神様からの贈り物~もうひとつの物語~
読んでいない方は、「神様からの贈り物」「神様からの贈り物~僕の物語~」から読んでいただけると嬉しいです。
さて、今回は番外編と言う事で、叶わなかった幸せな物語を書かせていただきました。
「私」の目線でお送りします。
私が光というものを知らないまま、18年が過ぎた。
ずっとずっと傍にいたきみは、今日も傍に居る。
恋人になるのは、今更というような気がした。だから、このままでいいんだ。
三年前に自分の気持ちに気付いた事を、きみは知らない。
†
きみに殺される夢を見た気がした。
寝起き特有のぼんやりとした意識の中、ぼんやりと記憶が蘇る。
高校の卒業式の後の、学校の屋上。腹に刺さるナイフ。
時間が経つごとに、ゆらゆらと曖昧になっていく記憶。やがて、きっちりと目が覚める頃には、その事を忘れていた。
今日は大学の入学式だ。
†
着なれないスーツを纏い、きみと共に歩く。近くのキャンパスだが、自転車で行くわけにもいかないので、今日は歩きだ。
「綺麗だよ」
その一言が嬉しかった。添えてくれる手は、今日も優しい。
ずっとこのときが続けばいいのに。
我ながら少女の様な考えだが、そう思えた。
ふわりと漂ってきた花の香りに、思わず頬が緩む。
「桜の香り。もう、咲いてる?」
「まだかな。蕾になって、ところどころ咲いてるくらいだよ。今年は早いと思ったのに」
きっと今、きみは肩をすくめたんだろう。
「あはは。きみの勘は毎年大はずれだね」
他愛ない話は、キャンパスまで続いた。
†
大学に入学して、もう三年が経つ。
友人からからかわれるのも気にせず、きみはいつも私と居てくれた。
高校時代、それで苦しんでいたのを知っている。私のせいで友人ができない事にちゃんと気付いていた事を、きみは知っているだろうか。
大学の友人は温かかった。からかうとはいえど、邪険に扱う事は無かった。勿論、サークルの友人もだ。
必要なときは助けてくれたから、きみの負担も軽くなっただろうか。
きみが友人と楽しそうに会話しているのを聞くと、私はとても嬉しくなった。
†
「もうすぐ卒業、かぁ」
就職活動で忙しい中、久々の休日。私はきみと二人で、少し遠い海に来ていた。
海水浴シーズンが終わって、人は居ない。時折地元の人が散歩に来る程度だ。私ときみは、日陰の砂浜に腰を下ろしている。
休日くらいゆっくり休みたいだろうに、海へ行きたいと言ったら、自転車で連れてきてくれた。
覚えている。ひんやりとした砂の感触、貝のかたち。海のにおい。
自転車で来るところは高校時代と変わっていない。そういえば、あの時はおしりが痛くなって文句を言ったっけ。
「なーにニヤニヤしてんだよ。卒業がそんなに嬉しいか」
思い出に浸っていると、頭を小突かれた。私、そんなに笑ってたのだろうか。
「ごめん、ごめん。話、聞いて無かったよ。前に連れてきてくれた事思い出して……」
そう言うときみも、ああ、あの時か、と言って笑った。正確には、笑った様な気がした。
「僕、きみの事を疎ましく思ったときがあったよ」
唐突にきみが話し始める。高校時代で思い出したのだろう。いきなりでびっくりしたが、何故か私は落ち着いていた。
「知ってる」
目が見えない分、そういう所にはとても敏感だった。特に、きみの事は。
「うん。きみが気付いてたの、知ってるよ。でも、話さなきゃいけない気がして」
きみも気付いてたんだ。私が気付いていた事に。それを知った瞬間、嬉しいような、悲しいような感情が心の奥に根を下ろした。
「ごめんね。私は、きみ無しじゃどうしようもなかった。気づいていても、どうすることもできなかった」
謝っていいのだろうか。きみの好意を踏みにじることにはならないだろうか。でも、謝らなきゃいけない気がした。きっと、とても思いつめていただろうきみに。
「それも、知ってた。きみが邪魔になって、殺したくなったときもあったよ。でも」
きみが一旦、呼吸を整える。私は、ひどく泣きそうになっていた。殺意まで抱かせてしまった罪悪感に。私は、何も言えなくなってしまった。
「でも、やっぱり僕にもきみは必要だったんだ。きみが僕を必要としてくれたのと同じに」
胸が苦しい。きっと、それはとても嬉しい言葉だ。でも、いいのだろうか。苦しめたのは私なのに。それでも必要としてくれるなんて。
「きみが悩む必要はないよ。気にしなくて良いんだよ、もう過ぎた事なんだから」
まるで私の心を見透かしたように、言った。そして、頭を撫でてくれる。
「私も」
やっと、言葉を搾り出す。言えるだろうか、臆病な私に。
