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罪と罰――俺たちが正義だ

「ザ……ザッ……こちら――」


「……ッ!? はい!こちら第3小隊!どうぞ!」


 静まり返った飛行船に、突然ノイズ混じりの声が響いた。隊長の、やけに甘ったるい大声だ。


「おい隊長さんよぉ……俺らこれから世界の行方を決める戦いに向かってんだ……きたねぇ音でビックリさせないでくれよぉ!?」


 全身入れ墨だらけの男――五味が勢いよく立ち上がる。その衝撃で飛行船が一瞬ぐらついた。……その肉、少しは頭に回せばいいのに。


「あはは! すまんすまん! でもこれでちょっとは緊張が……」


「奏斗、通信中よ。喋ってる暇があるなら早く要件済まして」


「そう怒るなって!」


 ……やれやれ。元気だけはある。でも隊長の素質はまるでない男――奏斗。上の命令とはいえ、早くその席を私に譲ってほしいものね。

 

「すみませんお待たせしました! どうぞ!」


 五味はまだ肩で息をしている。奏斗はそれを宥める気もなく、ようやくイヤホンをつけた。……お願いだから、伝達事項があるなら早くしてほしい。

 それより問題は――さっきのノイズだ。集中が完全に切れた。周りでは鼻息や念仏が混ざって聞こえる。……瞑想どころじゃない。最悪。


「大丈夫ですか、海夏さん? 良かったら……飴でも入ります?」


「……ふっ、いただくわ。ありがと」


 隣の七海が小さく飴を差し出してきた。私が機嫌を悪くしたのを察したらしい。彼女はまだ酒も飲めない年齢だ。それでもこの部隊の医療を任されるほど腕がいい。それに、この部隊が喧嘩ばかりなのに、最後的にうまく回るのは――だいたい彼女のおかげだ。

 ……どうしてこんな子が、戦場にいるのか。ずっと疑問だけど。


「やれやれ……任務中だっていうのに、ずーいぶん呑気じゃないですか。これだから女は」


 このまま少しは静かになると思ったのに。横から余計な声が刺さった。思わず舐めていた飴を噛み砕く。


「別にいいじゃない、このくらい。誰からも相手にされないからって、私たちの邪魔しないでくれる?」


「ダメに決まってるじゃないですか!? こんな尊くてやりがいのある任務を遠足気分で行うなんて……今からでもいいから唱えるんですよ、脛荒様に向かって。観念でも称名でも、脛荒様に送るのならどんな念仏でも――」


 ……しまった。いつものが始まった。この男――砂雪豹雨は、やたら規律にうるさい。それに自分の信仰する神――世界最古の神とか言われている脛荒を、ことあるごとに持ち出してくる。話に急ブレーキをかけるのが得意だ。

 ……公私を混ぜているのはどっちだ。


「こうなってしまったら仕方ないので……私たちは……ちょっとだけ、お茶会でも続けますか?」


 七海が引きつった笑顔で私を見た。なぜそんな顔をしているのかは、深く聞かない。そのほうが私も嬉しいから。


「毒島さんも……! よかったらどうですか?」


 七海が声をかけた先には、毒島。私たち6人の中で一番静かな男だ。誘えば来るが、自分からは寄ってこない。……何を考えているのか分からない男だ。

 

「いえ……結構です……すみません……」


 思わず口元が緩んで、少し舌が出た。毒島が断るなんて珍しい。どうしたんだろう。改めてよく見ると様子がおかしい。体が小刻みに揺れている。しかも口で呼吸しているのに、それに気づいていない。……緊張してるのか。

 肩の力が抜けた。彼に呆れたわけじゃない。気づかなかった自分にだ。今回の作戦で、毒島の役割はかなり重い。失敗は許されない。そんな状態で、飴なんて喉を通るわけがない。

 

「ねぇ……毒じ……」


「はい! この任務――大佐の名に恥じぬ結果を、必ず持ち帰ります!」


 毒島に歩み寄ろうとした瞬間、また奏斗の声が飛行船に響いた。……またか。しかも今回は、完全に私のタイミングを潰した。毒島の方へ向かおうとした足を、どうにか止める。

 

