覚醒
青い海、白い雲、森に覆われた大地。美しく清浄な惑星が見える。
その姿が一転、海は煮え、雷鳴が轟き、地面は溶岩と炎で真っ赤に染まった。
大地が粉々に砕け、轟音とともにその惑星は膨張し、風船が弾けるように消滅した。
突然、たくさんの意識がヒロの中に押し寄せ、そして目覚めた。
「なんだ? 一体?」
ヒロ・ミツオカは近所の高校に通う少年だ。
背は高くなかなかハンサムで、人懐っこい笑顔がよく似合う。
ヒロはいつもと違う朝を迎えていた。
頭の奥がズキズキ痛む。
時計を見ると、もう学校に行く時間だ。ヒロは寝巻のままリビングに降りた。
母親が朝食を用意している。
「おはよう。マム」
「おはよう、ヒロ。あら、顔色が悪いわね」
「あぁ・・。今朝、変な夢をみたよ」
「たくさんの人が押し寄せてくる夢なんだ」
「小さな子供や、老人、赤ちゃんまでいた。みんな顔をゆがめて苦しそうなんだよ」
「ふーん」
心なしかマムは厳しい目をしたように見えた。しかしすぐいつものやさしい表情に戻った。
「あれ、ダドは?」
「お父さん、今朝は暗いうちから仕事にでかけたわ。5泊6日で父地球に出張よ」
「FEか・・」
FE。ザ・ファザー・アースの略で、父地球のことをいう。
父地球に対しヒロ達が住んでいるのは母地球だ。ザ・マザー・アース、通称MEと呼ばれる。
MEはその昔地球と呼ばれていた。FEが発見されたあとにMEと改名されている。
MEとFEは、太陽の周りを同じ軌道で公転している惑星だ。
それぞれの星は太陽の真逆に位置していて、長く存在が知られていなかった。
最近の調査では二つの惑星は起源が同じで、双子惑星の可能性が高いことが判明している。
ヒロはいつものように簡単な朝食をとり学校に向かった。
バックパックにはマムの手作り弁当が入っている。
学校は浮遊自転車で15分の距離だ。
ヒロは高層ビルに張り巡らされた立体道路使って学校に通っている。
少し走って信号機で停止シグナルが出たため、ヒロはスクータをとめた。
何台かの後続の浮遊自動車もヒロに続いて停止する。
その時だ・・。
「ヒロ、逃げて!」
何者かの声が響いた。
ヒロは不思議に思い、キョロキョロとまわりを見渡した。しかし誰もいない。
「ヒロ、そこから離れるのよ!」
「バイクをすてて、真下のストアに飛び降りなさい!」
ヒロは周りを見たが誰もいない。どうもその声は直接頭に響いてきている。
「幻聴か?」
ヒロが停止しているチューブから下をのぞくと、確かに真下にストアが見える。
近所なのでこれまで何度か立ち寄った事のあるストアだ。
だが飛び降りるのは自殺行為だ。
ストアまでの高さは20メートル以上もあり、ここから飛び降りたら死んでしまう。
そもそも、今いるチューブは硬化ガラスで覆われていて飛び降りる事ができない。
ヒロが、もういちど周りを見渡したときに、前方のシグナルがブルーに変わった。
ヒロが発進しようとしたその時、突然、黒づくめのエアカーが飛び出してきた。
エアカーは窓が開いていて誰かがヒロを見ていた。
驚いたことにその人間は、ヒロの顔を見た途端、銃を構えて撃ってきた。
「ガ、ガ、ガ、ガ!」
不思議な声を警戒していたヒロは、かろうじて銃撃をかわした。
「一体、何だってんだ!」
ヒロはスクータの影に隠れた。
黒光りのエアカーはなおも銃弾をあびせてくる。
ヒロのスクーターは、何発も弾が当たり、大破してしまった。
ヒロが一瞬の隙を見て後続車の後ろに走り込んだとき、すぐ横にあったチューブの脱出ハッチが開いた。
「クッ! ここから飛び降りろって言うのか?」
ヒロは無我夢中でハッチを飛び降りた。
人生ここまでかと思ったとき、ヒロは衝撃とともに体をつかまれた。
よく見ると、オープンカーに乗った、赤い女性型ヒューマノイドがヒロをつかまえていた。
「ナイス・キャッチ」
ヒューマノイドは、美しい顔で微笑みながらヒロに言った。
ヒロを助手席に押し込み、ちらりとバック・ミラーを見たヒューマノイドは、
「飛ばすわよ。ベルトしっかり締めてね」
と、またにこり。
ヒロが振り向くと、先ほどの黒いエアカーが猛スピードで追ってきていた。
オープンカーはぐんぐん加速した。
ヒロは、あわててシートに座りなおし、ベルトをきつく締めた。
敵は銃を乱射しながら追いつこうとしていたが、2台の距離はどんどん離れていった。
ヒロ達はすごい速度で走っているのだが、ヒューマノイドの運転は正確だった。
前方のエアカーをかわしながら、まるで後ろに目がついているように銃撃をよける。
いくつかの高層ビルをオープンカーがターンしたとき、敵は見えなくなっていた。
しばらくして、ヒューマノイドの操るエアカーはスピードを落とした。
車速を他車に合わせ、屋根もクローズドにした。
ヒロは深紅のボディの美しいヒューマノイドを茫然と見ていた。
