神堕戦争~神を喰らう者~
評価がよろしければ続きを書かせていただきます。
オリュンポス界。
神々の頂点に位置する者たちが集う会議の場で、一つの議題が提示されていた。
神々へ宣戦布告し、そして敗北した存在――ルシファーの処遇についてである。
静まり返った空間の中、最初に口を開いたのは創造神アザトースだった。
「どうしますか? ルシファーの処遇について。皆さんの意見を聞かせてください」
その言葉に、間髪入れず声を荒げた者がいた。
原始の炎を司る神、イフリートである。
「どうこうするとかの問題じゃねーよ!」
怒りを抑えきれない声が会議室に響く。
「こっちはウォルイラーが殺られてるんだぞ! 即刻消滅だろ!」
ウォルイラーー原始の水を司る神。
神が消滅すれば、その神が司る“概念“そのものが消える。
そして、その概念から派生したすべての存在も連鎖して消滅する。
つまりウォルイラーの死はーー
世界から“水”という存在そのものが消えることを意味していた。
「ウォルイラーが殺されて、人間界から水が消えたんだぞ!」
イフリートの拳が机を叩く。それに対し、ガネーシャとアザトースが諭すように言う。
「クックック。落ち着いてください。イフリート様」
「ガネーシャの言う通りですよ。イフリート」
アザトースが静かに諭す。ふとここでアザトースがガネーシャに問う。
「そう言えば、ガネーシャ。私達との間に敬称は不要ですと大昔に言いましたよね?何故、今となって?」
「あぁ、すみませんねぇ。アザトースさ……アザトース。少し、昔を思い出しましてねぇ……」
その言葉に納得したアザトースはイフリートに向き直り告げる。
「話が逸れましたが、とにかく、今は落ち着いてくださ……」
しかし、その言葉は火に油を注ぐ結果となった。
「うるせぇ! アザトース!」
イフリートの瞳には、激しい怒りと悲しみが宿っていた。
「あいつとは生まれてきてからずっと仲が良かったんだ……。親友を殺されて怒らねぇ奴なんているわけねーだろ!!」
その言葉を聞き、アザトースは静かに目を伏せる。
「……すみません。イフリート。あなたの気持ちを考えられていませんでした」
しかしその行為は火に油を入れてしまった。
「すまねーが俺は抜ける!!」
その言葉を残すと同時に、イフリートの姿は空間ごと歪みだし、次の瞬間には自身の領界へと転移していた。
残された会議室には、重い沈黙が落ちる。
「……どうしますか? 結局」
アザトースの問いに対し、残された神々はそれぞれ意見を口にした。
「ルシファーは殺すべきだ!!」
戒律の神ザブリエルが強く言い放つ。
「イフリートの様子を見ましたよね! 今にも自害しかねない状態でした!今イフリートに死なれたら、人間界は確実に滅びますよ!!」
それに対して異論を唱えたのは、混沌の神カオスだった。
「いやいや、待て待て。あいつの有能性を考えろ」
椅子にもたれながら、軽い口調で続ける。
「虚無終焉に500万年ほど閉じ込めておけば、人格も記憶もリセットされる。その方が有効活用できるだろう?」
場には四柱の神が残っていた。
創造神アザトース。
混沌の神カオス。
戒律の神ザブリエル。
そして――大地と風を司る神、ガネーシャ。
アザトースは静かに口を開く。
「二人の意見は対立していますね。ここは一つ、ガネーシャの意見を聞きましょう」
ガネーシャは、この戦いにおいて
ルシファーを抑えるために最も尽力した神である。
つまり、彼の判断が、ルシファーの運命を決める。
「ガネーシャ。あなたはどう思いますか?」
その瞬間だった。
「クックック......。クハハハハ!!」
低い笑い声が鳴り響く。
突如として響いた狂気じみた笑いに、場の空気が凍りつく。
「どうしたんですか? ガネーシャ」
アザトースが眉をひそめる。
「おいおい、頭狂っちまったか?」
と、カオスが茶化す。
