ザ・ファザー・アース
「さあ、ヒロ。これから宇宙船で父地球にゆくわよ」
FE。ザ・ファザー・アース。
太陽系を母地球と同じ軌道で公転する惑星。
MEの双子惑星として知られ、全宇宙の中でも最高レベルの文明を持つ星だ。
近年では宇宙開発が進み、MEとFE間の定期航路ができて、気軽に行き出来るようになっている。
FEにはME同様、ほ乳類、鳥類、魚類、両生類、昆虫などがいる。
しかしMEの人類にあたるFEでの知的生物は、爬虫類が進化した生物だった。
FEにも太古の時代、恐竜がいた。
MEの恐竜はその昔、地球規模の環境変動により絶滅しているが、FEの恐竜達は絶滅をまぬがれ、独自の進化を遂げていた。
進化の過程で脳が発達、体の大きさは小型化したため、現在ではMEの人類と変わりない体格をしている。
MEの人類と異なるのは、うろこ状の硬い皮膚で覆われていること、子供が卵で生まれることなどがある。
彼らは、人類に対し、竜類と呼ばれていた。
ビューティとヒロは、街外れにあるスペースポートに向かっていた。
ビューティはボディカラーを赤からシルバーに替えていた。
エアカーも濃い緑色と白のツートンカラーに変化している。
「ああ、これ? 面白いでしょ」
「この車もセンシング・ディスプレイ・フィルムでコーティングされているのよ」
「ほら、こんなこともできる」
車はいきなり透明になった。ヒロが驚くのを見てビューティが笑う。
「不過視モードよ」
「カメラ素子で捉えた景色を、反対側にあるディスプレイ素子で表示するの。そうすると周りからは透明に見えるのよ」
「アンビジブル・モードだと、他の車がぶつかってきちゃうから、もとに戻すね」
車はまた緑と白のツートンに戻った。
「最近は監視カメラで、どこに誰の車がいるか、すぐにわかっちゃうからね。ふふ」
と、ビューティは楽しげに話す。ロボットのくせに実に感情表現が豊かだ。
「もう少し話しておきましょうか・・」
「ヒロ、ユニバース・センスとは宇宙全体を直接感じる能力のことよ」
「人の意思を感じることができるの」
「ヒロが、今朝感じたのは、惑星グリーゼの消滅よ。惑星自体が粉々になってしまったの」
「そこで住んでいた人間の、ほぼ全員が宇宙の塵になって死んでしまったわ」
「その人たちの意識が、宇宙空間を駆け巡り、一気にヒロの意識の中に流れ込んだの・・」
「グリーゼを消し去ったのは、間違いなくサー・アトロスよ」
「アトロスも強いユニバース・センスを持つ能力者」
「彼はその力を使って全宇宙を支配しているわ」
確かに今朝、ヒロはたくさんの人の意識を夢の中で感じた。
ある人は助けを求め、またある人は自分の子供の心配をしていた。
死んでいった人たちが、最後の時に伝えたかったことが、ヒロの頭の中で次々に蘇った。
「彼らの思いが理解できたようね。ヒロ」
「彼らは、あなたに思いを託したの」
「ユニバース・センスは、思いを成し遂げられる人に集中する」
「そう、あなたは選ばれた人間なのよ」
「同時に、サー・アトロスも、この意識の流れを感じる事ができる」
「彼も強力なユニバース・センスの持ち主だから」
「あなたを発見するために、意図的に惑星グリーゼを消滅させた可能性もあるわ」
「選ばれし者を見つけ出し、抹殺するためにね」
ビューティは真剣な眼差しでヒロを見つめた。
僕を見つけるために、惑星一つを消滅させた?
