◆訪問◇
自宅前に来てポケットに手を入れて鍵を探すと、横目に気配を感じた。視線をやると、さっきの女が通路の奥へ歩いている。その姿を見ながらポケットに手を突っ込んで鍵を探った。
チラチラ見ていると、階段があるホールへと向かって消えた。このマンションはエレベーターホールを中心にコの字の形をしている。消えたあとも不気味な空気が漂っていた。
ポケットに入れたはずの玄関の鍵がない。どこに入れたか記憶を辿ると、会社で言われたことを思い出した。
『君はホントに詰めが甘いな。いつも何かを忘れてる。間抜けの『ま』だ』
イライラが募った——慌ててしゃがみ、鞄を開ける。突っ込んだように入れてあった文庫本を手に取るとポロリと鍵が落ちた。緊張が解けて安堵の息が漏れる。
鍵を拾って立ち上がろうとすると、背後からコツコツと足音が聞こえてきた。誰かが横を通り過ぎようとする気配。
視線を上げると、エレベーターホールに消えた女が一周して背後からまた現れ、こちらを覗いていた。
心臓がドキッとして立ち上がれずに身が固まってしまう。
女は顔を覆うように垂らした前髪の隙間からギョロリとした目でこちらを見下して、何も言わずに通路の奥へと去っていった。
それを見届けてから立ち上がり、扉に鍵を差し込んだ。その流れで女の背中を見ていると、またホールへと向かって歩いて行くのが見えた。
違和感を覚えて、そのまま見続けていると、またホールを抜けて、反対側の通路から出てきて視線が合った。
「あの女、どこに行こうとしてるんだ……」
異様な雰囲気に慌てて鍵を開けて玄関に飛び込む。扉を閉めて鍵をかけ、玄関の電気を点けた。そのまま女が移動する姿を想像してゾッとした。
ドアスコープを覗いて通路を見ていると、やがて硬いヒールの音が聞こえてきた。女はなぜか扉の前でこちらを見て立ち止まり、身体を向けて立っている。
ピンポーン。
ドアベルが鳴るが、何もできずに佇んでいた。
棒立ちだった女が扉に手を伸ばした。
コンコン。
……静寂にしがみついていたい気持ちを無視するように、追撃が襲う。
ピンポーン。
強要されているような催促に、胸が詰まった。
ドン!
「なっ……」
女が力を込めてドアを殴り、驚いて何もできずに固まった。
気配を窺っていると、乱れた呼吸が整うほどの時間が流れた。
女が諦めたと判断して部屋へ戻り、シャワーを浴びながら蔑むような目を思い出していた。
シャワーの音と湯気が身を包む。
ふと、駅にいたホームドアの女と似ていたことを思い出す。
前にも感じたことがあるような、見たことがある気がする違和感。
酒に酔った朧げな記憶で、確信は持てなかった。
誰にも話せないまま、モヤモヤを抱えた時間が過ぎていく。
ベッドに入っても寝付けず、ベランダに出た。
真下にあるいつもの公園を見ながらタバコをふかす。手すりに吸い終えたタバコを押し付けて火を消し、吸い殻を落とした。
ベッドに入ってもストレスは残り、夢にうなされた。
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