第5話 名前のない暗殺者はただのモブ
【アル視点】
「……良い人だったね」
帰宅途中、アルは先ほどの出来事を思い出しながら呟く。
それを聞いたティアは嬉しそうに微笑む。
「自慢の幼なじみだよ」
「うん、ティアがいつも自慢していたのがよくわかるよ」
――ボクが自分のことを話したがっていないとわかるとそれ以上聞いてこなかった。人を思いやることのできる優しい人。だからこそ――。
「シオン君の家族を狙うなんて許せないね」
アルの目つきが自然と鋭くなる。
「アルちゃんが協力してくれてよかったよ。私だけじゃ危険だってシオンくんが言ってたからね」
「ボクだけじゃできることは限られてるよ。勇者がこの領地にいることを広めて……」
「……それだけでいいのかな?」
ティアが立ち止まり、小声で言う。
「――どういうこと?」
「本当なら私たちが解決すべきことなんじゃないかな? シオンくんも『勇者なら暗殺を防ごうとする』って言ってたし」
「……ティア、もしかしてボクが勇者だってことをシオン君に伝えてたりする?」
「教えてないよ?」
「……シオン君、気づいてるかもしれないね。もしかして、聖女の知り合いって事であたりを付けたのかも」
「黒幕総帥のシオンくんだしね。そのくらいわかっててもおかしくないかな」
アルは顎に手を当てて考え始める。
「もしボクが勇者だって気づいていたならさっきの話は意味が変わってくるかも」
「……どういうこと?」
「シオン君は勇者なら防ごうとするって言ってたんだよね。勇者であるボクに向けて――」
「……あっ!?」
ティアが驚きのあまり口を開けていた。
「そうだよ。そういうことなんだよ。きっとシオンくんは私たちに動いてほしいって言ったんだよ」
アルの手を握りしめて、激しく上下に動かしながらティアは笑みを浮かべる。
「でも、勇者としては動けない。色々と制約があるからね。下手に動くとミーリャに迷惑がかかってしまう」
「大丈夫、アルちゃんは戦闘員Aだもん」
一瞬何を言われたのかわからなかったアルだが、すぐに声を上げて笑い出す。
「あははっ、まさかここに繋がってくるなんてね」
「シオンくん、賢いからね」
「そうみたいだね。最上の目的のためにしっかり周りを埋めてる感じがするよ。でも、それならもう少しボクたちに詳しい話をしてくれてもいいのだけどね」
「それをするのは女幹部の役目だね」
ティアは胸を張って言い切る。
「そういうわけで、戦闘員Aちゃん」
アルを指差しながらにっこり微笑む。
「ここにパーティのみんな、呼べるかな?」
「もちろん。勇者パーティが全員揃えば自然とこの地に勇者がいることも知られるしね」
「勇者パーティじゃなくて、黒幕結社の一員だよ」
「ははっ、違いないね」
◇ ◇ ◇
元々ティアからの連絡で近くまで来てくれていた勇者パーティの面々はアルからの要請もあり、夜には全員集まっていた。
鍛え上げられた筋肉を見せつけている男戦士マーカス。
軽装の斥候の少年カイ。
小柄な魔法使いの少女ルナ。
そこにティアとアルを加えた五人が今の勇者パーティだった。
正確にはバックに第二王女ミーリャがついているのだが、さすがに王都を離れることができないようで、この場にはいない。
「第一回、秘密会議を行うよ」
証明を消した暗い部屋でティアが宣言する。
「面倒だな。酒場に行ってきて良いか?」
「……眠い」
マーカスとルナが勝手なことを言っている。
「ダメだよ。これは大事な事なんだからね」
「うん、ボクとしても聞いて欲しいかな」
アルがフォローしてくれることで渋々席に座る二人。
「中々面白いことをしてるみたいだね。僕にも詳細を教えてほしいな」
カイはずっと人懐っこい笑みを浮かべている。
裏にもよく通じている彼なら今動いていることも何となく掴んでいるだろう。
