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罪と罰――私が選ばれし人間だ

「……ッ! やるな……よくぞ、ワシの呪縛と呪いを打ち破った……」


「私じゃない……呪縛は、あんたが奏斗に流し込んだ黒いマナのせい。自分の術の挙動も理解してなかった。だから勝手に解除されたの」


「ほう。言いおる」


「それに……呪いは、最初から対策してた――ワクチンの力だけど」


 黙っていればいい。分かっている。それでも、どうしても抑えられなかった。吸血鬼を出し抜いた。勝った。私たちの方が上だ。


「ワクチン……ねぇ……魔族を舐め腐っているわりに……随分と我々を恐れているようだな」


「私は、最善を選んだだけ」


「プライドが高そうなお嬢さんが、わざわざ怪しいものを身体に入れるとは……――なんだ? 呪いで昔、苦しんだか。それとも……大切な人でも死んだのか?」


「……っ! まだ……生きてる! 今も……今この瞬間も、戦っている!」


 しまった。口が先に動いた。言ったあとで気づく。失敗だ。


「図星か……誰だ? 答えるなら、お互い少しは長生きできよう。さあ」


「……チッ! 私のパパとママは……侵されてるの……! あんたたちが引き起こした、マナコンプレックス91で!」


 マナコンプレックス-63――MC63。五年前に発生した、世界規模のパンデミックだ。魔族が“魔王を復活させる”ために行った禁忌の実験が引き金だったと言われている。

 本来、マナコンプレックスは脊髄に侵入せず、身体の部位を壊していく感染症だ。だがMC63は違う。無視するように脊髄へと入り込み、内側から人を蝕む。初期症状は動きや感覚の鈍化。早期に発見できれば治療は可能だった。

 だが、侵入が早ければもう終わりだ。MC63は、自分の体が生み出すマナすら栄養にして増殖する。取り除くことはできない。やがて動けなくなり、痛覚と痺れに意識を焼かれ続ける。

 それでも死ねない。そんなんでも生命を司るマナの一種だからだ。残された道は、内臓が早く壊れるのを祈るか――自分で終わらせることだけ。


「ほう……随分と真面目だな、主は。両親が教師で、ワクチンの重要さにも気づいていたとは」


「どの口が……!」


 なんでこいつは――パパとママを笑えるの。そもそも、なんで私は会話なんてしてる。憎しみも怒りも、全部断ち切るはずだったのに。気づけば、言葉を探している。まるで。忘れないために――記憶にしがみつくみたいに。


「グラディウス!」


 もう、殺すしかない。グラディウスを全部使えば――ここは抜けられる。そう思い込んだ。

 剣先を向けた瞬間。吸血鬼の眼が――紅く灯る。その色を見て、思い出した。……だめだ。私の攻撃は、不意打ちしか通らない。そんな当たり前を、私は忘れていた。


「呪いがダメなら……な?」


 口角が上がる。それを見ただけで、心臓が嫌な跳ね方をした。私には、もう守れるものがない。感情は暴れ、視界だけが狭くなる。逃げ道が、頭の中から消えていく。これが――終わりなんだ。

 そう思った瞬間。吸血鬼の顔が、横へ弾けた。それを叩き込んだのは――かつて甘い理想を信じていた男。曇天みたいな現実に叩き潰され、立ち上がれなくなったはずの男。奏斗は――もう横にいなかった。


「奏斗! あなた……ようやく……」


 無駄だと思っていた会話。でも――違った。奏斗は吸血鬼に一発叩き込み、こちらへ歩いてくる。安心させるみたいに。いつもの爽やかな笑みで。

 でも。私は言葉を失った。目が違う。笑顔の奥で――すべてを見下すように、冷たく笑っていたからだ。……いつもの奏斗じゃない。身体に残る呪いの痕が、それを物語っていた。それでも。何が起きたのかは、分からなかった。


