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未来からの使者


 一回戦、第三試合は、からくもヒロの勝利で終わった。

 10分程度の休憩のあと、第四試合のジャスティン対シャドウの戦いが始まろうとしていた。

 ヒロはケイトを医務室に運び、命に別状がない事を確認した後、選手用観戦席に行った。

 ヒロの背中は思ったより軽傷で、すでにメディカルマシンにより処置が済んでいた。

 控え室から他の選手も出てきて、次の試合を見るために観戦席に座っている。

 どの選手も予選で圧倒的な強さだった、少年ジャスティンの試合が気になるようだ。


「どうも変なのよね。あのジャスティンていう子」

 ビューティがヒロに言った。

「レジストレーションでは、MEのカナダ市出身のヒューマンとなっているけど、どのソーシャル・レコードを検索しても彼の記録が存在しないのよ」

「彼程の実力なら、なんらかの記録があってもよさそうなものだけど・・」

 ビューティは訝しげに競技場のジャスティンを見ながら、ヒロにいう。

「記録がない?」

「じゃ年齢や名前をごまかして参加してるのかな?」


「かもしれないわ」

「ただ、彼の容姿、背格好、近い年齢の条件で、全銀河の記録を検索したんだけど、どんな小さな忍術試合にも、彼らしき記録がないのよ」


「どこかでひっそり修行してたのかな。でもすごい実力だ。先生は誰なんだろう?」

「うーん。これも不思議なのよね」

「予選での彼の戦闘スタイルを分析すると、どうもベースはオンミツ地区の忍術と一致するのよ」

「コウガ系や他の系統とは違う。ヒロと同じイガ系列のスタイル・・」


 ヒロとビューティはジャスティンを見つめながら話をしていた。

 そう、予選を見ていてヒロもそれを感じていた。

 ジャスティンは明らかにイガ系列の忍者だ。刀の使い方から、攻撃、防御の型、忍法の使い方までイガ系列のそれだ。

 しかし微妙に違っている。強いて言うならヒロ達の技より洗練されている・・。



 ジャスティン対シャドウ。実に楽しみな対戦カードだ。

 ジャスティンは予選で圧倒的な強さで勝ち抜いてきた。

 大会参加用レジストレーションに記載された年齢は、若干11歳。しかしその技のキレ味は群を抜いている。

 一方、シャドウはハットリ老が声をかけ、コウガ忍術大学から招聘した選手で、シード選手として決勝トーナメントに出場している屈指の実力者だ。

 両者が競技場に入り指定の位置についた。


 そして大歓声の観客達のもと、審判員の号令とともに試合が始まった。

 ジャスティンはちらりとヒロを見て、いや、少なくともヒロはそう感じたのだが、その後、目にも止まらぬ早さでシャドウに仕掛ける。

「は、早い!」

 ヒロは思わずうなった。

 ジャスティンは一瞬でシャドウの間合いに入り、背中の刀を抜いて斬りつけた。

 シャドウは真っ青になりながら、何とかこれをかわしジャンプして逃げた。

 ジャスティンは攻撃がかわされた瞬間、「朧げ」の術でシャドウの背後に瞬間移動し、横一文字に胴を斬りつけた。

 瞬時にシャドウも忍法で対抗する。


「忍法、陽炎!」

 ジャスティンの攻撃が、シャドウの胴を捕らえたかに見えたが、シャドウは残像を残して別の場所に逃げていた。

 ジャスティンはシャドウのカゲロウをまっ二つに斬っていた。

 偽物だとわかったジャスティンは、シャドウの気配から居場所を特定、刀を背中にしまい術文を唱える。


「・・忍法、破圧球」

 ジャスティンの忍法により、シャドウの目の前にゲンコツぐらいの球が発生した。その球がみるみる大きくなる。

 シャドウはバリアを展開すると同時に、少しでも球より遠ざかるためジャンプした。

 その間にも高エネルギーの球は爆発的に大きくなる。

 そして球は、大きな音と共に消滅した。競技場の床の半分が多きな球形の跡で削られている。