「その前に大事なことがあるよ……」
意味深にティアは間を置く。
「みんなのコードネームを決めないとね」
「…………」
さすがに意味がわからなくて、三人は言葉を詰まらせる。
「あ、あははっ。ちょっと勇者の名前を掲げながら動けない事案があってね。それでみんなにも正体を隠してもらいたいんだよ」
「そういうことか。突然頭が悪くなったのかと思ったぞ」
「むぅ。私、別に頭は悪くないよ」
ティアが頬を膨らませる。
「そんなことを言うならマーカスくんも戦闘員さんだよ。戦闘員Bさん」
「ちょっ、待て!? なんで俺が戦闘員なんだよ。そんな雑魚嫌だぞ!」
「あ、あははっ……。確かに同じコードネームはわかりにくいかも」
「……つまりアルは戦闘員」
ルナが小声でぼそり呟く。
すると、アルは真っ赤になりながら頷いた。
「あははっ、勇者が戦闘員か! これは面白いな」
「うーん、それならマーカスくんは怪人さんとか筋肉男くんとかかな?」
「……怪人でいい」
「決まりだね。それでカイくんは怪盗さんで、ルナちゃんは魔女かな?」
「僕はそれでいいよ」
「……んっ」
皆の同意が得られたことで、結社の人数が増えることになった。
シオンが何も知らないうちに――。
◇ ◆ ◇
【とある暗殺者視点】
いつも通りにクロディア邸の掃除をする一人のメイド。
ただ、黙々と掃除をするのではなく、何かを探るように周囲に聞き耳を立てていた。
最近メイド達の間で噂になっている黒幕結社のことだ。
おやびんというトップが作ったと言われる謎の組織。
依頼人から接触するように言われているが、全容が謎に包まれており、中々接触できずにいた。
「私も襲われたらどうしよう……」
「だ、大丈夫ですよ。一人にならなかったらいいのですから」
しばらく盛り上がっていたメイド達はメイド長に怒られ、静かに仕事を始めていた。
「ここまで噂が広まるなんて。……まさか意図的に流されている?」
仮にも裏世界で生きてきた暗殺者であるメイド。
その嗅覚はとても鋭かった。
「くっ、気づかれたなら長居はできない」
自分が受けた依頼は一つ。
クロディア家の崩壊だ。
ただ、できる限りクロディア家の信用を失墜させた上で、最大限のダメージを与えろという命だったため、しっかりと準備を進めていた。
――それがこんなことになるなんて……。
計画を狂わされた屈辱に歯軋りしながら、最低限の依頼はこなそうと動き出す。
毒による一家全滅。
あまり綺麗な依頼のこなし方ではないが、仕方ない。
食堂へと急ぎ向かうとそこには全身を真っ黒のマントで覆っている、顔を仮面で隠した五人組が待ち構えていた。
あまりにも異質な雰囲気に慌てて距離を開ける。
「誰だっ!?」
警戒心を露わにするが、五人組は動揺した様子もなく、平然と佇んでいた。
「ここまで予想通りに動かれると張り合いがないね」
「ボクとしては助かるよ」
「筋力が足りないな。俺の出番はなさそうだ」
「……同意」
「一応、他に仲間がいないか聞きたいから殺したらダメだよ」
一瞬で敵だと判断したメイドはスカートの下から二本の短剣を抜いていた。
そのうちの一本を投げつけるが、何かの魔法結界にぶつかりあっさり弾かれてしまう。
「なっ!?」
「……単純」
「お、お前達はいったい……」
口を噛みしめながら五人組に鋭い視線を向ける。
「私たちのこと? うーん、聞いても意味ないと思うけど、初仕事だから教えてあげるね」
このメンバーの指示役だと思われる人物がゆっくりと近づいてくる。
「私たちは黒幕結社。悪を滅ぼす悪の秘密結社だよ。私たちのことを探してたんだよね? 見つかってよかったね」
「……くっ、こんなことをしてただで済むと思うのか?」
「キミの後ろにいる公爵様は失墜してもらうよ」
「っ!? どうして依頼人を」
