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罪と罰――これが人間の性

「ナイスアシストだ、海夏。おかげですぐに片付いたな」


 奏斗は息を整えながら笑顔を見せた。その表情は軽やかだが、剣の刃には返り血がまだ滴っていた。


「私も驚いたわよ。真ん中の天狗が落ちたのに気づくのが早かったから、私のグラディウスで撃ち抜いたけど……あと少し遅れてたら、挟み撃ちで死んでたのよ」


「お前の判断はいつも早いだろう? だから俺が一瞬でも隙を作れば、お前があれらを壊せると思ったわけ――これですぐにみんなのところに行けるな」


 奏斗は血を拭うことなく剣を鞘に納め、そのまま駆け出した。私を置いていかないでよ……色々、問いただしてやりたいんだから。

 いい感じに話をまとめてるけど、結局2体仕留めたのは私よ。聞かせてくれるわよね? あなたのわがまま、聞いてやったんだから。

 

「ところで、あの剣は何? あそこまでマナを帯びられるなんて、聞いてないんだけど」


 本当は戦場での私語は控えるべき。でも、胸に引っかかったまま戦うほうが無理だ。それに――私がいなければ、奏斗は油断して死んでいそうだし。

 奏斗の速度に追いつきながら話すのは正直きつい。それでも七海たちの元へ、早く戻らなければならない。

 

「やっぱ気になるよなー。俺も詳しくは聞いてないんだけどさ……なんでも、吸血鬼の牙を加工して作ったらしい。ほら、あいつら噛んでマナ吸うだろ? それを応用して、より強い力を引き出せるようにしたとか」


「吸血鬼? あの種族が自分たちのパーツを提供するとは思えないんだけど……」


 吸血鬼の冷たい瞳を思い出す。あいつらは誇り高い種族だ。牙や眼は、その誇りそのもの。捕虜になれば、自分で壊してでも守る。そんな連中が、人間に牙を渡す? あり得ない。

 

「俺も疑問には思った。だが、くれたのがあの“ドクター檸檬”だ。無理やり捕まえて使っているんだろう」


 奏斗の口から出た“ドクター檸檬”。数多くのアサルトを生み出してきた、正体不明の技術者だ。連絡は直属の部下を通すのみ。顔も声も、年齢も性別も知られていない。一説には――将軍、あるいは次期将軍だとも言われている。

 私はドクターの正体に、さほど興味はない。奏斗は西郷信者ということもあって、次期将軍候補と噂されるドクターに、どこか敵対心を抱いているようだ。それでも――私も奏斗も分かっている。今まで数々の功績を上げてきたのは事実であり、今回の“吸血鬼の剣”も含め、私たちの知らない場所で戦い、支えてくれている存在だということを。

 だから警戒はする。それでも――ドクターが味方であることは、疑っていない。


「そうね……なら捕まえた吸血鬼の眼も使ってみたいわ。だってあの眼は――」


「すまないが私語は終わりだ。先が騒がしくなってきた」


 奏斗の声が、刃のように鋭さを帯びる。耳を澄ませば、何かが砕け散る音と、地面を揺らす重い衝撃が、こちらへ近づいてきていた。


「……了解」


 なんで奏斗に注意されなきゃいけないのよ。正しいのは分かってるけど。ろくに説明もしないから、わざわざ時間作ったのに。それに――いつも無駄口叩いてるのはあんたでしょうが。

 ……しょうがない。早く合流して、落ち着いたらきっちり問い詰めてやる。


「そろそろか……やけに騒がしいな。対策が早いこった!」


「このまま突っ込むのは得策じゃないわ。ひとまず屋根に上って状況を見ましょう。奇襲も狙える」


 奏斗は軽く親指を立てただけで、もう前を向いていた。グラディウスを足場にして、民家の屋根へ跳び上がる。辺りを見渡した。この辺りから店の看板は姿を消し、代わりに人の暮らしの匂いが濃くなっていく。町の中心が近い。なんとなくだけど。