「あなたが必要なの」
普段は閉じている目を開き、見えないあなたを見るように、言った。
無言で抱きしめてくれたきみは、そっと私の唇にキスをした。
なんだよ、目、また閉じなきゃいけなくなったじゃないか。
幸せな文句は、心の中にとどめておく事にして、黙ってきみの背中に手を回した。
†
あれ以来、正式付き合うことになった私たちは、卒業後に結婚する事になった。
きみの両親も大喜びで、友人たちも祝福してくれ、何一つ不幸せな事はない。
ただ、結婚するなら、私の家に挨拶に行く必要がある。
帰れるだろうか、あの家に。虐待は中学で終わったものの、険悪なムードなのは変わらない。耐え切れなくなった私は、高校を卒業すると共に家を飛び出してしまったのだ。
その後の事は知らない。家族とは一切連絡もとらずに過ごしてきた。
行きたくない。けど、行かなければ後悔する気がした。根拠はない。冴えた第六感がそう告げていた。
†
「ただいま」
懐かしい家のにおい。どんな仕打ちを受けても、家は家だ。
「おかえりなさい」
奥から聞こえたのは、母の声だった。何故だろう、とても歳をとった気がする。
おかえり、など初めて言われた。緊張が全身を駆け巡る。
「突っ立ってないで、入ってらっしゃい。緊張しなくていいのよ」
何故だろう、あんなに酷く扱われていたのに、こんなに優しいなんて。今更、いとおしく感じてしまう。
覚束ない足取りでリビングへ向かった。黙ってソファに腰掛ける。
お父さんの、においがしない。
「あの……お父さんは」
しどろもどろに聞くと、母はため息混じりに言った。
「亡くなったわ。あなたが家を出てすぐに、お酒の呑みすぎでね」
知らなかった。父が亡くなっていたなんて。
無性に悲しかった。死んだ事に対してなのか、最期まで父の愛を受け取れなかったからなのか。
「ごめんなさい。謝っても許してはくれないかもしれないわね。幼いあなたを傷つけたのだから」
過去の事を謝っているのだろう。しかし、今の私に怒りという感情は無かった。
「いいのよ。もう、済んだ事だから」
許してはいけない事実だと言うことも分かっている。だが、過去は気にせず、私は未来に向かいたかった。
「顔を良く見せて」
母が立ったのが、空気の流れで分かった。私の横に座ったことも。無言で、母の方に顔を向ける。
「大きくなったわね…本当に」
目を開けた。見えるはずはないが、母に目を見せてあげたかった。
「お母さん。あの……」
言わなければ。結婚の事を。勇気を出して、言った。
「私、結婚したい。幼馴染の、あの人と」
母の反応を伺う。数秒が、とてつもなく長く感じた。
「良いじゃない。あの子なら、大賛成よ。今度、うちに呼んでらっしゃい」
ああ、良かった。
初めて、私は母の前で泣いた。母は黙って、肩に手を添えてくれていた。
†
きつく締め上げられた体に、思わず悲鳴をあげた。
「はいはい、動かないでください」
着付けの担当の人が、くすくすと笑う。
コルセットがこんなにきついものだったなんて。世の中のお嫁さんは、皆こんなものを着ていたのか。
「眉間にしわを寄せてちゃ、折角のお顔が台無しですよ」
もう一人の担当の人も、笑っていた。
やっとの事でドレスを着終わる。
純白のドレスは私の体を纏い、ふわふわと踊っていた。
勿論、「純白」がどんな色か私には分からない。
でもきっと、今の私の心のような、幸せな色をしているのではないか。
名前を呼ばれ、私は声の主の元へ向かう。
「綺麗だよ」
あの時と同じように、あなたは言った。私もあの時と同じように、笑った。
私はこれから、あなたと人生を共にするんだ。
たくさん思い出を作るんだ。
開けた窓から入ってきた、桜と海のにおい。
私の心はもう、たくさんの色で満ち溢れていた。
読んでくださり、ありがとうございます。
今回は番外編、今までの1.5倍近く文字数を使ってしまいました。
バッドエンドの方は、夢という形で登場させています。なんか、そうしたかったので。
途中、「きみ」を「あなた」と呼んでいるところがありますよね。一応、作者なりの想いがあるのですが、読者様一人一人が考えていただけたら嬉しいです。
ハッピーエンドは初めて書きましたが、いかがだったでしょうか。
あまり得意じゃないのかもしれません。でも、書いていて楽しかったです。
それでは、長らくのお付き合い、ありがとうございました。
一応短編と言う事でアップしますが、改めてシリーズものとしてもまとめようと思います。
感想・アドバイス等いただけたら嬉しいです。