「奏斗! なんであなたはいつも大声出すの!? お願いだから人間から出て行ってくれない!?」


「すまん……ちょっと熱い展開があってだな……これからミーティング始めるから、その時に言い訳でもなんでも聞いてくれ」


 いつも自信満々の背中。でも今は、少しだけ丸く見えた。……一応、反省してるみたいね。今回は見逃してあげるわ。まったく……。

 

「なら早く始めましょう。あなたを叱る時間も確保しないといけないのだから」


「それは勘弁してもらいたいな。隊長は俺なんだから!」


 迷いのない声だった。奏斗は隊員たちに席へ戻るよう手を振る。やけに生き生きしている。……罪悪感はもうどこかへ捨ててきたらしい。さっき受け取ったものは、叩き割っておいた方が良さそうね。

 全員が席に戻ったのを見て、奏斗は軽く咳払いした。


「よし、まずは簡易確認だ。目的地は双手魔双手魔(そうしゅま)区。任務はただ一つ――“魔王の眼”を奪取する」


 任務が改めて口にされた瞬間、自然と目に力が入る。奏斗の機械みたいな説明を聞きながら、ふと思った。他の連中は、どんな気持ちでここにいるのだろう。……まあ、私はベストを尽くすだけ。


「”魔王の眼”ね……」


 噂には聞いたことがある。かつてこの地に侵略した魔王が、死に際に残したとされる石化した眼。その眼を見た者は一生もがき苦しむとか、人格を乗っ取られるとか――どれもくだらない都市伝説だ。……もっとも、魔族の連中は本気で信じているらしいが。

 正直、そんな怪しいもののために戦力を割くのはもったいない気もする。けれど、魔族を討伐する理由にできるのなら――それでいい。

 

「双手魔区自体は、ありふれた街。以上でも以下でもない。……ただし一箇所だけ、我々が許してはいけないものがある――――魔族と人類が、初めて“共存”を選んだ場所だ」


 奏斗の言葉に、隊員たちの顔が引き締まる。まるで、恨まれていることも知らずに笑っている敵を見つけたみたいだった。……やっと様になってきたじゃない。


「クッソ……! ほんっとうに気に食わねぇ……」


「……呼吸を整えろ、五味。君が魔族を憎む理由は理解している。だからこそ我々の手で調子に乗った汚種族を排除する、だろ?」


 魔族の話になると、五味は決まってこうなる。最初は真剣に聞いているのに、気づけば沸点だ。それを見越して、奏斗が先に動く。今回は肩に手まで置いている。……あれは私には無理。奏斗だからできる。


