春の月夜の独り語り
季節は弥生。
厳しい寒さが去って行き、
暖かく過ごしやすい季節となる。
と言っても時に冷たい風が吹いたり、
冬のような気温に下がったりする
まだまだ不安定の月である。
「…ん…」
あたしは自分の部屋の布団の中で
寝ぼけた声と共に眠りから目覚めた。
スマホのディスプレイを見ると
時刻はAM8時を少し過ぎた所である。
仕事の日よりはお寝坊さんだが、
休みの日なら早い時刻だろう。
「まぁ、たぶん…だろうけど…」
自分はそう思ったので良しとする。
布団の中で腕で目を覆いながら
昨日のことを振り返る。
「いや〜数年ぶりに飲みに行ったけど
いい感じだったな〜」
「店の雰囲気は落ち着くし
ホールさんの対応も良いし」
「炭酸のお酒も1年以上飲んでなかったかな」
缶の酎ハイやカクテルを買うことのない
あたしにとっては久しぶりの刺激であった。
お酒を飲み始めた頃は
酎ハイやカクテルは水のように
ゴクゴクと喉を鳴らして、
数分でグラスを空にしていたものだが
今はグラスに軽く口をつけながら、
チビチビと店の様相や他のお客の
笑い声などを聞きながら少しずつ飲んでいる。
時にグラスを揺らして氷と氷がぶつかる
カラカラと鳴る音を聞くのも心地よい。
「まぁ、これで食事券も使い切ったから」
「しばらくは外飲みは無しで」
あたしは不意に「ふふっ」と笑う。
「しかしあたしが初めて一人で
飲みに行ったグループに入社して、
キッチンで調理することになるとは
思わなかったな〜」
「グループから食事券頂いて、
あの店舗で一人飲みするとはね〜」
「未来なんて分かんないものだな」
そして次に飲みに行ったら
あれも食べたいな…
なんてことを考えながら
布団から起き上がりキッチンへと向かった。
歯磨きと洗顔を終えると
早々に着替えて出かける準備をする。
今日は一日家でゆったりまったりと
過ごす予定なので午前のうちに
買い物を終わらせようと思う。
上着を羽織りカバンを手にすると
扉を開いて外へと飛び出した……
歩いて近くの商業施設店内。
あたしはかごを手にして
野菜売り場へと向かう。
「お! あったあった」
新じゃがいもの袋を手にして
正面のラベルや裏の情報を見ながら
「うんうん」と頷いてかごに入れる。
半玉キャベツを一つ手にして
自分の感覚で重いかなと
判断してかごに入れる。
続いて鮮魚売り場へと向かい、
釜揚げしらすをかごに入れて
塩鮭の売り場の前で足を止める。
「塩鮭かぁ」
「ずいぶん買ってないけど
久しぶりに作って食べようかな」
「ん〜〜」
といくつか手に取って良いと思った
一つをかごに入れる。
「塩鮭なら……あれで行くか」
作る料理を頭に浮かべながら、
刻みネギをかごに入れて
お酒売り場へと向かう。
ワイン売り場の前で足を止めて
迷わずに普段購入している
無添加赤ワインの紙パックを手に取る。
大容量なので一つ買えば
しばらく買わなくて済むので、
毎回これを選択している。
普段通りのワインであることを
確認してからかごの中身を見る。
「うんうん、予定の食材はあるね」
「後は家にあるから買うのはこれで良し」
セルフレジで会計を済ませて
エコバッグに食材を詰めて、
鮮魚売り場を覗きながら
「あ、これもいいな」と
狙いを定めながら気分よく
自宅へと歩いていく。
帰宅後
購入した食材をテーブルに置き、
中身を取り出していく。
ワインや鮮魚は冷蔵庫に入れて、
すぐに使う野菜などはそのまま置いておく。
水を飲んで「ふぅ」と落ち着くと
「よし、作るか!」とキッチンへと向かう。