だがガネーシャは、笑いを堪えるように肩を震わせながら答えた。
「いいえ。失礼しました。少々、笑いが込み上げましてねぇ......」
「ふざけるな!我々は真剣に会議しているんですよ!!」
ザブリエルがガネーシャを怒鳴りつけた。
しかしガネーシャは、薄く笑みを浮かべたまま言う。
「ええ。あなた方の言い分は理解していますよ」
そして、冷たい目でザブリエルを見つめた。
「まぁ、私から見れば、実に滑稽ですがねぇ」
ザブリエルの顔が歪む。
「貴様……」
ガネーシャは続けた。
「あなたは昔から、私の態度に疑問を持っていましたよねぇ」
ゆっくりとザブリエルへと歩み寄る。
「私の“上司”だった頃から」
次の瞬間ーーガネーシャの姿が消えた。
いや、違う。高速移動だ。
気づいた時には、彼はザブリエルの懐に入り込んでいた。
刹那、水を纏った手刀が、ザブリエルの肉体ごと、神核を貫いた。
「がはっ……!!ガネーシャ!!貴様!血迷ったか!!」
アザトースが咄嗟にガネーシャへ手を伸ばす。
だが――弾かれた。
まるで見えない壁に阻まれたように。
空間には、薄く発光する線が浮かび上がっていた。ガネーシャを中心に、半径三メートル。
アザトースが目を見開く。
「この権能は……まさか!!」
ガネーシャは楽しげに微笑む。
「さすがアザトース様。察しがいいですねぇ!そうです。これは“原始の水の神”ウォルイラーの権能――“不逆遠絶“ですよ。とても使い勝手が良くてですねぇ」
アザトースが叫ぶ。
「ガネーシャ!! なぜあなたがウォルイラーの権能を!!」
その問いに対し、ガネーシャは笑顔で答えた。
「なぜ、ですか?愚問ですねぇ」
そして静かに言う。
「奪ったからに決まっているでしょう」
その言葉に、今まで黙っていたカオスが口を開いた。
「……その目」
カオスの視線が、ガネーシャの瞳を射抜く。
そこにあったのは、かつて見たことのあるものだった。
神を神とも思わず――ただ“餌”として見下す、あの狂気。
「奪った、か……」
わずかに口元を歪める。確信に変わった。
「お前、ガネーシャじゃねぇな」
鋭い目で睨む。そう。ガネーシャの目に宿った狂気をカオスは知っていた。
「まさか……ルシファーか!!」
ガネーシャは満面の笑みを浮かべた。
「正解です!! カオス様!!いやー神を出し抜く時ほど興奮するものはありませんよ!皆さんもそう思いますよねぇ!」
両手を軽く広げ、芝居がかった動作で続ける。
「私が誰かと言うことを知っているのでしたら、私の権能もご存知でしょう?」
その言葉に、カオスの表情が一瞬だけ険しくなる。
「アザトース!! 解析は!? 急げ!!」
「やっています!! ですが――」
その瞬間だった。ザブリエルの身体が、突如として崩れ始めた。
「十三之戒律よ――」
ザブリエルが権能を発動しかける。
だが、まるで溶けるように。まるで砂となって風に散るように、言葉すらも溶けていった。
戒律という概念が空間そのものから剥がれ落ちたかのようだ。
「ザブリエル!!」
アザトースの声が響く。
しかし、もう遅かった。
戒律の神ザブリエルの姿は、完全に消滅した。
だが、単純に消滅したわけではない。その反応を見たアザトースの顔色が変わる。
「この反応は……まさか!!」
ルシファーは楽しそうに肩をすくめた。
「えぇ。ザブリエル様には、私の“糧“になっていただきました。知っているとは思いますが、私の権能は、対象の神核を喰らい、その権能を奪う。しかしまぁ、元上司にしては、実に呆気ない最期でしたねぇ」
アザトースの瞳には、膨大な情報の羅列が流れていた。
数式。概念構造。権能演算。
ルシファーが展開している結界の構造を解析しているのだ。
この情報を組み替えれば、結界を強制解除できる。
――解析できればの話だが。
「アザトース!!」
カオスが叫ぶ。
「今、解析が終了しました。権能を強制解除します!!」