「お……おう……! やって、やってやるぜ、隊長!」


「その意気だ! 今回の任務期待してるぜ!」


「ですが……五味君が活躍するビジョンは見えませんが。何せ双手魔区の中学ですら学校対抗戦ベスト8という“輝かしい実績”がありますから」


「てめぇ砂雪! 俺が中学生より弱ェてことか!? 俺の山をも動かすこの力とハンマーがあるってのに!?」


 ……しまった。砂雪は本当に空気を読まない。機嫌を取れば済む話なのに。反省は後。とりあえず奏斗のフォローに回ろう。このままだと本当に殺し合いになる。


「落ち着いて五味。砂雪の言ってること、全部が間違いってわけじゃない」


「おめぇも……俺を否定するのか……!?」


「そうじゃないの……えーと……向こうは飛び道具の“アサルト”を使って結果を出してるの」


「アサルト如きで俺の身体が抜けるかよ!」


 ……ダメだ。完全に興奮してる。奏斗は砂雪に説教中。何が悪かったのか説明してる。……何度目だろう。仕方ない。今回は私が止めるしかない。


「いい五味、よく聞いて。人間の生命力――マナを増幅する装置がアサルト。そこまではいいわね?」


「なんでそんなガキでも分かる話するんだ? てめぇもか、舐めてんのは!」


「そうじゃなくて……“塵も積もれば山となる”って古語があるでしょ?」


「は?」


「たとえば頭にシラミが一匹いても大したことない。でもそれが数十匹、数百匹になったら?」


「……それが俺とどう関係あるんだ?」


「双手魔区にいるシラミどもが、狙撃型のアサルト持って数百匹いたら? あなた自慢の筋肉だって貫かれてもおかしくないでしょ。古語の通りなら」


 ……私、今なに言ってるんだろ。奏斗なら、もっとストレートに褒めてただろうに。

 それにしても、さっきより静かね。なに? 私の言葉待ってるの? ……なら続けるしかないか。


「だから相手を舐めて暴れてるだけじゃ勝てない。力を示したいなら、まず頭を冷やして」


「……」


 なんか言いなさいよ。お願いだから早く終わらせて……。慣れないことしたせいで頭がくらくらしてるの。

 

「お前……まともに説教できるんだな……いつもは上から目線の指導者ごっこだったろうに」


 ……一発殴りたくなった。怒ってたあんたを説得したのに、なんでその怒りを私にぶつけるのよ。……言ったら面倒だから黙っておくけど。

 

「そうね……説教って思うなら、ちゃんと反省……できるわよね?」


「ふっ! 悪かったな海夏! まさかお前から学ぶことがあるとは! 安心しろ! シラミどもは抹殺してやるからな!」


「頑張ってね。私も協力してあげるから」


「そっちも終わったようだな」


 気づいたら、奏斗たちの話ももう終わっていたらしい。そして他の隊員の視線が、一斉にこっちへ集まっていた。……恥ずかしいことした。もうやらない。とりあえず席に戻ろう。七海も、何か言いたげな顔でこっちを見ているし。


「お疲れ様です。珍しいですね、海夏さんが優しく教えるなんて」


「ただの気まぐれよ。それより奏斗、さっきの続きを」


 このまま私の話題になるのは避けないと。奏斗も、さっきからずっとこっちの様子をうかがっているし。

 

「よし! 皆落ち着いたな! では続きとして……」


 一段落ついた奏斗は、自分の頬を軽く叩いた。曖昧さを振り払うように視線を据える。


「この国は、学区ごとに分かれ、未成年のうちから集団行動と戦闘力を叩き込まれる。その中でも双手魔区は突出している。学校別対抗戦の成績が、それを証明している。おそらく憲兵や学徒兵の練度も上澄みだろう。我々の任務にとって、無視できない障害になる」


 奏斗が言っていることは、残念ながら事実だろう。あいつら如きに苦戦を強いられるのは耐えがたい現実だ。皆も同じ気持ちだと信じたい。


「だからこそだ。我々が、本当の集団戦を教えてやる。“”を奪取し、忌まわしき魔族どもに生きる意味そのものを叩き潰してやるのだ!」


「おおう!」


 奏斗は、人を鼓舞することに長けている。五味は声を張り上げ、自らを奮い立たせていた。

 それだけではない。声を上げていない者の表情にも、抑えきれない高揚が滲んでいる。そしてそれは、私自身も例外ではなかった。

 

「では次に段取りだ。我々は現在、双手魔区へ向けて移動中だ。現地にはすでに待機中の他部隊がいる。我々の飛行船が指定ラインを越えた瞬間、彼らが双手魔区周辺にマナ障壁を展開する。これにより、目標を双手魔区内部に封じ込める」


「目標を閉じ込めるって……“魔王の眼”は石像じゃなかったのかよ?」


 五味が奏斗の説明を遮った。しかも質問内容は、周知の内容の……はずのものだ。どうやら彼は、調査書――デジタルで配布されたものにしっかり目を通していないらしい。だけどここで小言を言えば、さっきの二の舞だ。ここは奏斗に任せよう。

 

「一応知らせていたつもりだったけど……“”は確かに双手魔区内に存在する。ただし、一箇所に固定されているわけじゃない。気づけば、区内の各所で発見されている。現在の確認例はすべて双手魔区内だが、区外へ出るのを防ぐために障壁を展開する。これで分かったか?」