 シャドウは球体の中にいたが、バリアを展開していたため決定的なダメージを免れた。

 しかし、すでに体力を消耗し肩で息をしている。

 ジャスティンは攻撃の手を緩めない。懐から四本のクナイを出し空に投げた。


「・・忍法、飛光操」

 両手で印を結び精神を集中。ジャスティンの体から強力なセンスが揺らめき上がる。

 すると、空に投げたクナイとジャスティンのセンスが光りの線でつながった。そしてクナイは操られているかのように機敏に飛び回った。

 しかもエネルギーが充填されていて、ビーム兵器のようにクナイの先からシャドウ目がけてレーザーが発射される。

 これにはシャドウも驚いた。これまでに見た事のない技だ。

 クナイが自由自在に空中を飛び、その剣先から敵目がけてレーザーで攻撃する。

 ヒロもマリーも初めて見る技だった。

 シャドウは直撃したら危険だと判断し、果敢に回避している。

 ジャスティンはクナイを操りつつ、背中にあった左右のレーザー・ソードを抜いた。


「両刀!」

 ヒロは思わず叫んだ。

 二本のレーザー・ソードを大きく広げ、空飛ぶ四本クナイからレーザーを照射し、後光のように全身にセンスをまとうその姿は、神々しささえ感じる。

 まるで鬼神のようだ。

 シャドウはクナイの攻撃を懸命に避けるがそろそろ限界だ。

 そしてジャスティンが最後の攻撃に移った。

 一瞬でシャドウの背後に移動し、二本の刀をシャドウの首目がけて振り下ろした。


「ま、参った」

 ここでシャドウがギブ・アップした。刀は寸止めだ。

 結果的にはジャスティンの圧勝だった。シャドウは攻撃らしい攻撃ができず敗退した。


「強い・・」

 ヒロは思った。ジャスティンの技の切れは予選のときとは比べ物にならない。

 これが本当の実力ということか・・。

 ヒロの次の相手はこのジャスティンだった。厳しい戦いになりそうだ。


 会場からジャスティンが去る時またヒロを見た。今度ははっきりと見ている。

 次の対戦相手だから当然かもしれないが、ヒロはその視線に違和感を覚えた。

 それは敵視ではなく暖かみを感じる視線だったからだ。


 その後、次の試合の準備のため長い休憩時間がとられた。

 競技場がジャスティンの攻撃により大破してしまったからだ。

 大会運営部ではこのような事態を想定して土木班を待機させていた。

 応急の部分もあるが、瞬く間に会場は修理された。球の形で削り取られ、最もひどい壊れ方をしていたフロア部分も瞬間硬化剤を使って元通りになった。

 進行係が、次の試合に出るマリーとアンジェラに会場に行くよう声をかける。


「マリー、肩の傷は大丈夫なの?」

 アンジェラはマリーに声をかけた。

「もちろん」とマリーは頷く。

 実際は肩の傷は深刻で、縫合の痕が出血しないように、きつく包帯が巻かれている。

 マリーはほぼ右手が使えない状態だった。

 マリーとアンジェラは競技場に入り開始位置でお互いに礼をする。


「はじめ!」

 審判員の号令で準決勝、第一試合が開始された。

 マリーとアンジェラはほぼ同時に背中のレーザー・ソードを抜き、中段に構えた。

 マリーの右手は一回戦の傷のため力がはいらず、ただ刀の柄に添えているだけだった。


 この試合、マリーはどうしても剣による勝負にこだわっていた。

 怪我のこともあり、クナイや手裏剣、閃光弾などの飛び道具が有利なはずだが、アンジェラとの戦いは、剣の技だけで勝負したかったのだ。

 理由はアンジェラが幼い頃からずっとマリーの剣の師匠だったからだった。


「アンジェラ。やっと戦える」

 その昔、マリーがヒロの家の養女になったのは、彼女が4歳の頃だった。

 ヒロは一つ上の5歳。アンジェラとはその時に初めて会った。

 当時、イガ・コミッティ本部はMEのジャパン市にあった。

 アンジェラは13歳。小さい頃から修行に明け暮れ、その才能を開花しつつあった。