ヒロは驚くというより、放心した状態になった。一体、僕に何の価値があると言うのか。
「さあ、着いた」
ここまで話をしたところでスペース・ポートが見えてきた。
二人の乗ったエアカーは、空港で停泊している一台のスペースシップに向かう。
「これがあなたの船よ」
そのスペースシップは、銀色で魚のエイのような形をしていた。
「スペースシップ・スティングレイ」
「これもプロフェッサー・Jの作品よ」
ヒロ達のエアカーがスティングレイに近づくと、後部ハッチが自動的に開いた。
エアカーは船の格納庫に入っていった。
エアカーが格納庫のリフトに固定され、二人はドアを開けて降り立った。
スティングレイの後部ハッチが自動で閉まる。
一体どういう仕組みで閉まっているのだろうか? ヒロは不思議に思った。
「ヒロ、こっちよ」
車を降りたヒロは、先を行くビューティに付いていった。
「ねぇ、ビューティ」
「さっきからエアカーや船のハッチを操作せずに動かしているように見えるんだけど」
「パネルに触れるでもなく、声で指示するでもなく」
ヒロが不思議そうな表情で、ビューティに問いかける。
「あぁ、それはね、USデバイスが内蔵されているの」
「ユニバース・センスの送受信装置よ。私やエアカー、それにこの船にもね」
「それで、指示したいことをデバイスに送ると、操作ができるってわけ」
「私が発信できるのは、あくまでもデジタル化された疑似的な信号で、そんなに強い信号は送れないけどね」
「今朝、黒塗りの車に襲われたときに、ヒロの脳神経に危険を知らせたのもこの方法よ」
「ヒロの場合は、疑似信号ではなく本物の生命信号を扱う事ができるわ」
「え、ら、ば、れ、し、も、の、だから」
ビューティは、え、ら、ば、れ、し、も、の、などとふざけて言う。ヒロはイラッとした。
「訓練次第で、ヒロもあのエアカーやスティングレイを操作したり、いろいろな事ができるようになるわよ」
「ちょっとやってみる?」
「え?」
ヒロは口を開け、間抜け面をしている。
「いい? まず操作する物体を思い浮かべるの。ハッキリ、クッキリよ」
「あのエアカーで試してみて」
ビューティは、先ほど格納庫のリフトに固定したエアカーを指差して言った。
「シグナル受信準備ができたらOKの信号が返ってくるわ。これでリンク完了」
「あとは、思いっきり、してほしい事を念じればいいのよ」
「例えば、ドアを開けろ! とかね」
「え? OKの信号って・・」
ヒロはうろたえた。目を大きく開きビューティを凝視している。
「じゃ、と・り・あ・え・ず、エアカーを思い浮かべてよ」
「いい? ハッキリ、クッキリよ」
ビューティは、とりあえず、という言葉を強調した。
ヒロはまたイラッとしたが、と・り・あ・え・ず、エアカーを思い浮かべた。
確か緑と白のツートンカラーで・・。
オープンカーになる屋根が付いていて今は閉まっている。ウイングが大きくて・・。
「ダメ、ダメ、ウイングのディテールが違うわ」
まるで、ヒロの思い浮かべた映像が見えているかのように、ビューティが言う。
「ヒロがリンクするには、ちょっと距離が遠いかな。」
そういうとヒロの手を引き、ビューティはエアカーに近づく。
「よし、ここからもう一度やってみて」
ヒロはエアカーを思い浮かべた。
実際のエアカーを見ながらなので、今度はハッキリ、クッキリ思い描けた。
とその時、「ピン」と何かを弾くような感覚を感じた。
「そう! それよ。その状態がリンク完了なの」
「あとは指示するだけ。強く念じるのよ。強くね」