「あー……そんな感じの配布されてたなぁ……見ようと思ったらハンマーで粉々にしちまったわ」


「ならよかった! でも次はちゃんと見ていくように」


 ……今、さりげなく備品を壊したことを白状しなかった?そこを問い詰めようとしたけど、奏斗が丸く収めたのを掘り返すのは野暮というものだ。黙っておこう。


「内容を戻そう。現地の双手魔区には、すでに複数の部隊が展開している。“”を捜索する探索班。そして外部と内部の情報を管理する情報班だ。そしてこれから向かっている我々を含む多くの部隊の役割は、探索班が“眼”を探す時間を少しでも長く稼ぐことだ。――我々は敵の注意を引きつける役割、いわば陽動を担う」


 冗長な説明を終えた奏斗は、脇に置いてあった水筒を手に取り、一気に口をつけた。……やっぱり奏斗は、頭脳派というより肉体派よね。だからこそ、指示役で縛られるより自由に動き回ってほしいと思うんだけど。

 

「陽動は危険が伴う。だからこそ被害を最小限に抑える手段が必要になる」


 奏斗の視線が、一人の隊員へ向いた。


「ここで重要なのは、毒島――君の“毒ガス”だ」

 

 普段なら決して拒まない毒島が、今回は首を縦に振らなかった。その理由は、私にもある程度察しがついている。この作戦において、彼は要となる存在だ。毒島は、周囲一帯に“毒ガス”を散布する術を持っている。対策そのものは、決して難しくない。だが、ただ日常を営んでいるだけの双手魔区の人間が、無差別に放たれる毒ガスにどれほど対処できるというのか。

 不特定多数を一度に無力化し、数の力を封じるための手段。それが、この作戦の切り札であることは理解している――それと同時に、私には痛いほど分かっていた。毒島が背負う責務は、あまりにも大きい。


「はぁ……すみません……やれるだけ……やってみます……失敗したら……すみません……」


「少しは胸を張れ。これまで、お前が前に出て結果を出してきた場面を、俺たちは何度も見てきた。万が一失敗しても、そのときは俺たちが引き受ける。だから――失敗を恐れるな。全力でぶちかませ!」


「いつも、そういうこと言いますよね……まぁ……やりますよ……せいぜい、ゴミ程度には……」


「お前な! それじゃあ、まるで俺が普段サボってるみたいじゃねぇか!」


 これは毒島の言葉選びにも問題があるとはいえ、五味の思い込みも酷すぎる。今日で何度目よ、このやり取り。……流石にこれは奏斗に任せよう。私の手には負えない。


「隊長さん、もうすぐ到着します」


「分かった。じゃあみんな、降下までの時間、覚悟や祈りでもしておいてくれ」


 どうやら色々と茶番をしているうちに、目的地が目に見える距離まで来てしまったらしい。せっかくお茶会が始まりそうだったのに。中途半端で終わるくらいなら、帰ってからのお楽しみにでもしておこう。――と、そこでさっき気になっていたことが、ふと頭をよぎった。

 些細なことだけど、気になったままでは任務に集中できないのも嫌だ。奏斗も今はそこまで忙しくなさそうだし。

 

「ねぇ奏斗……聞きたいことがあるんだけど」


「なんだよ聞きたいことって」


「さっき、馬鹿みたいに楽しそうだったけど。通信で何話してたの? 教えてくれるんでしょ?」


「ああ、さっきのか。実はな……あの西郷大佐から直接伝達されたんだぞ!」


 西郷大佐。度重なる魔族の反乱を、何度も一人で抑え込んだ男。そして今回の作戦の立案者でもある。その実績から憧れる者も少なくない。……現に、目の前にもいる。


「西郷大佐……ねぇ……」


「まさか、俺みたいな駆け出しの隊長に時間を割いてくれるとはな……もしかしてお前も話したかったのか? なら謝ま……」


「別に。特に話すことはないわ」


「冷めてるな相変わらず……いいか? お前がぜんっぜん知らないだけで、西郷大佐はこの世界をよりよい方向に導くため、様々な作戦を立案してるんだぞ! もしかしたら次の将軍は観世じゃなくてあのひ――」