 特に剣術については天賦の才能に恵まれ、同年代では常にトップの成績、大人を含めた一般の大会でも、上位に食い込む成績を残していた。

 アンジェラは、幼いマリーやヒロ、他の子供達に、毎日剣の稽古をしていた。

 そして数年後、イガ・コミッティの本部がMEから惑星タウに移った後も、アンジェラの剣術指導は毎日行われた。

 アンジェラは、大学生の時、銀河忍者連盟公認のソード・マイスターの称号を受けている。

 この年齢でソード・マイスターの称号を得たのは、銀河忍者連盟の長い歴史でアンジェラが初めてだった。アンジェラはそれほどの実力者なのだ。

 マリーの現在の剣術はアンジェラの指導によって完成されたと言っても過言ではない。

 だから二人の戦いのスタイルはそっくりだった。

 今回の大会は、マリーがWANTEDハンターとして武者修行をしてきて以来、公式戦でアンジェラと戦う初めての大会だった。

 マリーは刀を合わせることで、修行の成果を見てほしかったのだ。


「マリー、いくよ」

 アンジェラは愛弟子と試合ができるのがとてもうれしいようだ。表情が緩んでいる。

「はい。先生」

 マリーも微笑みながら頷く。


 二本の刀が交錯し火花を散らす。刀と刀、体と体がお互いにダンスをするように舞う。

 可憐な容姿も手伝って、観客は二人の一糸乱れぬ踊りのような美しい戦いに見入っていた。

 力と力の戦いというよりは、二人の動きは共に「柔」。

 お互いの技を真正面から受けず、身をかわし、受け流して相手の力をうまく利用する。

 ヒロが見たところでは、ここまでの戦いは五分というところだが、マリーが時々肩の傷を庇う仕草をしていた。


「マリー、やるようになった」

 アンジェラはマリーの成長が本当にうれしそうだ。

「先生・・」

 マリーは近距離での打ち合いから、一旦後ろに下がり、少しアンジェラと距離をとった。

 そしてアンジェラを見つめて一呼吸したあと、意を決したように口を結んだ。


「先生、いきます」

 マリーは全身の気を高め、精神を集中した。

 刀から赤いセンスが揺らめき、その気がマリーの体全体を包み込む。

 髪の毛が逆立ち炎のように燃え上がった。マリーの眼光が怪しく光る。



「・・・忍法、真・曼珠沙華」

 マリーの持っているレーザー・ソードはアマリリス正宗ではない。

 しかし極限まで高められたセンスは、競技用のレーザー・ソードをも赤く染め上げる。

 アンジェラは目を見張る。これまでのマリーとは圧倒的に異なる何者かが目の前にいる。


 ついにマリーが動いた。

 その動きは俊敏で観客はマリーがどこにいるか追いきれない。赤い軌跡だけが会場を流れる。

 そしてマリーの赤く染まった刀が、アンジェラに襲いかかる。

 しかし、さすがにアンジェラもソード・マイスターの称号をもつだけはある。

 アンジェラは圧倒的な早さで攻撃してくるマリーの太刀筋を見極め刀で受けた。

 いや、受け止めたかに見えたが、実際は、マリーの刀がアンジェラの刀を粉砕していた。

 アンジェラのレーザー・ソードは刀身の部分がなくなり柄だけになった。

 マリーは更に仕掛ける。刀を粉砕してそのまま回転、アンジェラの首筋で刀を止めた。


「くっ。 まいった・・」

 首筋の刀を見つめてアンジェラがつぶやいた。

 マリーのセンスが徐々に収まり、もとの姿に戻った。


「勝負あり! アンジェラ、マリー、みごとじゃった」

 ハットリ老が両選手に声をかけた。

 礼のあと、マリーはアンジェラに駆け寄った。


「先生!」

「マリー、本当に強くなった」

 アンジェラが目頭に涙をためて言う。マリーもつられて涙がこぼれた。

 二人は強く抱きしめあい会場を後にした。

 ヒロは二人の様子を見て、うれしくてもらい泣きをしてしまった。

 ふと見ると近くで観戦していた、ジャスティンも顔をくしゃくしゃにして泣いている。

 ヒロはなぜこの子が大泣きしているんだろうと思いながらも、微笑ましく見ていた。


 