「しっかし毒島の霧があるだろうに、よくうるさくできるな。そんなことしたら余計毒が回りそうだが」


「もしかしたら毒島は機能停止になってたりね」


「冗談でもそういうのはよせ。一線を考えろ」


「はいはい。そろそろ着くわよ。気を引き締めて」

 

 私たちは屋根を駆け、騒音のする方へ向かった。その方向は、七海たちが向かった先でもある。近づくにつれ、集団が何かを囲んでいる様子がはっきりしてきた。中心で何が起きているのかは見えない。

 だが――五味あたりがハンマーを振るい、もぐら叩きみたいに民衆を叩き潰している。そんな光景が、頭に浮かんでいた。

 

「おまえらあああああああああああ!」


 ほら、五味の叫び声だ。今、何してるのよ。もう追いついちゃったじゃない。私たちが手伝ってあげるから、ちょっと待ってなさい。いま向か――。


「死ね軍人! 俺たちの町壊しやがって!」


「おい! デカいの押さえろ! そんなとこで死体で破廉恥するんじゃなくて!」


「よっし! 首取れた!」


 現実なの、それとも幻――? 目に飛び込んできたのは、五味だった。腹から何かが飛び出している。血の涙を流しながら――それでも、半分になった自慢のハンマーを振るい、必死に抵抗を続けていた。

 複数の男に囲まれている。その中の一人が、何かを掲げている。球体のようなものを唇に当てている。そこから垂れる髪の長さで――理解してしまった。七海だ。

 その近くでは、何人もの人間が槍を高く掲げていた。穂先に刺さっているのは――砂雪と毒島だった。四肢も胴も、ばらばらに分けられている。それを、人と呼ぶことはできなかった。


「おい……嘘だろ……」


「奏斗! 向かうわよ! 今すぐ! 生きてるのは五味だけよ! 置いていけない!」


 甘っちょろい隊長じゃ、この光景には耐えられない。私だって、心の奥では逃げ出したい。でも今は戦わなきゃ。ボロボロでも、五味がまだ立っているのだから。今、私が奏斗を動かすんだ。隊長である彼を――絶対に守らないと。

 

「海夏……俺……」


「大丈夫! 心臓はあるでしょ!」


 待ってて、五味。すぐ行くから。あと少し、頑張れ。だけど――私の足は動かなかった。正確には、膝から下。筋肉が硬直して、どうしても力が入らない。


「なんでよ!? なんでこんなときに! 怖くないでしょ! 私に怖いものなんかないじゃない!」


「……どうだい。お仲間たちの“職場での活躍”。ちゃーんと人の役に立ててるじゃないか!」


 背後から、ぞっとするほど強い気配が走った。体が勝手にそちらを向く。見えない手で顔を掴まれたみたいに。私がいる屋根の穴の隣に、黒い和服の老人が立っていた。マントまで羽織っている。

 ……その姿だけで、背筋が冷えた。


「ひどいことをするよな、お主ら。正体には興味はない。だが、生きてるワシらに危害を加えた――覚悟はできておるな?」


 煙草をふかしながら、老人は呆れたように言った。何者? ただ立っているだけなのに、空気が重い。


「あんた……一体何者? 強そうにしてるくせに、どうしてあそこには近づかないの? 本当は、格好だけで威圧してるんじゃないの?」


「ワシはやるべきことはやった。だから高見の見物をしておったのだがな。お主らがワシの上に来たもんだからな。運のツキってやつだ」


 ……まさか。七海たちをやったの、こいつ? 胃の奥が冷たくなる。ダメ。落ち着け。私が崩れたら終わる。奏斗が回復するまで、時間を稼ぐしかない。


「なら、ここで戦う? 数の差なら、十分ひっくり返せると思うけど」


「本音を言えば、ワシは高みの見物が好きでな……それに、その小僧。あの様子じゃ、今は足手まといじゃろう?」


「高みの見物が好き? なら、ここで見てなさい! 私たちが勝つのを!」


 今がチャンスだ。向こうは気を取られている。反射でグラディウスを起動した。一直線にビームを放つ。この距離、この速度なら当たる。そう信じて、私は引き金を引いた。

 