「隊長さーん! つきますよー!」


  ……少し、奏斗に悪いことをしたかも。明らかに顔から笑みが消えたから。でも作戦が始まるなら仕方ない。全員が降下するため、扉の前へと横一列に並び始めた。

 

 

「それじゃ……最後に。みんな死ぬなよ。俺たちには、まだやるべきことがあるからな!」


「おう! 任せろ!」


「頑張ります。みんなが元気で帰れるように」


「ふん! 足引っ張らないでくださいよ。僕には脛荒様への祈りがまだ足りてないんですから」


「ちゃんとします……すみません……」

 

 皆が奏斗の後に続く。しばらくは、こうして気ままに言葉を交わすこともできなくなるだろう。だからだろうか。溜め込んでいたものを吐き出すみたいに、みんな口を動かしていた。……もっとも、私は特に言うことない。

 ただ、今日一日皆と過ごして知った性格や好みが、次々と頭に浮かんでくる。もしかすると――今日で最後になるかもしれないから。無意識に、刻みつけようとしているのかもしれない。……バカみたい。そんな乙女じみた理由を考えるなんて、私らしくもない。


「海夏、お前はないのか? 意気込みとか」


「特にないわ。私は普段通りにやるから」


「なら……みんなでスローガンでも言うか!」


「は!? どういう理屈よそれ! いやよ、あんな恥ずかしいの!」


「そう言うなよ。行くぞ、俺たちのスローガン!」


「あーもう!」


 ――御代再び、凶徒清浄、素晴らしき世界のために! ……本当に恥ずかしい。そんなこと言ったって何も変わらないのに。でも――これでよかったのかもしれない。この胸に溜まった怒りも、全部あいつらにぶつければいい。


「扉開きます!」


 扉が開いた瞬間、強い風が船内に吹き込んできた。足元の遥か下に、双手魔区の街が広がっている。


「降下開始!」

 

 奏斗が降下の合図を出した。ようやくね。ようやく作戦決行の刻が来た。待ってなさい、魔族ども。あんたたちを追い出すまでは――私は死ねない。そう決意して、私たちは大地へ向かって飛行船を飛び出した。

 

 ――

 パラシュートは、何回やっても慣れない。風に身体を攫われ、思考まで吹き飛ばされるあの不安定な時間。地面に衝撃が走った瞬間、ようやく現実に引き戻される。私にとってそれは――吐き気を覚えるほどの「無事」を意味していた。

 

「みんなは……無事についてるな……マスクはちゃんと着けてるな!」


 周囲のことなどお構いなしに響く奏斗の声。心配性というのは考え物ね。そんなところまで気が回るあたり、奏斗らしいといえばらしいけど。

 

「なんだ急に?」


「映画の撮影?」


「待って! 血が……」


 耳の奥がむず痒く疼いた。それでようやく、自分が注目を集めているのだと気づく。困惑した声があちこちから漏れていた。普通は人が発していると思う。いや、思いたいが――正体は、人の形をした何か。角が生えている。肌には禍々しい痣。それでも服を着ている。牛が、服を着ている。

 背筋が冷える……そんなわけないじゃない。壊したい。人間の顔じゃない。なのに能天気に日常を生きている。

 そう思ってしまった自分に、遅れて気づく。――本当に来てしまったようね。忌まわしき地、双手魔区に。


「いいじゃねぇか……やっと来たって感じだ」


「魔族……絶対に許さない」


「脛荒様が遺した、この歪み……! 天命を受けし僕が、成敗いたします!」


 誰もが、平静を装う余裕を失いかけていた。同じ空気を吸っているだけで、喉の奥がざらつく。当然よね――私も例外じゃない。

 

「唾でも飲み込め。毒島やれるな」


 奏斗は、いつも通りに見えた。少なくとも、声だけは。指示は冷静で、無駄がない。毒島も同じように、淡々と前に出る。彼が動き出すということは――私たちがしばらくここを離れられない、という合図だった。


「元核……術式……現霧現霧(げんむ)……」


 毒島が、怠そうにつぶやいた。次の瞬間、彼の周囲から煙が立ちのぼる。マスク越しでも、喉の奥がひくりとした。何度も体験しているのに、本当に体内に入っていないのか――そんな疑念が一瞬頭をよぎる。その瞬間、生きた心地がしなかった。