「その程度もわからないと思ったの? 私たちを舐めすぎだよ」
「ティアちゃ……じゃなくて、女幹部ちゃん。あんまり時間を掛けたら――」
「そうだったね」
「くっ、ここまでか」
余計な情報を渡すわけにはいかない。
口の奥に隠された毒薬を飲む。
その瞬間に口から血を吐き出し……、次の瞬間に優しい光に包まれる。
一度遠目で見たことがあるその光。
「ど、どうして聖女が――」
「ふぅ……、間一髪助けられたよ。色々と聞きたいことがあるからそう簡単には死なせないよ?」
朦朧とした意識の中、最後に見たのは聖女の笑顔だった。
◇ ◆ ◇
【悪役公爵視点】
「待て。今なんて言った?」
ザックス公爵はとある報告を受けて驚愕の表情を浮かべていた。
「それがその……、公爵の指示を受けておりました暗殺者の定期連絡が途絶えました。おそらく処理されたのかと」
「くそっ、かなりの暗殺率と聞いていたから高い金を払ったんだぞ。それがこのざまとは……」
公爵は持っていたグラスのコップを投げつける。
派手な音が鳴りコップは割れていたが、公爵は気にした様子がなかった。
「一体誰が邪魔をしたのだ!!」
「それが――」
「わからないのか!?」
苛立ちのあまり、公爵は思いっきり机を殴りつける。
「も、申し訳ありません。公爵様のご指示通り、彼の地に存在するという秘密結社に接触を図ろうとしておりましたところ連絡が取れなくなってしまい――」
「ならばその結社が怪しいと言うことではないか」
「し、しかし、我々が送り込んだ暗殺者はかなりの手練れ。ポッと出の三下組織に易々と後れを取るなど――」
「言い訳はいい。実際に遅れを取っているだろ!!」
「も、申し訳ありません。次こそは必ず……」
闇ギルドの長も公爵には頭が上がらずに何度も謝っていた。
しかし、公爵の苛立ちが収まることはない。
「もういい。私の手駒を使う」
「……よいのですか? そんなことをすれば公爵自身も罪に問われないですか?」
「ふふふっ、簡単なことよ。全てを消してしまえば良いだけだ」
「っ!? まさかあれを送り込むおつもりですか?」
「こんな時のために飼い慣らしているのだ。存分に役に立って貰うとしよう」
「しかし、現在彼の地には勇者がいるのでは? 領内全てを消すとなれば出てきてもおかしくないかと」
「所詮勇者は国の奴隷よ。国王を通じて手を出させないように指示をしておく。もし邪魔をするようなら奴らが懇意にしている第二王女を……。ぐふふっ、そちらはそちらで良いかもしれんな」
公爵は嫌らしい視線を浮かべ、唇を舐めていた。
「さすがザックス公爵様。数手先まで考えていらっしゃる」
「そこまで褒めるな。王女は使用し尽くした後は、お前のところに送ってやろう」
「ありがたき幸せでございます」
「その代わり、移送には細心の注意を払え。背後に私がいることを悟らせてはならんぞ!」
「かしこまりました。尽力させていただきます」
「もちろんだ。今度こそ失敗は許さんぞ」
公爵が蔑んだ視線を闇ギルドの長へと向ける。
「くふふっ。これでかの伯爵領も終わりだな。地図から消滅するか、勇者達が失墜して第二王女が私のものとなるか、どうなるかな」
「あとは不穏材料としては『おやびん』とやらの秘密結社が……」
「奴らには私の邪魔をしたことを後悔させてやる。ただ殺すだけでは飽き足らん。なんとしても私の前に引きずり出すのだ!」
「はっ……。そちらは私どもにお任せを」
こうしてティアたちが暗殺者をあっさりと処理してしまったことで、公爵側の最大戦力がクロディア領に送られることになる。
しかし、そのことをシオンは全く知らずに普通の暗殺者の対処を考えているのだった――。
【作者からのお願い】
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