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千里眼の男


 惑星タウ連合軍から、アトロス軍が軍事行動を開始したという報告を受けたUCPOは、すぐに機動部隊を編成した。ただタスクフォースとはいっても、あくまで地域紛争の調査と調停を目的に編成されたいわば、平和維持のための軍事交渉を行う部隊だ。


 このチームの代表は、UCPO警察総局付け対アトロス軍本部のテクト警部だった。

 テクト・オリバーゲン。彼は惑星シェセプ出身だ。

 惑星シェセプはM42、通称オリオン大星雲にある地球型惑星のひとつだ。 

 確認されている宇宙文明の中で、最古の文明をもつ惑星とされている。

 宇宙空間の航行術に長けていて、各方面の惑星に存在する知的生命体に接触し、はるか昔に自らの文明を伝えたという。

 この惑星シェセプに住んでいるのは、シェセプ系星人と呼ばれている。

 この種族の特徴は顔で、MEでいうところの犬とか猫、ライオンなど獣類の表情をもつ人が多い。

 テクトも豹を思わせる美しく猛々しい顔を持っていた。細身ではあるが筋骨隆々で背が高い。

 テクトは、UCPOに入る前は惑星シェセプの刑事だった。

 しかし、十数年前にシェセプはアトロス軍との紛争に巻き込まれる。俗にいう南オリオン星団紛争だ。

 このときの敗戦を機に惑星シェセプはアトロス軍の支配下に置かれ、政府は軍の強い影響を受けるようになった。

 政治の腐敗に絶望し、テクトは惑星シェセプを離れ、UCPOに入局することになる。

 ちなみにテクトの父母は南オリオン星団紛争の時に死亡している。

 UCPO入局後、テクトは対アトロス軍付けの任務を希望し現部署に配属される。

 そしてテクトは目覚ましい功績をあげる。

 テクトには特殊なユニバース・センスがあり、入局後この能力をみごとに開花させた。


 その能力とは千里眼。

 遠くの物や人が見える透視能力や、将来起こることが見える予知能力だ。

 テクトは僅かな手がかりから、この千里眼の能力を使い様々な事件を解決した。

 直接、犯人を見つけ出すこともあれば、重要な証拠の場所を特定したりできた。

 未来を予知し、その映像から事件を解決したことは一度や二度ではない。


 テクトが指揮するUCPOのタスクフォースは急遽、紛争地域である惑星タウに向かった。

 彼らが惑星タウに到着したのはタウの連合軍から連絡が入って3時間後だった。

 彼らが到着した時、惑星タウの衛星軌道上にはアトロス軍艦がひしめき合っていた。

 早速、テクトはアトロス軍の司令官にコンタクトを取った。


「こちらは、UCPO所属のテクト警部だ」

「現在、惑星タウ、オンミツ地区に向けて行われている軍事行動について話を聞きたい。至急、艦隊司令官への面会を求む」


 テクトはタウの衛星軌道にいた軍艦のひとつに乗艦を許可された。

 テクト達の業務はいつも命懸けだ。このような状況で攻撃を受ければひとたまりもない。

 テクトの乗るスペースシップは、乗艦許可の下りた船のカタパルトデッキに着艦した。

 スペースシップに乗船していたテクトと数名が、デッキに降り立った。デッキは重力制御されていたが無酸素状態のため彼らはスペーススーツを着ている。