プロポーションも芸術的に整っている。
「なんとか振り切ったようね・・・」
ヒューマノイドが口を開く。その横顔も美しい。
「あなた、ヒロね」
ヒューマノイドが自分の名前を知っている事に、ヒロは驚いた。
ゴクッと唾を呑み込み、おそるおそる話しかけた。
「な、なぜ僕の名前を知っているの?」
「君は誰? この騒ぎは何なんなの?」
ヒロは興奮の余り、いくつも質問してしまった。
「まあ、まあ、そうあせらずに」
「私の名前はビューティ」
「モデル名 BTY00。だからみんなビューティって呼ぶわ」
見た目と異なり、キャピキャピした感じで話すロボットだと、ヒロは感じていた。
同じクラスにこんな話し方をする女子がいる。
彼女は、天才科学者、プロフェッサー・Jにより開発されたヒューマノイドだった。
体は磁器金属という物質で覆われてた。サーメットとはセラミックと金属を元素レベルで合成した人工的な物質だ。その堅さはダイヤモンド以上。現存する物質で最高度の硬度を誇る。
胸の中心部には、ニュートリノ・エンジンを搭載した、動力核がある。
素粒子ニュートリノは、宇宙空間でも地上でも無尽蔵に降り注いでいる。
そのため、このエンジンはエネルギー切れが無い画期的なエンジンだった。
脳にあたる処理核は人間と同じく頭頂部に収まっている。
高い処理能力をもち、ネットワークを経由して全宇宙の情報ソースにアクセス可能だ。
また思考パターンは人間に近くなるようデザインされている。
膨大な量の行動パターンがデータベースに登録され、状況を分析して自律行動するようにプログラムされている。
また、ボディ表面には珍しい加工がなされていた。
ビューティは感覚映像膜というもので全身コーティングされているという。
このフィルムはカメラ素子、センサー素子、ディスプレイ素子という3つの素子からなる。
カメラ素子とセンサー素子は様々な情報の入力デバイスだ。
カメラから得る視覚情報や、接触強度、温度、においなどの触覚情報がプロセスコアに送られ状況判断の材料となる。
ディスプレイ素子は映像出力のデバイスで、いろいろなイメージをボディに表示することができる。それも立体投影ができるのだ。
例えば鼻を高くしたり、より彫りの深い表情にしたりできる。
まつ毛も実際には生えていないのに、そこに生えているように見せられる。
ボディで言えば実際より太って見せたり、衣服も変化させることが可能だ。
ただし、ステレオグラム・ビューはあくまで疑似映像なので、実際に触る事はできないし、立体表示できる範囲にも限界がある。
その範囲はボディ表面から10センチだ。
ひらひらしたスカートのような、ボディ表面から離れるような服の表示はできない。
髪型もロングヘアは表示できず、男性なら短髪。女性ならバレリーナのような、アップでまとめたヘアスタイルに限定される。
あくまで表面から10センチの範囲までの立体投影に限られる。
ビューティは説明しながら、何度か姿を変えて見せた。
体にピタッと合ったビジネススーツを着た青い目の女性。
上半身ピタシャツを着た筋肉隆々の若い男性。
派手な虎柄のトレーナーとレギンスを履いた太ったおばちゃんが、次々に現れる。
「ごくっ」
ヒロは唾を呑み込んだ。すごすぎる。
小太りの女性になっているビューティをまじまじと見て、思わず指を近づけた。
確かにビューティの表情や服装はリアルだが、触ろうとすると指がすり抜ける。
それに近くで見ると微妙に透けている。あくまで疑似映像なのだ。
「ねっ。びっくりした?」
ビューティは、もとの深紅のボディに戻って言った。切り替えはほんの一瞬だ。
顔の部分も美しい表情に戻っている。これが基本状態らしい。
「ヒロ。なぜ私がここにきたのか?」
ビューティーは説明を続ける。
「私は守護者なの」
「全ての危険からあなたを守り行動を支持すること。これが使命よ」
「今朝、あなたはたくさんの人の意識を感じたはず」
「それは、惑星消滅で亡くなった人たちの意識よ」
「惑星グリーゼが崩壊したときあなたは彼らの意識を感じた。能力が覚醒したの」
「われわれはその能力のことを宇宙超感覚と言っているわ」
「グリーゼ消滅の瞬間、我々はここMEで膨大な意識が流れ込むポイントを検知した」
「集中した先はヒロ・ミツオカ。あなたよ」
「あなたは選ばれた」
「そして、私がガーディアンとして遣わされた。選ばれし者を守るために」
「今朝、あなたを襲ったのはサー・アトロスの刺客よ」
「アトロスもあなたの覚醒に気付いて抹殺しようとした・・」
ヒロはますます訳が分からなくなった。
ガーディアン? ユニバース・センス? サー・アトロス?
ヒロは不思議な顔でビューティーを見た。
ビューティは透けるような肌で微笑みの表情を出力していた