ブラッディ・マリー
ここは砂漠の惑星サンダリ。
太陽系から50光年の距離にある地球型居住可能惑星だ。
砂埃がまう街で、古ぼけたコンクリートの建物の扉が乱暴に開かれた。
「金だ、金をだせ!!」
一目で悪人と分かる男どもが大声で怒鳴る。手には旧式のレーザー銃を持っている。
「おい、バーテンさんよぉ。早く金を出せ!」
悪漢どもがバーの主人らしき人物に銃を突きつける。
「か、金ならここに・・・」
青ざめたバーの主人が金庫から袋を取り出した。禿げ上がった頭から脂汗が滴り落ちる。
悪漢は5人。手下と思われる男どもが、奥の部屋や二階を物色する。
「親分、女だ! 女がいますぜ!」
二階に上がっていたひげ面の男が大声をあげ、女の手をつかみ部屋から出てきた。
「や、やめてくれ! それはわしの娘だ」
「ニーナ、逃げろ! 逃げるんだ!」
「いやー!」
その時、一階のバーの片隅で食事をとっていたマントの男が立ち上がった。
「その子の手を離せ」
男は低い声で言う。
顔まですっぽりマントをかぶっているため表情はわからなかった。
手には剣を持っている。
「お前、この銃が目に入らないのか?」
ひげ面がレーザー銃を構え、いきなりマントの男めがけて引き金を引いた。
「ビュン!」「チンッ!」
ひげ面の放った閃光はマントの男を貫いた・・かに見えた。
しかしビームはマントの男から跳ね返り、ひげ面に当たっていた。
男はレーザーで心臓を打ち抜かれ、その場に倒れた。
「野郎!」
細身の男が銃を抜き、マントの男めがけて引き金を引いた。
閃光がマントを貫く!
ように見えたが、男は鞘からずらした刀身でレーザーを跳ね返していた。
一瞬の出来事だった。ヤセの男はひげ面同様、跳ね返った閃光で心臓を打ち抜かれていた。
「ほう。剣でビームを反射させ打ち抜くとは・・」
親分格の男が、マントの男をにらみつける。
「去れ。さもなくば死あるのみ・・・」
マントの男は、うつむきながら静かに言う。
「ははは!俺を殺すだと? このサルケ様を?」
「・・サルケ」
「賞金10、000ロマン。小物だな」
マントの男がぽつりと言った。
「な、なんだと!」
サルケは怒りに震えた。目が血走り、こめかみに太い血管が何本も浮き上がっていた。
「死ねぇ!」
サルケが大刀を持ち、マントの男に向かって構えた。
マントの男もすっと剣を抜く。
それはみごとな日本刀だった。青白く光り刃文が妖艶に波打っている。
「そんな細い刀で、この俺が切れるかぁ!」
サルケは大刀を振り上げ、斬り掛かった。
マントの男は、静かに受け流す。
風のようにサルケの大刀をかわすマントの男。それと同時に日本刀を横にひとふり。
そのときマントの男の頭を覆っていた布がはらりと落ちた。
驚いたことに、それは幼さを残す少女の顔だった。
肌は白く、頬はうっすらとピンクがかっている。
目は切れ長でまつ毛が立っていて凛々しい。
マントの端から、すらりと伸びた足には膝上までの金属靴下を履いていた。
髪の色は薄く無造作に束ねられ、長い髪が数本、扉から吹き込む風にたなびく。
少女は上目遣いに刺すような視線でサルケを見ていた。
「お、おんあぁぁ?、ゲボッ!」
サルケの首が、胴体から離れ落ちた。
体の方は、立ったまま痙攣し、尿を漏らしている。
思い出したように、首の切り口から血が吹き上がった。
「遅い・・」
少女はつぶやいた。水平に伸びる日本刀がにぶく光る。
それを見た残りの二人は、一目散にバーから逃げていった。
客が歓声を上げる。
バーの主人がゆっくり少女に近づいた。
少女は刀を鞘に納め、マントを目深にかぶり直した。
「あ、ありがとうございます。娘を助けていただいて・・・。なんとお礼をしてよいやら」
「すまぬ。店を汚した」
テーブルに食事代と多めのチップを置き、少女は店を出て行った。
バーの客が口々に言う。
「見たか? あの刀。日本刀だ」
「日本刀?」
「そういや、女で日本刀を使う賞金稼ぎのうわさを聞いた事がある」
「ああ、俺も聞いた」
「確かマリーとかいう名前だった。そうブラッディ・マリー」
「彼女の戦いは血の海になることからこの名前がついたようだ。ニンジャの子孫らしい」
「剣術、忍術に長け、賞金首を見つけては地獄に送っているときく」
「ニンジャ、ブラッディー・マリー・・」
客の中にいた貧相な顔の男がつぶやいた。
男はポケットから携帯電話を取り出し、どこかにかけた。
そして小声で、
「ボス、サルケがやられました。相手はブラッディー・マリーのようです」
と言った。
そう、少女は確かにマリーだった。
マリー・サルトビ・ゼータリオン。
訳あって1年前からWANTEDハンターをしながら銀河を渡り歩いていた。
