◆ブーメラン◇
ウトウトしているとドアベルが鳴り、身体がビクッと反応して椅子から落ちそうになる。
あの女の姿が脳裏に浮かんだ。
時計に目をやると二十四時を過ぎていた。
「……誰だ、こんな遅くに」
重い腰を上げると廊下からバタンというドアの開閉音がした。
慌てて玄関へ向かってドアスコープを覗くが誰もいない。
念のためにチェーンの隙間から外を確認する。
玄関から部屋に戻ってハサミを握り、意を決して外に出た。裸足で左右を確認するが静かな通路があるだけ。
反対側も確認したが、どこにもあの女はいなかった。もう一つの階段付近も確認した。
「まったく誰もいないってなんだよ」
そう呟いて踵を返す。
急に通路の床の冷たさを裸足の足元から感じた。歩き出すと細かい砂利が食い込んで小さい痛みが走る。
しゃがみ込んで足裏を見ると、小石が食い込んでいた。
小石を見ているそのとき、『バタン』という扉の閉まる音が聞こえた。どこの扉かは分からないが、音がした方向から緊張が走った。まさか、という気持ちを必死に無視した。
自宅の前に戻って驚いた。
玄関に鍵が挿さったままだった。上司の言葉をまた思い出す。
——『間抜けの『ま』だ』
蘇った記憶は不快で顔を歪ませた。そして素早く鍵を引き抜いた。今度こそ鍵穴に鍵がないことを何度もしつこく確認した。
玄関を開ける……。
嫌な予感に唾を飲み込みながら中に入る。
ゆっくりと顔を見上げる……。
「嘘だろ……」現実を信じたくなかった。
部屋の中、目の前に女が立っていた。
谷道は現実とは思えない女の現れ方に、ただただパニックになった。
女が谷道に言った。
「おいあんた、みんなに迷惑だろ」
女は角張った物が大量に入って膨らんだビニール袋を、思いっきり腕を回して上方から谷道の頭へ向けて振り下ろした。
「わあ……」
身を守ろうと腕で防御したが、間に合わない。
バクン!
袋の中身に溢れている物の角が襲ってきた。いくらかの重みで、引っ掻かれたような痛みが走った。
谷道が防御しようとして上げた手に当たり、鍵を玄関の三和土に落としてしまう。
チャリンと鳴った音を気にする余裕はなかった。顔面は液体で湿り、クタクタにしおれたスノードロップが、袋から飛び出して谷道の顔面にかかっていた。
「くっせ……」
思わず窓がある部屋の方へ引き剥がして投げた。顔面が尿と酒に濡れ、二つの混じった腐臭が取れないで呼吸が乱れた。
袖で顔を拭いながら、状況が理解できずに立ち尽くす。
「え……」
女は袋を置いて、去り際に玄関の三和土で一度しゃがんで何かを拾うように腕を伸ばした。そして顔を横にして後ろを振り向き、谷道を見て、にやりと微笑んだ。
三和土に落とした鍵が消えていた。
「え、鍵を拾ったのか?」
袋の中を覗くと大量のパックにストローが刺さった『熊昇天』が詰まっていた。きつい尿の臭いがプーンと追い打ちを掛けて鼻腔を襲った。
「くさっ、ちきしょう」
追いかけるように玄関を開けて顔を出す。
すぐに真横に影が見えて通路奥へ視線をやると、玄関扉の真横にこちらを向いて女が無言で立ち、顔が間近にあった。
「……」
谷道は喉が締まって声にならない悲鳴を上げた。
飛び上がるように後ろに下がり、扉を勢いよく閉めた。
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