 

「おい……待て、これ……っ、喉が……っ」


「――ああああああああああああああ!」

 

 さっきまで笑っていた男ですら、あっけなく力を失った。それを合図にしたかのように、喉を絞る音があちこちで上がる。人々は次々と地面に崩れていった。これから何が起きるのか。それを知る前に終わったのだとしたら――。

 私は、それ以上考えなかった。考えても無駄なのだから。


「俺たちも後に続くぞ! 準備はいいか!」


 毒島だけでは、波及が追いつかない。未暴露の連中が逃げ出す前に、こちらで場を抑える必要がある。そうしないと、憲兵とか来たとき邪魔でしょ? 集中したいときに、ハエがたかってるみたいで。

 

「おっしゃ……! ついに来たぜ……俺が破壊して……やるぜ!」


 切り込んだのは五味だ。そうでなくては意味がない。2メートルを超える巨体。その全部が、この瞬間のためにある男だ。手に握ったハンマーはワイン樽ほどの大きさ。振るわれた瞬間、トラック程度なら玩具みたいに砕け散る。……正直、敵じゃなくても見惚れるわね。

 そのハンマーが、今日も魔族を次々と潰していく。抵抗した奴は目をつけられて――それで終わり。彼にとってハンマーを振るうのは、蚊を叩くのと同じなのだろう。凄まじい光景ではあるけど……私物は貸したくないわね。


「さぁて! 僕も! 亜空術式 愛吐愛吐(あいと)!」


 霧を抜けて、毒島へ突っ込んでくる奴らがいる。こういう、無駄に生命力だけ高い連中っているのよね。砂雪は、そいつらを止めるためここにいる。彼は脛荒とかいう神様と契約しているらしい。本当かどうかは知らない。

 ただ――呪文を唱えると魔法陣が浮かぶ。そしてそこから腕が飛び出す。それだけは事実だ。


「がはっ……やめろおおおおおおおおおお!」

 

 毒に耐えながら、それでも攻めてくる者もいる。本当にしぶとい。


「はぁ見苦しい……せいや!」


 情けない声と一緒に、魔法陣から腕が飛び出した。拳が振り抜かれて――敵は吹き飛ぶ。ちなみに腕だけじゃない。脚とか口とか、色々出るらしい。……見たくはないけど。

 

「あっはは! どうですか! この脛荒様の信徒……いや愛者に敵うものはいないでしょう!」


 少し調子に乗っているが、彼と脛荒はちゃんと毒島を守っている。毒で弱っているとはいえ、ヒョロい奴に殴り殺されるなんて――それはさすがに、気の毒。

 

「海夏、行け! 五味では追撃不能だ!」

 

 状況を詰めていたところで、奏斗の指示が飛んだ。……一応、隊長らしくね。

 でも言われたなら動かないと。“遠くにいる虫どもの始末”。意思を揃えないと、私のアサルト・グラディウスは動かない。少し時間はかかる。

 でも――一度動き出せば迷わない。徐々に、徐々に。刃がひとつずつ揺れて、宙に浮く。それが10本。


「お願いね」


 合図じゃない。ただの労い。私の代わりに飛び回ってくれる剣たちへの。

 

「クッソ! なんでこっちに! がはぁ!」


「ハァハァ……もう動けない……来ないで……」


「なんでこうも自由に動いてんだよ! 手に剣を! ……っ!?」


 “何で動くのか”、ね。空気には酸素と同じようにマナが混ざっている。それが前提。そして私とグラディウスを繋ぐのは、脳と――剣のチップ。マナを介して思考が伝わる。

 だから刃は、私の手になり足になる。10本のグラディウスは、私の手を離れても、ちゃんと凶器でいてくれる。ビームも撃てるし盾にもなる。移動にも使える。

 ちなみに、あれは周囲の音もある程度拾っている。だから私は質問に答えることができる。向こうには、届いていないけど。


「お前らにこんなものは必要ないんだあああああああ!!」


 さっきまでのぐちゃぐちゃした音は、いつの間にか消えていた。残っているのは、キーンと響く金属音だけ。どうやら私たち以外は、もう思考できないらしい。それでも暴れ足りない五味は、出店を叩き潰して鬱憤を晴らしていた。