「あなた、一体……」


「そうかいそうかい……小僧。"魔人"になったのだな。珍しい」


「魔人? 魔人って……」


「人間でありながら、魔族になろうとする。この世界の理を、理解してしまった賢い連中だよ」


 魔人。その言葉が、頭の中で何度も響く。理解したくない。認めたくない。でも――言葉が出ない。

 イヤだ。それしか残らなかった。


「奏斗……どうして……こんなことに……」


「まさか自然発生するとは……主……本当は魔族に憧れてたんじゃないの――」


「黙れ」


 次の瞬間。言葉より先に、空気がきしんだ。その声が誰のものか、すぐに分からなかった。

 奏斗は吸血鬼に背を向けたまま、手を突き出していた。そこから溢れたのは――黒いマナ。ついさっき吸血鬼が操っていたものと、よく似ている。

 吸血鬼の顔色が変わる。咄嗟に防御するしかなかった。奏斗の手から溢れるそれは、人間とは思えない禍々しさだった。私は気づいた。……もう、戻れない。


「奏斗……なんでこんなことに……」


「すごいぞ……この……力は!」


「え……?」


「なんで気づかなかったんだ……こんな簡単なことに! 俺たちが魔族を殺すには力が必要なんだ! アサルトでも連携でもない! 圧倒的な力があればいいんだ!」


「冗談よね……? それは魔族の……あなたが嫌いな……」


「大っ嫌いだよ。魔族も、俺自身のことも。仲間も死なせ辱め……何が隊長だ何が世界のためだよ! だから壊してやる……魔族もこの町もこの力も俺自身も壊し!壊し!壊し! 嫌いなものぜんっぶめちゃくちゃにしてやるよ!」


 もう正気の沙汰ではない。私は、この破壊に目覚めてしまったどっちつかずの生物を、奏斗として扱うことはできない。奏斗のままで見てしまう方が、残酷だ。

 私が何もできないことに、気づくことすらない生命体。そいつの目に映っているのは、ただ自分が憎むものだけだった。

 そいつかふと視線を落とす。肉玩具を壊すのに夢中で、私たちの存在にすら気づいていない。……いや。私も人のことは言えない。

 そこで初めて気づいた。五味の腹が裂けていた。


「あっっあ!! 骨があるから……生きてるんだ!」


 ひねり出したような笑い声とともに、そいつは溜めも詠唱もなく、熱が走る――まずい。

 私はとっさにグラディウスへ飛び乗った。このままじゃ、人間如きの体温など意味がなくなる。


「嬢さん。小僧を置いていく気か?」


 声のする方に首を向けると、吸血鬼がこちらを覗き込んでいた。殴られてもなお年齢を感じさせない、胸を張った堂々とした佇まいだ。正直、今の奏斗より見習うべきかもしれない――と思うくらいだ。


「後で取りに行く……今は……戦略的撤退。逃げるわけじゃない。あんたも生き残りたいならここを離れたほうがいいわ。どうせ火なんて死んだら嫌なほと浴びるんだから」


「ほう……ワシを殺す気すらもないのか。接吻とはどんな関係であれ愛を産む。長く生きてもまだ学ぶとは」


「後であんたも殺してやる……私の手で……」


 口が動かなくなると同時に、天高く飛び上がった。これ以上、吸血鬼の呪縛も、奏斗も、何も見たくなかった。

 誰も追って来ないのか――それだけが今、心を蝕んでいる。後ろを振り向くと、私と七海たちがいた場所は、もう火の海だった。奏斗の術、純粋な炎。だけど魔人化した今、どれだけの熱を発するかは、知らないし、知りたくもない。

 今は、この火が仲間たちにとって弔いになることを祈るしかない。ただ、私はこれからどう動けばいいのだろう――。


「どうしたら……終わるのよ……この地獄は……」


 第3小隊は、もう私しか残っていない。他の陽動部隊がどこにいるのかなんて、分かるはずもない。

 手が震える。止まらない。私は、自分が特別な人間だと思っていた。パパとママが病気で苦しむのを見て、怒り任せで軍に志願した。20歳で副隊長を任された私は、順当にいけば魔族を絶滅させ、将軍まで上り詰める――そんな未来を本気で信じていた。

 だけど。吸血鬼の圧倒的な存在。魔人化した人間の狂気。……悟った。人間なんて、どれも同じなのだ、と。


「魔王の……眼?」


 言霊が導くように、声が出た。そうだ、私にはまだやるべきことがある。

 それを見つけて任務を終えられれば――奏斗と一緒に、この地獄から抜け出せる。そうすれば、私はまだ特別な人間でいられる。

 

「お願い……出て……終わって……」


 私のやることは決まった。でも、すぐに見つかるわけじゃない。なら、この任務は最初からなかったことになる。

 誰かに頼れるわけじゃない。私が見つけないと意味がない。だって――私がやらないと意味がないのだから。


「何している!? お前がテロリストだな!」


 背後からの殺気に、グラディウスが反射的に動いた。剣で防ぐ音が響く。振り向くと、空に3人の少年がいた。学徒兵だ。

 この町の子供は侮れない。油断すれば、簡単に負ける。だけど――あなたたちは運がなかった。


「うざ……」


 もう散々、格上を見せつけられた。子供なのに、殺気だけは一人前だ。グラディウスを数基、彼らの背後へ回す。

 が、誰も気にせず矢を放ってくる。盾があるのに無鉄砲だ。狙いもぶれている。顔と身体が噛み合っていない。ただ力だけがある、実戦を知らない奴の動きだ。まるで、実戦を知らない兵士みたいだ。