 デッキでは武装ロボットが銃をかまえテクト達を取り囲んだ。

 上官と思しき兵士が話しかけてくる。


「これは、これは。私はアトロス軍のストーン大佐です。UCPOの警部がこんなところに、一体何の用でしょうか」

「アトロス軍の軍事行動により、惑星タウの一般市民に被害がでているとの報告がある」

「至急、軍事行動を中止し和平に向けた話し合いを行うことを要請する」


「いや、こちらも話し合いをしたいのですが、相手が聞き入れようとしないのですよ」

 ストーン大佐はあくまでもとぼけている。

「では、UCPOとしても制裁措置を検討することになる」

「一般市民が犠牲になっている以上、強行な手段に訴えざるをえない」

 こんな言葉でアトロス軍が引き下がるとは思っていなかったが、とにかく食い下がる。


 テクトの同僚はすでにオンミツ地区に降りていて、現地の状況をテクトに報告していた。

 タウ連合軍とアトロス軍の戦いは激烈を極め、市民にも大きな被害がでている。




 その頃、コマンダー・ヨシモトら軍司令官達はアトロス軍の母艦で戦況を分析していた。

 司令官達はオンミツ地区がイガ・コミッティの拠点であると目星をつけていた。

 なぜならオンミツ地区に隠されていた軍備は、辺境の一地域に存在する規模ではない。

 また、ヒロ・オライオンがオンミツ地区ににいた事自体がその証拠だった。


 しかし依然として一番の目的である、ヒロとジェネラル・マーティの消息がつかめない。

 コマンダー・ヨシモトは進まぬ進捗に苦々しい表情をした。

 そのときだ。再びサー・アトロスの声がヨシモトの脳に響き渡った。


「ヨシモト。状況はどうなっている」

 アトロスは低く横柄な声でヨシモトに尋ねた。ヨシモトは額に汗をかいてそれに答える。


「サー、惑星タウでのヒロとジェネラルの捜索ですが、オンミツ地区にはその姿が無く、依然行方不明です」

「また捜索を行っているこの地区ですが、多数の戦闘、輸送用スペースシップを保持していることを確認しました。陸戦兵器も持っており、どうも単なる民間人の集団には思えません」

「あと面倒なことに紛争を嗅ぎ付けたUCPOも、我らの艦に接触してきています」


 コマンダー・ヨシモトの声は震えていた。ヒロとマーティの捜索は一向に進まず戦力の消耗も激しいため、懲罰が下る事を恐れていた。

 しかし、アトロスの次の命令は意外なものだった。


「ヨシモト。オンミツ地区は、秘密忍者結社イガ・コミッティの本部だ」

「感じるのだ。あのハンズオーの息づかいまでも」

「ヒロはすでにあの地にはおらん。マーティもだ」

「やつらは忍術を極めた精鋭集団だ。しかも近代の武器にも精通している」

「我々アトロス軍を持ってしても、多大な消耗を余儀なくされるだろう・・」

 サー・アトロスは少し間をおいた。そしてヨシモトに言った。


「全軍撤退せよ。地上にいる友軍には惑星タウを離れるように伝えるのだ」


「超陽電子波を使う」





 テクト警部の対応にあたっていたストーン大佐に.、兵士が耳打ちをした。

「そうか。わかった」


「テクト警部。作戦司令部から撤退命令がでました」

「UCPOのお望み通り、戦闘は終わりますよ」

 ストーン大佐は口元をいやらしく緩ませテクトに言った。

 撤退命令? どういうことだ?