 そういえば、なぜこの通りにはあれほど人が集まっていたのか。ずっと引っかかってはいたが、その答えを五味が無意識のうちに教えてくれていた。


「サンタは……もう来ないわね」


 今日は12月24日。昔はから“クリスマスイブ”って呼ばれていた日。任務ばかり気にしていて、そんなこと考えもしなかった。まあ、世間からずれているのは私たちの方だろうけど。

 ……それにしても。侵略してきた相手の土地で聖人を祝うなんて、どういう神経をしてるんだろうね。


「どうやらこの辺りにもう用はないな……そろそろ移動だ」


 たしかに、この場にいる理由はもうない。私たちは囮だ。派手に暴れて、憲兵の視線を全部引き受ける役。壊した量だけなら評価はされるだろうけど、それじゃ足りない。役目を果たさない囮なんて、ただの騒音と変わりないのだから。


「待ってください! ここに急接近する反応が3つあります!」


 回復要員であり、同時に周囲の監視も担う七海が叫んだ。武装した私たちに、わざわざ少人数で近づいてくる。殺されに来たのか。それとも、勝てるとでも思っているのか。どちらにせよ、普通の住民じゃないことだけは確かね。

 まあ――仕事を与えてくれるなら、喜んで引き受けてあげる。


「了解。でも、早くない? 私たちが着いてから、まだそこまで時間は経ってないはずだけど」


「そ……それが……Dマナの反応です……」


「それって……」


「はい……魔族が三体。しかも――Dマナ濃度が高い。上位種です」


 とうとう来たようね。思わず身体が震えた。恐怖じゃない。やっと――殺せる。

 けれど三体同時は、正直きつい。種によっては、こちらの体力を無駄に削ってくる。上位種相手なら、なおさらだ。


「3体か……」


「正直、面倒ね。どうする奏斗? 七海以外の5人、毒島の弱体化を使えば、こっちは楽に回れるけど……」


「いや……俺と海夏、2人で迎え撃つ」


「はい!?」

 

 ……は? ちょっと待って。5対3でこっちが有利なのに。わざわざ2人? ……どう考えても負担増えてるんだけど。


「奏斗!? 本気!?」


「ああ。本気だ。お前たちは先に商店街を真っすぐ抜けて中心部へ行け……指揮は七海。行けるな?」


「は、はい! 承知いたしました!」


「すぐに追いつく。移動中も毒島の霧を撒け。陽動としては、そのほうがいい」


「はい! ご武運を!」


 七海はぎこちない笑みで敬礼した。奏斗と――ついでに私にも。そして隊員を引き連れ、足早にこの場を去っていく。

 七海だけは常識ある子だと思っていたのに。……誰か一言、突っ込んでほしかった。それとも、隊長様を信じすぎ?


「よし、行くぞ」


「ちょっと、どういうこと!? 私の性格、分かってやってるでしょ!? 嫌がらせ!?」


「まあな。お前なら最後はなあなあで許すって分かってる」


「……それ、褒めてないわよね?」


「いいから見てろ。来るぞ――あれは間違いなく上位種だ」


 胸のむかむかを押し込める。今は戦闘に集中しろ。油断して死ぬ気はないし、怪我をする気もない。

 そして――気づいた。黒い影が、通りの奥から一直線に迫ってくる。距離が縮まる。羽。嘴。人の輪郭。……烏天狗だ。


「烏天狗か……戦いがいがある……!」


 冗談じゃないわよ。ただでさえ飛び回る相手なんて、私には余計な神経を使うだけで怠いのに。天狗の中でも、“魔王の血”を引く連中。少なくとも私は、戦いたくない。


「お前たち、これはどういうことだ! 民を、こんな無残な姿にするとは!」


 風をつかさどることに長けているだけあって、その声は耳の奥でしつこく振動していた。頭の中に、つむじ風ができたみたいだ。


「何とか言ったらどうなんだ!? その格好、貴様たちは軍人ではないのか! ならばなぜ、守るべき民に危害を加えた! 永久罪に問われるぞ!」

 