「次で決めるぞ! フォーメーションきんぐだ――」


「で?」


 私はグラディウスを1基、横から突撃させた。3人は慌てて避ける。だが、連携なんて取れるはずもない。あっという間に陣形は崩れ、彼らはばらばらになった。

 それでも矢を放ち続ける。目の前のことしか見えていない。愚か者。

 その間に、私は背後へ3基のグラディウスを忍ばせていた。剣先に、小さな光が灯る。まだ、誰も気づかない。


 ――もういいや。一瞬の光線が3つ、首目掛けて飛ぶ。焼ける音はしなかった。防ぐことも、警戒することもできない首は、簡単に身体から離れた。3つの頭が、火の海へ落ちていく。

 ……何も感じなかった。


「時間なんかないのに……」


 さっき殺した男の顔が、もう思い出せない。そんなことより――探さないと。どこにあるかも分からない。グラディウスを手放すのも怖い。この火の中を飛び回るのも怖い。……できれば、何もせずに終わりたい。そんな考えが、頭から離れない。

 そのとき。炎に飲まれた死体の上で、何かが光った。黒と紫。見たことのない光。……光だ。考えるより先に、身体が動いた。どんな光でもいいから縋りたい。私は一気に急降下する。

 閃光に近づくほど、波紋みたいに、周囲の気配が広がる。火は幸いにも、ここまでは届いていない。

 そして、その先に見えた建物を見て理解した――……寺院。除霊の場所。なら、さっきの吸血鬼がいてもおかしくない。できることならはその首も持ち帰りたい。でも今は、“魔王の眼”が先だ。


「……これは、どっち?」


 刹那の光が謎のままならいい。だが罠だった場合はどうする。吸血鬼たちの本窟に踏み込むのは、圧倒的に不利だ。

 火が来ていないのも、おかしい。結界――あり得る。……それでも。


「お願い!」


 グラディウスから光線を撃つ。結界があるのなら! ――消えた。地面に届く前に、掻き消えた。


「なら!」


 寺院だって、他者を想う場所のはずだ。あのおいぼれ吸血鬼は怠惰を口にしていたくせに、実際は“支援”する形で私たちを追い詰めてきた。……なら。ここも、人を受け入れている可能性は高い。逃げ込むなら――山門。出入りしやすい。人も集まる。目にもつきやすい。

 そこしかない。私の落下位置は、そこに定める。


「ビンゴ……」


 町の輪郭が、はっきりしてくる。その中で、武装した男女が山門をくぐるのが見えた。……普通に入るのね。一瞬、安心しかけて――すぐに気づく……甘い。吸血鬼を、どこかで信じていた。

 見えないものを、いつまでも疑っていられない。なら――目撃情報のある“魔王の眼”を追う。私はグラディウスの上に立ち、そのまま寺院へ滑り込んだ。


「やっぱ人はいるものね……」


 入った瞬間、視界を奪われた。

 本堂。ただそこにあるだけで、周囲を押しのけてくる。屋根が二重に重なっている。……押さえつけられているみたいだ。

 その頂。紅い眼が、埋め込まれている。吸血鬼の眼みたいに。木造のはずなのに、傷1つない。時間だけが、ここを避けて流れているみたいだ。

 ……これが、魔族のものでなければ。見て回りたい。そう思ってしまった自分が、ひどく惜しい。


「あの中に……急ぎましょう」


 この辺りで光ったのは間違いない。でも、どこかまでは分からない。

 屋根を貫くほどの光だったなら、建物の中も探すしかない。“魔王の眼”――魔王がいるとすれば、きっと一番立派な場所だ。今はその先入観に賭ける。ダメなら、別の場所を探す。それでいい。


「えと……憲兵さん?」


 人がいる。軍服の少年少女。武器だけ握っているやつもいれば、何も持っていない奴もいる。どいつもこいつも本堂の前に、並んでいる。

 誰も動こうとしない。誰かに任せきりとは違う。日常が壊されていると、まだ分かってない顔だ――なら壊してあげる。私の邪魔をしないように、今ここで。

色々あって時間空きました。しばらく投稿は続ける予定です、

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