「ふんっ! くだらん」


 老人が鼻で笑った。次の瞬間。光線が、そいつに届く前に――弾けた。空中で分散し、霧のように消えていく。

 

「な……!?」


 何が起こったの!? ありえない。グラディウスが弾かれた? そいつは片手に煙草。もう片方の手は着物の裾の中。……動いていない。


「どうだい? これを見て、まだ戦えるつもりか?」

 

 その顔を見て、やっと気づいた。口が裂けるみたいに笑っている。その奥に――牙。そして、赤い瞳。間違いない、吸血鬼だ。

 

「あんた……卑怯ね……吸血鬼だって、最初から言ってくれればよかったのに」


「何故、わざわざ名乗る必要がある? ワシはこの辺りでは有名な坊さんだぞ。この町に来る常識人なら、皆ワシの顔を知った上で来る」


「……そっか。だから、ね……だから……」


 色々と合致した。なんで七海たちが無残にも敗北したのか。こいつ1人で逆転するなどとは思ってなかった。だけど吸血鬼が持つ紅い眼――紅穢眼紅穢眼(こうえがん)

 マナを見る目。呪いや悪意で濁ったマナを見つけると、あいつらは牙を立てて吸い上げる。それを――除霊と呼ぶ。寺院を構え、住職を名乗る。皮肉なことに、やってること自体は間違っていないのが厄介だ。

 さらに奴らは、大気中に漂うマナをある程度操ることもできる。知らぬ間に足を縛り、質量を与えて打撃に変え、逃げ場を奪う。――血を吸う化け物でありながら、祓う側を名乗る存在。こんなもの、厄介でないはずがない。


「これなら今は……」

 

 ……このままじゃ死ぬ。吸血鬼に動きを封じられ、民衆にリンチされる。そんな結末は、考えるまでもない。今は奏斗を。できるなら五味も連れて。この場から離れる。それしかない。


「いーや! もう逃げられんよ。主は切り札を見せた、それが敗因であり……死因だ」


 グラディウスを起動しようとした。……動かない。指が。腕が。足が。まるで見えない鎖で縛られたみたいに――動かない。


「ここまで来れば……この場の勝者は、ワシというわけじゃな」


「動け……! お願い、動いて……!」


「その程度で動くと思うてか。ワシが何年、この世を見てきたと思う? 質も、力も――お主らの想像の外じゃ」


「ハァ……ハァ……奏斗……」


 ……これか。七海たちがやられた理由。こんなの、突然受けたら――どうしようもない。私は動けない。ただ睨むことしかできない。グラディウスたちも沈黙したまま。吸血鬼は、もう笑っていない。感情の消えた目で、こちらを見ていた。


「だがな。お主はワシに刃を向けた……その無礼に報い、直々に――呪い殺してやろう」


「そんなこと……! あんたたちは、呪いを“祓う”だけじゃない!」


「ほう……? 『呪いを祓える』ということは、『呪いの仕組みを知っておる』ということじゃ。そこまで考えが回らんとは……なるほど、学とは便利なものよ」


 私が……? 魔族ごときに。術でも。知識でも負けた?