アザトースが手を前に突き出す。
もし結界が破れれば――ルシファーは逃げ場を失う。
そして相対するは、絶対的暴力の化身。混沌の神カオス。
いかにルシファーといえど、無事では済まない。
だが。その状況でも、ルシファーは邪悪に囀る。
「その程度で勝ったつもりですか!!」
空間に走っていた結界の線が、一瞬だけ消える。
しかし次の瞬間――再び光が走り、結界が再構成された。
「甘いですねぇ!!」
ルシファーは愉快そうに笑う。
「まさか、この私と演算勝負をするおつもりですか? アザトース様。いや、アザトース!!」
アザトースの表情が歪む。
「いくらお前でも、神に勝てるはずがないでしょう!!」
二柱の神が、超高速で演算を繰り返す。
権能と概念の衝突。
目には見えない戦いが、空間の裏側で激突していた。
その最中。一人だけ何もしていない者がいた。アザトースの後ろに立つ神。そう、カオスだ。
彼は静かに拳を握っていた。力を、ずっと溜めている。
そして。
「どけ! アザトース!」
その声と同時に、アザトースは横へ飛んだ。
刹那ーーカオスの拳が、まっすぐ突き出される。
轟音が鳴り響き、空間そのものが軋む。
そして、ルシファーを中心に展開されていた結界は、
粉々に砕け散った。
「流石はカオス様!」
ルシファーが愉快そうに笑う。
「やることが脳筋ですねぇ!権能を併用運転させた技術ですかねぇ!」
「うるせぇ!!」
カオスの怒声が響く。
「さっきから調子に乗りやがって!!」
次の瞬間、カオスの拳がルシファーへと叩き込まれる。
その拳は超光速。逃げ場などない。
拳は、確実にルシファーを――撃ち抜いた......はずだった。
しかし、拳が届く直前。
ルシファーの身体は、ふっと消えた。
「チッ」
カオスが舌打ちする。
「カオス!」
アザトースが振り向く。
「あぁ、分かってる。テレポートだな」
その言葉を嘲笑うかのように――声が響いた。
部屋全体に、反響する声が一つ。
『クックック......貴方たちはいつも、爪が甘いですねぇ!そんなのだから私に逃げられるんですよ。』
「ルシファー!どこにいやがる! 出てこい!!」
ルシファーの声が返ってくる。
『あいにくですが私はもう、この次元にはいませんよ』
アザトースが目を細める。
『貴方たちとことを構えるには、まだ早すぎます。まだ、ね』
その言葉に、場の空気が重く沈む。
考え込むアザトース。苛立つカオス。
そして、ルシファーの声が再び響く。
『今は引きます。ですが、私はすぐに戻ってきますよ。そこを肝に銘じておく様に……」
一拍の沈黙。
『では。ご機嫌よう』
その瞬間、邪悪な気配が完全に消えた。静寂が戻る。残されたアザトースとカオスは、ゆっくりと椅子に座り込んだ。
「……はぁ」
アザトースがため息をつく。
「面倒なことになりましたね」
カオスも肩を回しながら言う。
「だな……。ガイアとかゼウスとかにも伝えたほうがいいな」
アザトースは静かに頷く。
「恐らく」
いや、と言い直す。
「確定していますが」
その瞳は遠くを見ていた。
「ルシファーの 目的は――全次元の完全消滅です」
そして静かに続ける。
「対して、我々の目的は、数多の次元の生存及び保護」
カオスが鼻で笑う。
「そりゃ、相容れねーわな」
あの騒動から5日後。
空は、乾いていた。
本来ならば青く広がるはずの天は、血の色のように濁り、ひび割れたような不安定さを見せている。
大地には、川がない。
いや――正確には、「あった痕跡」だけが残っていた。
干上がった川底。ひび割れた土。干からびた木々。そして倒れ伏す動物の骸。
そして、人間。
「……み、水を……」
掠れた声が、地に伏した男の喉から漏れる。
だが、その願いが届くことはない。
なぜなら――この世界から、“水”という概念そのものが消えているからだ。
空気は乾き、血液は凝固し、生命活動はゆるやかに停止へと向かう。