ハンドソープで手を洗ってから
フライパンに水を入れてからコンロに置く。
新じゃがいもを半分に切って
断面が下になるように
フライパンへと入れていく。
「水は新じゃがいもが
半分浸かるくらいまでね」
蓋をして中火で蒸していく。
「その間に〜」
冷蔵庫から梅干しを取り出して
種を取っていく。
取り終えたらそのまま置いておいて
蒸しが終わるまで布団に横になり、
YouTubeで音楽を聴いて過ごす。
アニメのOPやEDをアニメ映像と共に聴いたり、
フルバージョンで聴いたりと
視覚と聴覚に刺激を与えて揺さぶられる。
「♬♪♫」
やがて部屋に新じゃがいものいい香りが
漂ってくるとあたしは起き上がり、
フライパンの蓋を開けて
ヘラで新じゃがいもを上から突いていく。
すると新じゃがいもが「スッ」と割れて
私は「よし」と言って火を止める。
新じゃがいもをザルに開けて水を流してから
ボウルに移し替える。
そして熱いうちにヘラで
新じゃがいもを潰していく。
「あたしはゴロッとしてるのが好きだから
大きさを残して粗めに潰すんだけどね」
「ま、そこは個人のお気に入りで」
新じゃがいもを潰したらタッパーに移して
釜揚げしらすと梅干しを加える。
梅干しは切ってもいいしちぎってもいい。
「まぁ、あたししか食べないしね」
「好きな大きさにちぎってもいいから」
そこに鰹節を散らしてから
マヨネーズを加えて和えていく。
そして塩胡椒を加えて和えていく。
「胡椒は効かせたほうが美味しいからね」
最後にパセリを全体に散らせたら完成。
出来上がりを見て満足気に頷く。
「うんうん」
「赤と緑が鮮やかで彩りもいい」
スマホのカメラで写真を撮った後に
冷蔵庫に入れて冷やしておく。
フライパンやザルやボウル、
包丁を洗って片付けたら
あたしは再び布団に横になる。
夜にメインを作るまでのしばしの休息である。
「……なんてね」
「ただ単に横になって
ゆっくりしたいだけなんだけどね」
一日仕事を入れていないオフだから
こんなのもいいだろうと納得させて、
布団をかぶり目を閉じて
「ふぅ~」と息を吐いた……
「……さてと」
あたしはのそのそとスマホを手に取って
スリープモードとロックを解除する。
フォトで先ほどの写真をしばらく見て
「まぁ、いけるかな」と呟いて、
COOKPADのアプリを開く。
レシピ投稿画面を開いて
写真登録と作り方を書いていく。
家庭料理では分量を計ってないので曖昧だが
世に出して人様に伝えるとなれば
きちんと書いておかなければならない。
作り方も適当ではなく読んだ人が
分かりやすいと感じるように
書いているつもりである。
そして食材には「」をつけて
なにを使うのか分かるようにしている。
一通り書き終えて見直してから
レシピを投稿する。
ちょうど春レシピ募集の
メールが来ていたので
新じゃがいもは条件に合っている。
「まぁ、投稿のために作ったんじゃないけど」
「せっかくだしね」
「新じゃがいもは今だけだし」
寝転びながらこれまで投稿した
レシピを眺めていく。
何度もリピートして作っている
馴染みの料理たちが並んでいる。
中にはつくれぽを頂いているレシピもある。
あたしの料理を作ってくれて
レポートまで頂けるとは嬉しい限りである。
某SNSでも作った料理を載せて投稿したら
友達が作ってくれて
投稿に載せてくれたこともある。
コメントで詳しい内容を
聞いてくれた人もいる。
やっぱり美味しい料理は万国共通で
人々を笑顔に幸せにするものなのだろう。
あたしも店で人に出す料理を作る者として
更に美味しく作れるようにならないと。