 次の準決勝、第二試合はヒロとジャスティンの試合だ。

 二人はお互いに視線を合わせ、頷いて試合場に上がった。

 審判員が防具と武器の確認を行ったあと、試合が始まった。


 ヒロもジャスティンも互いに見つめあい、軽いフットワークで間合いを計る。

 次の瞬間、双方が同時に動いた。

 二人とも武器は使わず、手技、足技での攻撃だ。

 若いジャスティンに比べ、ヒロの方が背が高く手足のリーチが長い。

 しかしハンデをものともせずジャスティンは互角に渡り合っていた。

 二人の動作は観客達が追いきれない程素早い。


 一瞬の隙をみてヒロはジャンプした。そして浮き雲の術で空中に留まった。

 ジャスティンも追いかける。ジャスティンも空中に留まり、ヒロと向かい合う。


「君も浮遊の術が使えるのか・・」

 ヒロは背中の刀を抜き、精神を集中する。

 ヒロの体がセンスをまとい始めた。前の試合でマリーが見せたセンスと同質のものだ。

 ヒロのその姿を見て、ジャスティンも刀を抜き精神を集中した。

 ジャスティンもセンスをまとい始めた。

 なんと、ヒロのまとっているセンスよりもジャスティンのセンスの方が大きい。

 ジャスティンは余裕の笑みを見せている。


「な、この少年のユニバース・センスの方が、自分より勝っている?」

 ヒロは集中力を高め一気に攻撃に移った。刀を振りかざしジャスティンに斬り掛かった。

 ジャスティンは刀で力強くヒロの攻撃を受け止めた。

 二人の力と力の鍔迫り合いが始まった。

 火花を散らす二本の刀を中心に、二人のまわりを巨大なセンスが包み込む。

 大会会場の空気がピリピリしている。


 この子からは自分に匹敵する、もしくはそれ以上のユニバース・センスを感じる・・。

 ヒロは鍔迫り合いをしながら、目の前にいるこの少年は何者なのかと考えた。 



「・・・お父さん。ヒロお父さん」


「お父さん?」

 ヒロはとても驚いた。ヒロの頭に直接、ジャスティンの声が響き渡る。

 目の前にいる対戦相手のジャスティンがヒロに直接リンクして話しかけている。

 しかもお父さんと呼びかけてきている。もちろんヒロに子供はいない。


「そうです」

「間違いない。あなたは僕のお父さんです。僕は将来生まれるあなたの息子です。」

 将来生まれる僕の息子? ヒロは更に驚いた。試合中にも関わらずヒロの表情が曇る。

 少年の目に、うっすら涙が浮かんでいる。そういえば容姿もヒロに似ていないでもない。

「お父さんが驚くのもわかります」

「ですがこれは事実です。僕はあなたの子供で、未来からやってきました」

 少年は未来からきた自分の子供とだ言う。ヒロはますます混乱した。


「僕はあなたとある人の子供です」

「あなたに、アトロスを倒す技を伝えるためここにきました」

「近い将来、あなたはアトロスと戦います」

「そして、そのときに使う技を僕が伝えることになっているのです」

「実はお父さん、その技は大人になったあなたから教わりました」


「お父さん、すみませんがこの試合、僕は棄権します」

「僕はこの時代にいられる時間が僅かしかありません」

「僕は若いお父さんと真剣に戦う事ができてうれしかった・・」


 ジャスティンはヒロにそう言うと、ふとセンスを収め空から降下していった。

 そして地面に降り立ったあと、審判員に向かって「参りました。」と言った。

 審判員はきょとんとしていたが、ジャスティンの言葉を受けヒロの勝利を示す旗を上げた。


「おお!」

 観客は状況がわからず、どよめきの声をあげた。

 ただ、マリーをはじめハットリ老、ビューティなど何人かの実力者はジャスティンがわざとヒロに負けたことが分かっていた。そしてみんななぜ? と思っていた。

 ヒロは事態がまだ呑み込めないでいたが、審判員の旗が上がるのを見て試合終了を知った。

 ゆっくりと競技場に降り立ち、燃え上がるセンスを収めた。

 そしてジャスティンを見つめた。

 ジャスティンはしっかりした足取りで開始位置まで戻り深く礼をした。

 茫然としていたヒロも、なんとか礼をして競技場を後にした。

 競技場を降りたヒロにマリーが駆け寄る。


「なに? 何が起こったの?」

「・・僕もよく分からないんだ。」

「彼、僕の子供なんだって・・。未来から来たんだって」

 ヒロは、ぼそぼそとつぶやいた。


「え!?」

 マリーは驚きの声をあげる。

 ヒロとマリーはビューティのいる観戦席に戻った。

 そこでヒロはマリーとビューティに、ジャスティンの言葉をそのまま伝えた。

 これには二人とも相当驚いたようだ。

 ビューティに至っては、未来からきた人間という自分のもつ情報を超えた、余りに衝撃的な内容に、体の表示が乱れたほどだ。

 そういう面は機械の頭脳をもつヒューマノイドの方が、生きた人間より理解が難しいのかもしれない。論理的に処理できない事は受け入れられないのだろう。


「僕は彼を信じようと思う」

 ヒロはマリーとビューティに言った。マリーとビューティは反対する理由もない。

 アトロス打倒は悲願だし、ジャスティンが何者であれ唯一の鍵はヒロだからだ。

 それにヒロの言う事は、ビューティが言っていた数々の事象と一致していた。

 つまりジャスティンのソーシャル・レコードが存在しないことや、試合の記録がない事、忍法や戦闘スタイルがイガ系列のものということに符合するのだ。

 

 観客や審判員など会場全体が騒然とする中、大会進行のアナウンスが入った。

「観客の皆様、御静粛に願います」

「だだ今の試合は、ジャスティン選手の棄権によりヒロ選手の勝利となりました」

 えー? と観客席から大きなため息が漏れる。

 見所と思われたヒロ対ジャスティン戦が、あっという間に終わってしまったからだ。


 ヒロとマリーは、ビューティと一緒に選手控え室に入っていった。

 たくさんの選手がここにいたが、今残っている選手はヒロとマリーの二人だけだった。



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