バーをでたマリーはエア・バイクにまたがり一路スペースポートに向かっていた。
バーの騒ぎがあったため、この惑星サンダリを離れようと決めたのだ。
途中スタンドでエネルギーを補給し、しばらくしてスペース・ポートのパーキングに着いた。
パーキングは閑散としていて、壁掛けテレビが何かのスポーツを中継していた。
「まて!」
パーキングを抜けようとしたとき、横から人間がでてきて、マリーの前に立ちはだかった。
その数二十人余り。マリーはまた悪党どもに囲まれた。
今度は武装重機が2台混じっている。
1台は黒で大柄の男が、もう1台は赤で女が運転しているのがガラス越しに見えた。
二台のアームド・スーツは、両方とも塗装が剥げ古めかしい。
さっきバーから逃げた二人が、マリーを指差して黒のアームド・スーツの男に話している。
あいつにサルケがやられました、とでも言っているのだろう。
「やれやれ」
マリーはため息をつき、ゆっくりとエア・バイクを降りた。
敵は武器を構えマリーを遠巻きに取り囲む。
マリーはマントを脱ぎ捨て、背中の日本刀を抜いて構えた。
ゆっくりと呼吸しユニバース・センスを集中する。このマリーも感覚保持者だ。
周りの空気が徐々に震えだし、その振動が大きくなった。
そして構えた日本刀が青白く光りだした。
マリーの目が輝き、体にまとったユニバース・センスが揺らぎ上がる。
黒のアームド・スーツの男の額から汗が流れ落ちた。
「お、お前は、ブラッディー・マリーなのか?」
男は恐る々尋ねた。しかしマリーは何も答えない。
「そ、それが曼珠沙華正宗か?」
男は、ゆらゆらと青白く輝く日本刀を見て、生唾を呑み込みながらつぶやく。
尋常ならざる切れ味の忍者刀。うわさが本当なら分厚い鋼鉄をもまっ二つに切る名刀だ。
「野郎ども、行け!」
アームド・スーツの男が叫んだ。
「うおぉー」
悪漢どもは奇声を上げマリーに飛びかかった。
一斉に斬り掛かる敵を、マリーが次々に薙ぐ。
その立ち回りはまるで風にそよぐ竹のようだ。しなやかでかつ力強い。
アマリリス正宗と呼ばれたその刀は更に輝きを増した。
刀の軌跡が青白い残像を描く。
マリーに斬り掛かったものどもは、一瞬のうちに命を絶たれた。
その内の何人かは、マリーの演舞のような美しい太刀捌きに見とれながら死んでいった。
正宗は依然、強い光を放っている。人を斬ったはずの刀に血跡はない。
「ハンス! 私がやるわ!」
赤のアームド・スーツの女が叫ぶ。仲間が次々に殺され、女の目は血走っている。
ハンスと呼ばれた黒のアームド・スーツの男は黙ってうなずいた。
「くらえ!」
アームド・スーツの腕の部分に装備されていた連続装填レーザー銃が発射された。
高エネルギーレーザー弾が次々とマリーを襲う。
マリーは正宗を水平に構え手で支える型をとった。
精神を研ぎすましセンスを集中する。
「ビュン、ビュン、ビュン!」
シーケンシャル・レーザー弾は、正宗に反射しマリーを取り囲んでいた悪漢どもの心臓を正確に打ち抜いた。
全ては一瞬だった。
悪漢どもは目を剥き断末魔とともに崩れ落ちる。
立っているのは黒と赤の薄汚れたアームド・スーツのみになった。
「忍法、反雷の術・・・」
マリーが小さな声でいう。
今度は正宗を正眼に構え直した。マリーの両目が光り輝く。
マリーがまとうセンスはますます強くなり大地が震えている。マリーは静かに唱えた。
「斬鋼・曼珠沙華・・・」
正宗は燃え上がるような深紅の光を放った。
次の瞬間、マリーは疾風のように赤のアームド・スーツに斬りかかった。
横一文字に一振り、更に下からななめに斬り上げる。
深紅の光がアームド・スーツをとらえる。
更に、体を回転させ横に並んでいた黒のアームド・スーツに対し袈裟懸けに切り下げ、つづいて股下からまっすぐに切り上げた。
マリーは空中に跳躍、そして後方回転しながらしなやかに地面に着地した。
わずかに砂埃が舞う。この間、マリーの呼吸は全く乱れない。
血糊を飛ばすかのような仕草で刀を一振り。
マリーの剣は輝きを失い、もとの青磁色の刀に戻った。
マリーは正宗を背中の鞘に納めた。
赤と黒のアームド・スーツは、しばらく斬られたのを忘れたかのように立ち尽くしていた。
しかしマリーが刀を納めた瞬間、「キン!」という音を立てて、その姿をくず鉄に変えた。
静まり返ったパーキングでは、備え付けのテレビがニュースを伝えていた。
どこかの惑星が消滅し、膨大な数の犠牲者が出たという。
マリーはちらりとテレビを見て、そして自分のエア・バイクにまたがった。
「また、多くの人間が死んだ・・」
美しくも冷めた表情で、マリーはぽつりと言った。
自分が殺した人間を言ったのか、惑星の消滅での犠牲者のことを言ったのかはわからない。