 こんな屈辱、ある? 散々偉そうなことを言ってきたのに――結末がこれ? このまま。動けないまま。苦しみながら殺される? ……それだけは嫌だ。


「ハァハァ……海夏……俺……」


「なんだ小僧……まだ生きとったか。ワシはな、好物は後に残す。だから先に――お前だ。喋ることしかできん、田舎のカエルには目もくれん」


 奏斗が先に死ぬ……? 私のミスのせいで? 最低だ。奏斗には死んでほしくない。それなのに――自分の寿命が延びたことに、ほっとしてしまった。そんな自分が、どうしようもなく嫌いだった。


「こんなものか……この程度の黒いマナなら十分だ。苦痛に耐えきれず漏れ出る自分の声が、それをさらに増幅させる。やがて人は声そのものを憎み、最後には自らの手で喉を掻きむしって死ぬ。自己主張のための声を憎む人間など――発情期を拒む雄猿と大差ない」


 手のひらから黒いマナが弾けた。球体となり、一直線に――奏斗へ吸い込まれていく。


「が゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!」


「ほら、もがけ。苦しめ。そうすれば地獄のお偉いさんも、多少は罪を軽く見てくれるだろう」


 私は見ていることしかできない。奏斗の身体の中で、黒いものが渦を巻いている。何の練習もなく呪いを解けるわけがない。気づけば、奏斗の目から白が消えていた。ただの黒一色。その黒が渦となり、呼吸するみたいに脈打っている。これが――除霊を生業にする者の呪い。


「お主は……そうだな。少しばかり、ご褒美をやるとしよう」


 抵抗できないと分かっているくせに、そいつは距離を詰めてきた。マスクを外される。冷たい空気が肺に流れ込む。呼吸は楽になった――それだけ。

 赤い眼が、値踏みするように私をなぞる。次の瞬間。そいつは自分の親指を噛んだ。そして口元に血を滲ませたまま――私の唇を塞いできた。


「んっ……!?」


「ふはぁ……いい反応だ。吸血鬼の血はマナとよく絡む。血を使えばな……相手を呪うことも、身体の内側から縛ることもできる。そのまま――自分が壊れていくのを、最後まで味わえ」


 すぐ離れたのに、唇に嫌な感触が残る。ぞっとする。私は、そういうことに興味なんてない。そう思っていた。でも――勝手に奪われた。それだけで、頭の奥が焼ける。

 向こうは浮かれているが、こちらにはまだ抵抗する手段がある。冷静になれ。感情ではなく、自らの意思を――呪ってやる。


「ああ……ああ……」


「ごめんね奏斗……あと少しだけ……」


 奏斗の声が、さっきより弱い。かすれている。でも、まだ終わらせられる。その時まで、耐えて。


「ぁぁ……ああああああああああ!!」


「なんだ、急に。意味もなく叫ぶのは人間のやることではないぞ!」


 奏斗が叫んだ瞬間。内側から黒いマナが噴き出した。さっきは身体に絡みつくように渦を巻いていたそれが、今度は奏斗を中心に――空気ごと引きずり込むように蠢き始める。


「初めてだな、この反応は……なるほど、主は直接呪われる方が好みだったか。ずいぶんと、子供じみた訴え方をする」


 奏斗の身に、何が起きている? 呪いって、もっと――じわじわ蝕むものじゃないの? でもこれは違う。渦が膨れ上がっていく。

 ……まさか、爆発するの? 爆発するなら逃げるべき。でも――奏斗は置いていけない。そもそも動け……いや。動ける。気づけば、足が動いていた。それでも、奏斗を置いて逃げるなんてできない。

 どうすればいい……。なんで奏斗が、こんな目に遭わなきゃいけないの?


「……じれったいな。いい加減、姿を現せ」


 吸血鬼が舌打ちした。半透明の杭のようなものを二つ生み出すと、それを渦に向かって放つ。突き刺さった瞬間、渦が呻いた。勢いが落ちる。黒い流れが薄れていく。そして――。


「なにその姿……あなたどうして……」


「ほー……珍しい……」


 渦が消えて、奏斗の姿が見えた。思わず息を止める。さっきと違う。苦しんでいる様子はない。でも――表情が読めない。上半身は裸だった。

 黒い渦は消えていない。身体の表面に貼りついている。まるで入れ墨みたいに。顔にまで――広がっている。

 でも。今だ。私はグラディウスを展開した。1つは盾。

もう1つは――武器。放たれたビームが、吸血鬼の足を撃ち抜いた。

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