すでに、人類の大半は死に絶えていた。
その光景を、空の上から見下ろす者がいた。
その者の背中には3対のシルバーの羽が生えており、整った顔立ちだが、三日月のような形の口が不気味な印象を与える。
「いやぁ……実に美しい」
ルシファーは、愉快そうに笑った。
口元の形がより鋭くなる。
「概念が一つ消えるだけで、ここまで世界は脆くなる。やはり神というのは、よくできたシステムですねぇ」
彼の周囲には、淡く発光する半透明の3つの球体が漂っている。
それは、彼が奪った権能の残滓。
原始の水。世界の戒律。そして、自然と繁栄。
3つの概念が、彼の周りで渦を巻いていた。
「さて……次は"どれ"にしましょうか」
ルシファーは、ゆっくりと手を掲げる。
その指先が、虚空に触れた瞬間――
空間がひび割れた。
神界――オリュンポス
重苦しい沈黙が、場を支配していた。
「……人間界の状況は?」
創造神アザトースの問いに、無機質な光の球体が応答する。
「生命活動の停止率、78.3%。このまま推移した場合、三日以内に全次元の人間界が完全消滅と予測」
「……そうですか」
アザトースは目を伏せた。
だが、その表情に感情の揺らぎは少ない。
既に理解しているのだ。
これはもう、“取り戻せない損失”であると。
「カオス」
アザトースは目の前に座っているカオスに聞く。
「はあ……なんだ」
「ルシファーの現在位置は?」
カオスは舌打ち混じりに答える。
「無理だ。特定できねぇ。あいつ、次元の外側を移動してやがる」
「やはり……」
アザトースは静かに息を吐いた。そのため息には諦めと怒りが滲んでいた。
「時間を…与えすぎましたね」
その時だった。
空間が軋みだし、悪寒が走る音を立てる。
「……来たか」
カオスが立ち上がる。
次の瞬間、会議室の中央に“亀裂”が走った。
そこから、ゆっくりと現れる影。
「お久しぶりですねぇ、皆様」
そう、ルシファーだった。
「……随分と早い再登場ですね」
アザトースが言う。
「えぇ。少し、試したいことがありましてねぇ」
ルシファーは微笑む。
その目には、狂気と知性が同時に宿っていた。もう、殺すしかないと、その場の誰しもが感じていた。
「“戒律”という概念、非常に面白くてですねぇ。制約を与えることで、逆に可能性が広がるとは」
カオスが拳を鳴らす。
「で?今回は何しに来た」
「簡単ですよ」
ルシファーは、指を一本立てる。
「もう一つ、いただきに来ました」
その言葉で部屋の空気が凍る。
「次に欲しい権能はーー“時間”です」
その瞬間、世界が歪んだ。
アザトースの瞳に、無数の情報羅列が走る。
「全神、戦闘準備!!」
だが――遅い。
遅すぎたのだ。
ルシファーは、既に動いていた。
別次元――時間神の領域
青空と純白の雲が流れる空間。
そこには、“流れ”だけが存在していた。
過去、現在、未来。
すべてが同時に存在する領域。
その中心に、一柱の神が座している。
「……来るか」
時間の神クロノスは、静かに目を開いた。
突如、クロノスの背後でブォンと音がする
「初めまして。時間の神よ」
背後から声がする。
クロノスは振り向かない。そう、わかっていたからだ。
「貴様が、ルシファーか」
「えぇ。貴方の力を食べにきましたよ♪」
軽い返事。しかし、その言葉で両者の間にはプラズマが走る。
「では、殺す」
その瞬間、時間が停止した。
世界のすべてが凍りつく。
だが――ルシファーは何事もないようにクロノスに向かって歩き出す。
「あれれ?効いてませんよ?」
ルシファーは、邪悪に囀りながら動いていた。
「……なぜだ」
クロノスの声に、わずかな揺らぎが生じる。その声を聞いたら最高神たちは声を出して驚くだろう。
この数億年。クロノスは動揺したことがないからだ。
「簡単ですよ」
ルシファーは笑う。そして宙を手で撫でながら言う。
「“時間"という概念は、既に私の観測下にありますので」