ビューティは、にこやかにうなづきながらヒロに言った。
「強く・・・」
「ドアよ開け、ドアよ開け・・・。ド・ア・ひらけぇー!」
ヒロが強く念じたとたん、「ガタン」とエアカーのドアがもげてしまった。
「あん、ヒロ・・。強すぎ・・・」
「まあ、そんな感じね」
「さすがナチュラルな能力者。微妙な操作の訓練が必要だわ・・」
ヒロは目を丸くして、壊れたドアを見つめた。
今も自分がしたことが信じられないようだ。
「あんた達、直しといて。これから仕事増えるわよ」
壁に切れ目が入り、そこから二台の小型のロボットが、変形しながらせり出してきた。
二台はエアカーの壊れたドアのところに行き修理を始めた。
「ヒロ、ブリッジにゆきましょう。出発するわ」
ビューティはそう言うと、ヒロを連れてブリッジに上がった。
「さ、座って」
ビューティはブリッジ正面のシートに座った。
その途端、シートから金属のリングが出てきて、ビューティの腰と頭を固定した。
神経針が、ビューティの延髄に差し込まれる。
「私、船と直結なのよね」
「細かい操作をするときはこの方が都合がいいの」
「ステータスは全部正常ね・・」
「よし! 出発進行! FEのマチュアンカまで」
スティングレイと呼ばれた機体は、その体を宙に浮かせた。
そして音もなく空へ加速する。
銀色の機体が青い夏の空に映える。磨き込まれた機体には積乱雲が映り込んでいた。
「MDF航行に入るね。ちょっと揺れるよ」
MDF航行? ヒロの知らない言葉だ。
スティングレイは更に加速。光の矢となって宇宙空間に飛び出した。
そして一瞬煌めいたかと思ったら、そのまま消えた。
一方、室内のヒロはなにか悪い夢を見ているような感覚だった。
目の前の映像がグルグル廻る。目を閉じても、光の残像がやはりグルグル廻る。
酔っぱらった神様がフラクタクル・アートを描いているような感じだった。
「ああ、MDF航行って、次元を飛び越えて宇宙空間を移動するっていう、多次元飛行のことか」
とヒロは思い出した。
「そういや前にFEへ旅行したときもこんなだったな」
「今の方が、もっと気持ち悪い気がするけど」
とヒロが考えていると、突然ビューティの声が響いた。
「そりゃ、そうよ」
「だってこの船、普通の旅行で乗る船の、3倍の速度でMDF航行してるのよ」
「この速度で、安全に飛べる機体は少ないわ」
「さ・ん・ば・い。銀の彗星ね」
ヒロは、できれば直接脳神経に話しかけるのは止めてほしいと思っていた。
自分の考えが読まれていると思えば思う程、よこしまな考えが頭に浮かんだ。
消しても消しても、フルカラーのもやもやが脳裏に浮かぶ。
しかし、ビューティの反応は特にない。
「ほら、もう着いた。多次元空間から出るわよ」
目の前に見える視界が、フラクタクル状態から一気に開けた。
と同時に目の前に、巨大な戦闘母艦が現れた。
「あららぁ、アトロス軍のバトル・ベッセルがいるわね」
「私たちが、FEに来る事を予想してたんだわ」
あららぁ、などとビューティは軽く言うが、戦艦は全長2キロもある巨大なものだった。
目で確認できるだけでも、三隻のバトル・ベッセルがいた。
レーダーによれば少し離れて、更に二隻のバトル・ベッセルがいるようだ。
その数、大型バトル・ベッセル五隻。
戦艦は砲門を一斉に開き、ヒロ達のスティングレイを狙い始めた。
「くるわよ、ヒロ」
口元がゆるみ、にやりとした表情を表示している。ビューティは楽しいのだろうか。
一方、ヒロは額に汗をかき極度に緊張していた。
だが、なぜこの船をいきなり狙ってくるのだろうか?
