◆スノードロップの花言葉◇
翌日の帰宅途中、いつも通りに駅の入り口付近の人混みを抜けてコンビニへ立ち寄る。パックの日本酒とつまみを選んでレジ前の列に並ぶ。
「お次の方どうぞ」
視線を前に向けると会計を済ませた女が袋を手にして、去り際にこちらをチラリと見た。昨日と同じように、瞳孔が固定されたような生気のない目が不気味だった。
(あの女だ。ちょっと時間を空けないと昨日の二の舞だな)
列から離れて、紙パックの日本酒『熊昇天』をもう一つ手に取って並び直した。列に並んでいる間に後ろを一瞬振り向き、真横にある棚から調味料を取ってポケットに入れた。
(調味料って金出して買うの馬鹿馬鹿しいんだよな)
周囲の目と防犯カメラから死角になっているか目を泳がせた。
程なく会計を済ませてコンビニを出て、近くの公園のベンチに座る。
「はぁ、今日も疲れた……」
パックにストローを刺して啜り、ホットスナックにポケットから出したソースをかけて頬張った。
脳裏に日々受けている上司からのダメ出しが浮かんで表情が歪む。
スマホを取り出してネット記事に付いた誰かのコメントに正論風のツッコミを書き込んだ。
『そう思うなら見なけりゃいいじゃん。馬鹿なの?』
次々とパックを飲み干していつものように草むらにゴミを投げ込むと、尿意を催したので足を開き、ストローの口に狙いをつけてパックを尿で満たそうとした。
足元を見ると白い花を踏んづけていた。
朝の井戸端会議の会話を思い出す。
子供向けのお菓子がいくつか盛られていた。
スマホを取り出して邪魔な菓子を横に蹴り、花にカメラを向けて検索すると『スノードロップ』花言葉『希望、慰め』もうひとつの花言葉は……『あなたの死を望む』……そこまで読んで画面から目を離した。
妙な視線を感じて辺りを見回した。女とは違う位置の視線だったが、茂みを睨みつけても誰もいない。
踏みつけた花をそのままに、ゴミが大量に溜まっているのを横目にしてその場を去った。
帰宅ラッシュの流れに飛び込んで、なんとはなく顔だけ振り返ると、どこにいたのか、あの女がガサゴソと茂みのゴミを漁っていた。
パックを手にして、その強烈な臭いに耐えきれなかったのか、前方に投げ放っていた。手の臭いを嗅いで天を仰ぎ、諦めて再びパックを拾ってビニール袋に入れていた。
視線を戻して違和感を抱えながらうつむき気味に家路を急いだ。
マンションの前まで着くと後ろからコツコツと足音が聞こえて、足早に女が横を通り過ぎて行く。その瞬間に異臭が鼻を掠めた。
追い越していく背中の、手に持ったビニール袋がパンパンで、萎れた白い花とストローが飛び出し、ゴロゴロとした物が詰まっているようだった。
すぐに女はホールに消えた。
階段で後追いになるのを避けるために、歩く速度を落とした。
マンションに入るとエレベーターに昨日と変わらない『故障中』の貼り紙があって恨めしかった。
バッグからペンを取り出して『早く直せ』と書き殴った。
重い足取りで階段を上る。
階段を上っている途中、チカチカと点滅する古い蛍光灯からジジジと音がした。
何事もなく十階へと続く踊り場を折り返して見上げると、昨日の女が通路へと去る背中が見えた。
ゆっくりと階段を上って十階へと辿り着き、自宅へ向けて歩き出す。
通路の奥に昨日と同じように女が歩いている姿を想像していたが、どこにもいなかった。
鍵を開け、玄関へ足を一歩入れて、背後が気になって振り向いたが、誰の姿もなかった。
漠然とした不安が払拭され、一日の疲れがどっと押し寄せた。
玄関に入ると背中で扉が閉まる音を聞いて、電気を点け、キッチンへ移動する。倒れ込むように椅子に腰を掛けた。
ピンポーン。
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