次の瞬間。
クロノスの背後に高速移動したルシファーがクロノスの背中、神核の部分を貫いた。
後ろを向き、ルシファーを見るクロノスの目が驚愕の色で染まる。
「では、いただきます」
意気揚々とルシファーはクロノスの耳元でつぶやいた。
再び、神界
アザトースが顔を上げる。その顔には、同胞を失った悲しみに満ちていた。
「最悪です……やられました」
カオスが舌打ちする。
「チッ……マジかよ。まさかあいつが……」
またも空間が、ゆっくりと歪む。
そして現れる、ルシファー。
その背後には、4つの光。
水色、肌色。土色。そして――緑色。
各々が司る概念が触れてなくともわかるほど、伝わってくる。
その背後に輝く球体は憎たらしいほどに美しい。
「これで四つです!あぁ、やはり“神”は美味しい!」
彼は嬉しそうに言う。その声には狂気が入り混じっていた。
「あといくつで、世界は壊れるでしょうかねぇ?そうですねぇ、原始の炎の神は最後に取っておきましょう!デザートは最後に取っておかないと、ね?」
アザトースが静かに立ち上がる。アザトースの拳が強く握られる。
「……カオス」
「あぁ。こいつはなんとしても止めなくちゃならねー」
「はい。ここで、終わらせましょう」
空間が、完全に沈黙した。時間が無くなったからではない。2人の神気が空間を軋ませたからだ。
この圧迫感でも、ルシファーは笑う。
「いいですねぇ。やっと“本気”ですか。実に遅いと言うかなんと言うか」
次の言葉で2人の背筋が凍る。
「ーーでは、一度、リセットしますか......」
ルシファーの言葉が部屋に響き終わった、その瞬間だった。
世界が、軋む。
見えないはずの“何か”が、確かにひび割れていく感覚。
それは物質ではない。空間でもない。
――概念そのもの。
「……俺か」
カオスが低く呟いた。
次の瞬間、彼の足元の空間が爆ぜた。
その爆発は、相手の時間を止めた状態での発動。
つまりは防御も視認すらも不可能。
いや、認識が追いつかない。
「遅ぇんだよ!!」
轟音と共に放たれた拳が、ルシファーの顔面へと叩き込まれる…………はずだった。
「おっと、危ないですよー。当たったらどうしてくれるんですかー」
ルシファーの身体が、わずかに“ズレた”。
拳は確かに命中した。
だが、そこに“存在していたルシファー”は、既に過去の位置にあった。
「時間を喰われた時点で、その手の攻撃は通じませんよ」
軽く首を鳴らしながら、ルシファーは笑う。この言葉を聞いて、アザトースは理解する。
「……まったく、面倒この上ないです」
「そうです!今の私は、“常に最適な瞬間”に存在していますからねぇ」
「……チッ」
カオスが舌打ちする。
その軽口が重なる間でも、アザトースの瞳は膨大な情報を処理し続けていた。
数式が重なり、概念が分解され、再構築される。
「理解しました」
静かな声。その声で、ルシファーの瞳の色に好奇心の色が宿る。
「カオス。時間軸を“固定”してください。0.3秒で構いません」
「あぁ?」
「いいから、早くやってください」
「……わーた」
一瞬の沈黙。
次の瞬間、カオスの足元から“何か”が広がった。
そのドス黒い色の名は、混沌。
秩序も法則も存在しない領域。
その中では、“時間の流れ”すらも不安定になる。
「――これでいいか?」
「十分です」
アザトースが、手を前に突き出した。
その掌の前に、幾何学的な構造が展開される。
それは魔法ではない。権能ですらない。
――“創造”そのもの。
「ルシファー」
その声は、静かで、冷たい。カオスでさえ、聞いていて鳥肌が立つ。
「あなたの演算は、確かに神の領域に達している」
そんな状況でも、ルシファーが愉快そうに笑う。
「お褒めに預かり光栄ですねぇ」
「ですが――」
次の瞬間。
空間が“塗り替えられた”。
ルシファーの周囲に存在していた“時間”という概念が、一瞬だけ消失する。