ヒロは合点がいかなかった。
ビューティは、スティングレイを難探知モードにし、シールド全開にして砲撃に備えた。
バトル・ベッセルの、激しい砲撃が始まった。
数えられない程の戦闘機が格納庫から飛び立ち、スティングレイを追い始めた。
戦闘機が照準を定め、ヒロ達に向かってレーザーを打ち込む。
ビューティは、スティングレイを巧みに操作し、相手のレーザーをかわした。
船体が激しく揺れる。
「ヒロ! 後方のレーザーを使って!」
ビューティが叫んだ。
ヒロの席の立体スクリーンが後方の敵を映し出し、股下からレバーがせり上がってきた。
敵は激しく砲撃してくる。
何発かのレーザーがスティングレーのシールドに当り、船体が揺れる。
前方の敵は、ビューティが何機か撃墜していたが、次から次に戦闘機が現れ一向に減らない。
「ヒロ、急いで! シールドが保たない!」
ヒロは無我夢中でレバーをつかんだ。
スクリーンに映る敵に照準を合わせて、必死にトリガーを引いた。
しかしレーザーは全く当たらない。
その間にも敵のレーザーが当り、スティングレイは揺れ続けた。
その時だった・・・。
「お前が、新たなるセンスの持ち主か?」
いきなりヒロの頭に声が響く。若い男の声だ。
「え、ジェネラル?」
ビューティが驚きの声を上げる。
ジェネラル? 誰だ? ヒロがそう考えたとき再び言葉が響いた。
「そう、私はジェネラル・マーティ。お前がヒロだな」
「残念だが、死んでもらう」
遥か後ろのバトル・ベッセルから、白く輝く機体が飛び出す。
その機体はみるみるスティングレイに近づいてきた。
ヒロは必死に後部レーザーを敵に向けて放つが、かすりもしない。
軌道が読まれすべてのレーザーをかわしてくる。
動きがとにかく早い。
「ヒロ! まずいわ!」
ヒロのディスプレイに、激しくロックオンの警告が鳴る。
「うわぁー!」
ヒロは目を閉じ必死になって祈った。よけろ! よけるんだ!
レーザービームがスティングレイにあたる瞬間、スティングレイの機体が、シュッ、と消えた。そして少し離れたところに、シュッ、と現れた。
「なに! オボロゲ?!」
ジェネラルが 驚きの声をあげた。
敵は、執拗にスティングレイを追いレーザーを放つ。
しかし、ヒロ達の機体は、またもやレーザーが当たる瞬間に消え、別のところに現れた。
「ヒ、ヒロ!? 能力を使っているの?」
ヒロはこの不思議な事態が把握できていなかった。
ただひたすらよけろ! と祈っている。
実はヒロ自身も気付いていなかったが、ヒロの超感覚は正確に周囲の空間を把握していた。
どのような敵がどこにいて、どこにレーザーを撃ってきているのか。
そして「よけろ!」と念じることで、ヒロの強力なユニバース・センスが発動、スティングレイの大きな機体を瞬間移動させていた。
ヒロは、何度か移動を繰り返すうちに、徐々に遠くに移動できるようになっていた。
そして、ジェネラルが追尾できない位置に移動したとき、ビューティが言った。
「よし、ヒロ! 大気圏に突入するわよ」
スティングレイの機体は一気に降下し、FEの大気圏に突入した。
機体底部に冷却シールドを展開したあと、船は大気との摩擦熱で真っ赤に燃えあがる。
ヒロはシートに座り、目をつぶってぐったりしていた。
慣れない状況でユニバース・センスを消費したために激しい頭痛を感じていた。
ビューティは、念のため機体の感覚保護膜 を最大レベルで展開した。
「これでジェネラルでも、追跡はできないと思うけど・・・」
ビューティはレーダーを気にしつつつぶやいた。
ジェネラル・マーティは、完全にヒロ達をロストしていた。
「忍法、朧げだと?」
「あの巨大なスペースシップを、まるごと移動させたというのか?」
「・・急がねば」
ジェネラルは、ヒロが飛び去った方向をじっと見つめた。
そして付けていた白いマスクを外し、ふ、と息を吐き目頭を揉んだ。
ジェネラルもユニバース・センスの消費によって強い倦怠感を感じていた。
ヒロ達の乗るスティングレイの前に、父なる星、FEの地表が迫っていた。
MEとは異なる大陸だが、青い海があり白い雲に包まれたこの星は、確かにMEの双子惑星だと思わせる。
ヒロはふと空腹を感じ、今朝マムが作ってくれたお弁当を取り出して無心に食べはじめた。