 テクトは考えをめぐらせた。アトロス軍が目的を達成せずに撤退するなど考えにくい。

 タウ連合軍と、その後に連絡をとったオンミツ地区の代表によれば、今回のアトロス軍の目的は人物の捜索だと聞いている。


「目的の人物が見つかったということか?」

 テクトとその一行は、どこまでも横柄に対応するストーン大佐を尻目にドックにある自分達のスペースシップに乗り込んだ。

 UCPO司令部にアトロス軍が撤退する意思がある事を伝えたあと、惑星タウにきている自分のチームにも同じ情報を伝えた。

 そしてテクトの乗るスペースシップは惑星タウの大気圏に突入していった。


「気になる事がある。オンミツ地区の代表に会ってみたい」

 テクトは同乗するメンバーに伝えた。テクトはまだこの戦闘の本質をつかんでいない。

 ストーン大佐の話では、捕虜となっている軍の高官を奪取するための作戦と聞いた。


「なにか、良からぬことが起こる」

 テクトは千里眼の力によってその胎動を感じ取っていた。


 テクトがオンミツ地区に近づいた頃、アトロス軍の地上軍、空軍は撤退行動に入っていた。

 ただ未だ戦闘状態であるため、テクトは細心の注意を払い飛行を続けた。

 テクト達の乗る機体には大きなUCPOのロゴが入っていて、識別信号も特別なものだが、このような戦時下では何があってもおかしくはない。


 UCPOのスペースシップはオンミツ体育大学の運動場に着陸した。

 これまでの戦闘により、街では黒い煙が立ち昇り至る所で火がでている。

 途中で見た病院では、多くの怪我人が運び込まれてゆくのが上空からでもわかった。


「ひどいものだ」

 テクトは表情を曇らせ思った。

 スペースシップからテクトが下りた時、一人の老人がテクトを迎えた。

 テクトはスペーススーツのヘルメットを開いた。

 シェセープン特有の凛々しい豹の顔が、ヘルメットの中から覗いた。


「ようこそオンミツ体育大学へ」

「ワシはハットリ。この地区の代表をしておる。他にも学長とか評議員とかいろいろな。」「ま、言わば雑用係じゃ」


 老人はにんまりしながら言った。

 この戦闘の最中、微笑む事ができるとは・・。

 テクトは眼光の鋭い老人を訝しく思いながらも、一礼をして名を名乗った。

「私はUCPOから派遣された、警察総局付け対アトロス軍本部のテクト警部です」

「この地区でアトロス軍との紛争が起こっているとの情報を受け急行しました」


 ハットリ老は、じっとテクトを眺めた。

「おぬしがテクトか」

「テクト・オリバーゲン。うわさでは特別な能力があるらしいの」

 ハットリ老はテクト警部を知っていた。UCPOの対アトロス軍本部の活動についても常に意識しているのだろう。


「神の眼をもつ男・・。おぬしなら話しても良いじゃろう・・」


「この地区の人々とサー・アトロスじゃがの。ただならぬ因縁があるんじゃ」

「おぬし、イガ・コミッティと言う組織を知っているか?」

 テクトはこくりと頷いた。

「MEを発祥とする秘密結社ですね」

「その実態はいくら調べても曖昧模糊としていますが、過去のいくつかの事件でその名前を見たことがあります。なんでも忍法という特殊な能力をもつ忍者集団だとか」

 UCPOのデータベースは全宇宙を網羅する。アトロス軍の事件を担当するテクトは、情報への高いアクセス権限を持っていた。


「実はの、このオンミツ地区はイガ・コミッティの隠れ里なのじゃよ」

「しかし、ここもアトロス軍に場所が知れてしまった」

 ハットリ老は少し寂しそうな目をしてテクトに言った。


「アトロスは、その昔、イガ・コミッティの一員での」

「この老いぼれと一緒に、MEで修行しておったのじゃ。ワシと奴とは親友じゃった」

「じゃが、ある日アトロスは抜忍となり里を離れた」

 ハットリ老は静かに目を閉じ、懐から伊達パイプを取り出して深く吸いこんだ。

 テクトはハットリ老をじっと見つめていた。ハットリ老はまたとつとつと話し始めた。


「奴のユニバース・センスは強大じゃった」

「アトロスは、その力で瞬く間に組織を作り、アトロス軍と名乗った」

「急速に軍を拡大し、圧倒的な軍事力で多くの星の政治や経済を支配したのじゃ」


「テクトよ・・」

「13年前、MEのジャパン市で大規模なアトロス軍との戦いがあった」

 テクトはうなずいた。テクトはこの事件も過去に調査していた。これまでアトロス軍が関与したと思われる事件については全て頭の中に刻まれている。

 この事件ではジャパン市のある街がアトロス軍により壊滅的な被害を受けたということで、当時、テクトの住んでいた星でも大きく取り上げられていた。

 しかし、そこではイガ・コミッティという名前は出ていなかったはずだ。

 アトロス軍と抵抗組織による争いで、民間人にも多くの死傷者が出たと聞いている。


「まさに、今日のオンミツ地区と同じじゃった」

「街は火の海になり、組織の多くのメンバーが死んだ。アトロスめは自分の故郷を破壊し、家族や親類、友人を虐殺したのじゃ」