「なっっ!」
初めて、ルシファーの表情が歪んだ。
「創造とは、“存在を定義すること”」
アザトースの声が響く。
「ならば、“定義をまるごと消せばいい”」
止まる。
ルシファーの動きが、完全に停止した。
「今です」
「知ってる!!」
カオスの拳が、今度こそルシファーの鳩尾に真正面から叩き込まれる。
空間が、砕けた。
いや――“世界”が一瞬だけ崩壊した。
衝撃が遅れて伝播し、神界全体に亀裂が走る。その一撃に、音はなかった。
その中心で。ルシファーの身体が、吹き飛んだ。
会議室の壁にぶつかり瓦礫が落ちてくる中、、ルシファーの口から血が出て、瓦礫に埋められる。
静寂。
わずかに漂う、焦げたような匂い。
「……やったか?」
カオスが息を吐く。
だがそのセリフは、言ってはならない。
「クックック……」
笑い声が、響いた。
瓦礫の中から、ゆっくりと立ち上がる影。
「いやぁ……危ない危ない」
ルシファーは、自らの胸を見下ろす。
そこには、大きく抉れた痕があった。
だが、次の瞬間――
肉体が、再構築される。
「流石に今のは効きましたよ」
楽しそうに笑いながら、彼は続ける。
「ですが――まだ、足りませんねぇ」
その背後で、三つの光が強く輝いた。
水が流れ、戒律が刻まれ、時間が一点に集まる。
三つの概念が融合し、新たな“何か”を生み出していく。
「……なるほど」
アザトースが呟く。
「概念同士を統合し、上位概念を生成していますか」
「ご名答です。アザトース」
ルシファーは嬉しそうに拍手する。
「“神を喰らう”というのは、こういうことですよ」
その瞬間。
空間が、再びひび割れた。
だが今度は――規模が違う。
神界だけではない。
人間界。精霊界。無数の次元。
すべてに、同時に亀裂が走る。
「こいつは……」
カオスの顔が歪む。その額には汗が滲む。
「世界が、持たねぇぞ……!」
ルシファーは、静かに目を細めた。
「えぇ。そろそろ限界でしょうねぇ」
そして、ゆっくりと告げる。
「ですから――一度、壊してしまおうかと」
その言葉に、空気が凍る。
アザトースが、一歩前に出た。
「それは、許しません」
「止められるのですか?この圧倒的な概念を!!」
ルシファーの勝ち誇った様に言った問いに、アザトースは答えない。
代わりに、静かに目を閉じた。
そして、一言だけつぶやく。
「――“再定義”」
世界が、光に包まれた。全ての色が合わさり、白に統一される。
次の瞬間、すべてが、止まった。
ルシファーも。カオスも。
そして――“崩壊しようとしていた世界”すらも。
完全なる静止。
その中で、ただ一人。
アザトースだけが、目を開いていた。
「……三年」
静かに呟く。
「それまで、持ちこたえてみせます」
その言葉と同時に。
止まっていた世界が、再び動き出す。
次と瞬間、アザトースが消えた。
その光景を見て、ルシファーは、ゆっくりと笑った。
「なるほど……そう来ますか」
その瞳に、明確な“興奮”が宿る。
「いいでしょう」
彼は、背を向けた。
空間が歪み、その姿が薄れていく。
「三年後――」
声だけが残る。
「本当に“世界がどちらに転ぶか”を、決めましょう」
---
静寂。
崩壊しかけていた世界は、かろうじて形を保っていた。
カオスが大きく息を吐く。
「……ギリギリかよ」
その呟きに応えられるものはここには居ない。
「……アザトース……」
彼はこの崩壊を抑える為、1人情報世界に留まった。
アザトースからカオスに一つの伝言が残される。
『私の全権を三年間、あなたに譲り与えます。他の神々と協力し、ルシファーを殺してください』
その言葉と共に、純白の球体がカオスの体に吸い込まれる。
カオスの目には、明確な知性が宿っていた……。
すべては、三年後。
その時こそが――
終わりか、始まりか。
感想書いてください!!宜しくお願いします!