 このまま攻撃してくるのかと思ったが、違った。黒すぎて表情は読めない。それでも――選んだのは暴力じゃなく、会話だ。少なくとも理性は残っている。

 

「どうするの? 私はサポートしかしないから。言い出しっぺの隊長だし、3体まとめてお願いね」


 烏天狗が何か言っていたが、応じるつもりはない。そのまま無視して、こそっと相談した。それと私だって、やる気がないわけじゃない。ただ奏斗のせいで負担が増えたんだから、奏斗にはきっちり働いてもらう。少しくらい、辛い目を見てもらわないと。

 

「それで構わない。防御は頼んだぞ」


「そう。物分かりがいい隊長で助かるわ」


「ちょうど試したいアサルトがあるんでな。むしろ助かる!」


「……え?」


 こんな時に何ふざけたことを言っているの! そう突っ込みたかったが、もう遅かった。奏斗はすでに二本の剣を構えている。彼が握っているのは、どちらも同じ剣だ。眩しいほど白い刃。縁だけが、青白く脈動している。鍔には、翼をもつ獣の紋様。


「すぐに終わらせる。行くぞ!」

 

 彼は地面を蹴り、一直線に烏天狗の集団へ向かった。無謀すぎる。そんな直進、的になるだけ。まだ何も起きていない。だから怖い。どうせ攻撃を躱して、結局後退するのがオチ。全部無駄よ。

 念のためにグラディウスを忍ばせてはおくけど……それでも胸の奥が、奇妙なほど熱い。どうして?


「答える気はないようだな……東風、貝!」


「承知した、麦風殿! 今こそ、我ら三人衆!」


 グラディウスから断片的な情報が流れ込む。リーダー格らしい天狗――麦風の号令と同時に、正面と左右から一軒家を丸ごと包み込むほどの竜巻が3つ発生した。風にはマナが混じり、刃のような圧力を帯びている。視界を覆う暴力。それそのものだった。


「奏斗!」


 私が甘かった。グラディウスが1つだけでは、防風には足りない。咄嗟にもう1つ起動する。でも――間に合う保証はない。風圧で視界が揺れる。このまま竜巻に呑まれれば、肉片すら残らない。お願い、間に合って!

 だけど――それは杞憂だったと、すぐに悟る。旋回する風が裂けた。奏斗の剣が、竜巻を斬り割いていた。


「な!?」


 どういうこと!? こんな光景は見たことない。向こうの天狗たちも、同じように目を見開いていた。刃の縁に、天狗たちの竜巻が絡みつく。まるで吸い込まれるように渦を巻き、輝いている。

 マナを蓄積するアサルト型の剣なら、風を吸収することはある。でも――3人分の竜巻をそのまま取り込めば、普通は武器の方が砕ける。それを、この男は平然とやってのけていた。


「これは……一体……な……」


「麦風殿!」

 

 言葉を最後まで紡ぐ前に――奏斗の刃が閃いた。次の瞬間。リーダー格の天狗の首が、胴から離れていた。首が地面に転がってもなお、その口は意味を持たない動きを続けている。

 

「落ち着くのだ貝! 今ならあの小僧に!」


 たしかに奏斗は剣を振るった直後、隙はある。だけど、それはさせない。すでに2本のグラディウスが、奏斗の背後に潜ませてある。


「私たちの勝ちね」


 天狗たちは再び竜巻の準備に入った。だが手の中にあるのは、まだ渦を描くだけの未成形な風。完成には程遠い。その背後から――グラディウスのビームが閃いた。首を撃ち抜く。先ほどの天狗とは違い、首は焼け焦げ、自ら生み出した風に呑まれ、そのまま塵へと変わった。

 最後に残ったのは、宙に散る胴体の血飛沫だけ。誰よりも早く現れた敵は、何の見せ場もなく消えていった。

初投稿作品です。よかったら次も見てください

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