「わしら生き残りは這々の体でMEの里から逃げ出した」

「それから13年。ワシ等はここ惑星タウに新たな本部をつくり、組織の基盤としてきた」

「軍備を蓄えながら、アトロス軍との戦いに備えたのじゃ」

「じゃが、ここも諦めなければならない。多くの者はすでに次の土地に旅立った」

 ハットリ老はここまで話すと、またパイプを取った。


「しかしじゃ!」

 ひと際大きな声でハットリ老は言った。

「ワシらには希望がある。このユニバースでアトロスに唯一対抗できる者が現れた」

「それがヒロじゃ。ヒロ・オライオン」


「ヒロのユニバース・センスは桁外れじゃ。アトロスのそれと同等の力を持っておる」

「しかし、その力が強大であるが故、ジェネラル・マーティにヒロの存在を検知されてしまったのじゃ。それでオンミツ地区がアトロス軍に発見されてしまった」

「おぬしなら、無論、ジェネラル・マーティを知っておろうて」

「はい」

 テクトは過去マーティと接触したこともある。アトロスの側近で強力な能力者だった。


 その時だった。テクトの脳裏にビジョンが浮かんできた。

 千里眼の能力が発動したのだ。

 テクトはハットリ老に、ちょっと待ってほしいというジェスチャーをした。

 空を見上げ目を閉じるテクト。眉間のあたりに光が集まり輝きだす。そして鮮明なビジョンが次々に見え始めた。

 最初に映ったのは若い少年だった。手に輝く剣を持っている。

 テクトは初めて見る顔だったがこの少年がヒロだとわかった。ハットリ老のいうサー・アトロスに唯一対抗できる人物だ。


 次に見えてきたのは衝撃的なビジョンだった。

 今、ハットリ老と話しているこの学校の建物が見える。しかし強い地震により地面が激しく揺れ建物の多くは崩壊している。今いるこの大学も校舎が崩れて瓦礫の山になる様子が映っていた。

 遠くに見える山からはマグマが溢れ出ていて白い煙を上げている。

 大気はごうごうと唸り人々は恐怖で逃げ惑っている。大地は裂け街や森が地面に呑み込まれてゆく。各地で大津波がおこり、海辺の都市が波に飲まれていた。

 まさに惑星の終焉のようなビジョンだ。


 テクトはハッと目を開き、ハットリ老に見たビジョンを事細かに説明した。

 ハットリは苦々しい表情になった。


「最初の映像はヒロじゃろう。特徴も一致しておる」


「二つ目の映像が本当だとすれば事態は深刻じゃ」

「おぬしの話だと、このオンミツ体育大学の建物が崩壊すると言ったな。あのオンミツ山が噴火しているのが見えたと」

「おぬしの見た映像は未来に起こることなんじゃな?」

「この星に近い将来、大地震や火山の噴火などの大災害が起こると・・」


「はい。私のビジョンは、必ず現実になります」

「この天変地異も必ず起こるでしょう。残念ながら」

 テクトは肩を落として、しかしはっきりとした口調でハットリ老に説明した。


「いつ起こるかは分かるのかな?」

「いえ。近い将来としか言えません。しかしこれまで千里眼で見たものは、2週間以内に実際に起こっています」


「2週間とな。うむ」

 ハットリ老の苦々しい顔が更に渋くなる。眉間にも深い皺を寄せている。


「テクトとやら。ひとつ協力してくれんかの」

「UCPOから惑星タウの主要国政府に、惑星崩壊の危機にある事を説明してくれんか?」

「ワシは、タウの連合軍とともにアトロス軍の動向を注視しておく」

「イガ・コミッティとしてはここで壊滅する訳にはいかんから、非戦闘員のメンバーは引き続き別の惑星への脱出を行うが、組織の精鋭部隊を惑星タウの軌道上にある基地に潜ませる」

「ワシもそこで指揮を取ろう。そしてこのタウが破壊されるのを食い止める」

  

「しかし、私の千里眼で見た事は必ず起こります。食い止めると言っても・・」

 テクトは、それは無理だというように、ハットリ老に言った。


「いや、おぬし天変地異の状況が見えたと申したな。地は裂け山は大噴火を起こすと。地震や津波で街は瓦礫の山となる・・」

「しかし、惑星グリーゼのように、惑星自体の消滅まで見えた訳ではなかろう?」

「ならば、我々はアトロス軍を止められるかもしれん。惑星が消滅する前にじゃ。違うか?」


「まず、我々で出来る事をしようではないか。のぉ、神眼を持つテクトとやら」

 確かにテクトは惑星タウ自体が消滅するビジョンを見た訳ではない。

 しかし、テクトに見えなかっただけで、それが起こらないとも限らないのだ。

 事実、惑星グリーゼの事件は、テクトの千里眼の能力で検知できなかった。

 ビジョンが脳裏に浮かぶための手がかりがなかったからだ。

 今回の場合はハットリ老の話が手がかりとなり能力が発動したと考えられる。


 テクトはジッとハットリ老を見つめた。そして、 

「わかりました。少しでもこの星の人たちの命を救えるようベストを尽くしましょう」

 と答えた。


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