これから作る料理を頭に浮かべながら
こうしたらもっと良いんじゃないかな、
と考えを巡らせていった……
時刻は19時を過ぎていた
あたしは「よし!」と言いながら
キッチンの前に立つ。
フライパンを火にかけて暖まったら
塩鮭を並べて焼いていく。
「塩鮭から油が出るから
油は引かなくてもいいかな」
焼いている間にキャベツを刻んで
ボウルに入れる。
「食べやすい一口大くらいかな」
ボウルに生卵を割り入れて
キャベツに卵を絡ませる。
塩鮭が両面焼けたらほぐして
キャベツを加えて塩鮭と共に炒めていく。
鰹節を加えて炒めていく。
醤油を回し入れて塩胡椒を加えて炒める。
お皿に盛り付けて刻みネギを散らしたら完成。
「うんうん、いい香り」
出来栄えに気を良くして、
ポテトサラダを器に盛り付けて
赤ワインとグラスをテーブルに並べれば
今宵のディナーのセッティング完了である。
テーブルの前に座り、
「いただきます」と両手を顔の前であわせる。
グラスにワインを注いで、
目の高さまで持ち上げる。
グラスを軽く回して一口分口に含む。
普段飲み慣れた味わいが口の中に広がる。
自然に「ふふ」と笑みが浮かび飲み込む。
「うん、やっぱりいいね」
「なんかかっこつけて回しちゃうけど」
回して何が変わるのかわからないが
まぁ、美味しければいいのだ。
グラスをテーブルに置いて箸を手にする。
まずはキャベツだけを掴んで口に運ぶ。
卵の絡んだキャベツは甘くそれでいて濃厚。
噛むたびに「シャキッ」とした食感と
優しい味わいが口の中に広がっていく。
鰹節の香りと濃い旨味がアクセントとなり
より深い味わいに高めている。
「あぁ、卵と鰹節って相性抜群だね」
「卵かけご飯でもそうだけど
出会うべくして出会ったみたいな」
「そしてそれは卵と鰹節だけじゃない」
キャベツと塩鮭を共に掴んで口に運ぶ。
途端に塩鮭のホロホロとした食感と
強い甘じょっぱい旨味が押し寄せてくる。
キャベツや卵の甘さに鰹節の刺激が
合わさって得も言われぬ天上の美味と化す。
「ふっふっふっ」
「いや〜もう間違いないね」
「キャベツと塩鮭もこのために生まれてきた」
「と言えるくらいに仲睦まじいね」
赤ワインで喉を潤して「ふぅ」と息をつく。
そして梅や釜揚げしらすと共に
新じゃがいもを口に運ぶ。
「おぉ……」
新じゃがいものホクホクとした
歯ごたえと甘みに梅の酸味と
釜揚げしらすの塩味が加わり、
複雑かつ心地よい五味が味蕾を刺激する。
新じゃがいもの皮の苦味が食欲をそそり、
パセリの爽やかな香りが視覚と嗅覚を
優しくつつみ込んでくれている。
「これは止まらなくなる組み合わせだね」
「梅と釜揚げしらすってやっぱ相性いいね」
「鰹節や塩胡椒も効かせてあるから
お酒と合わせるのにもバッチリ」
「お酒飲みの料理は色が出るよね」
「まぁ、料理は作った人の個性だしね」
赤ワインをチビチビと飲みながら
「ふふ」と笑う。
「キャベツやパセリの緑に塩鮭や梅の赤、
卵の黄に釜揚げしらすや新じゃがいもの白」
「春夏秋冬を彩る色に
その季節に主役となる旬の食材たち」
「その命を頂いているあたしたちも
変わらない同じ一つの命」
あたしはベランダへ出て夜空を見上げる。
静かに煌煌と輝く月の姿。
「春夏秋冬の夜の闇を照らしだして
全ての生物の営みを支えてくれている」
「十五夜や三日月、スーパームーンと
姿や名前を変えてもその輝きは変わらず」
「華は散れども、また新たな命が芽吹く……」
あたしはワインで赤く染まるグラスを
そっと月へと向けて傾けた……




