ジェームスには会いたいと思っていた。
ビューティによれば、ジェームスはマチュアンカのスペース・ポートで、組織の人間に保護されているという。
ヒロはプロテクターを武装解除した。そしてメッシュのスーツの上から服を着た。
ドラゴンブレードは、学校用のバックパックに無造作に放り込んだ。
そしてミス・アリスにエアカーを借りて、ヒロとビューティはマチュアンカのスペース・ポートに向かった。