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地味な「モブ王子」と政略結婚した私。初夜、眼鏡を外した夫が完璧すぎて困っています

作者: 桜木ひより
掲載日:2026/01/19

地味で目立たない「モブ王子」と政略結婚した私。初夜、彼が眼鏡を外して前髪を上げたら、眩しすぎて直視できないほどの絶世の美男子だった


結婚式が終わった。


私、エリシア・フォン・ローゼンは今日から王妃――とはいえ、第四王子の妻だから、そんな大層な呼ばれ方はしないだろう。


「お疲れ様でした、エリシア様」


侍女が退出していく。

寝室に残されたのは、私と――夫だけ。


ルーカス・アーデルハイト第四王子は、部屋の隅で少し困ったように立っていた。


眼鏡の奥の目が、どこを見ているのかよくわからない。

前髪が長くて、表情も読みづらい。


まあ噂通りだ。地味で、控えめで、存在感が薄い。


「あ、あの……」

彼が口を開いた。


「疲れただろうから、無理はしなくていい。その、今夜は……」


「……はい」


私は小さく頷いた。


正直、ほっとした。政略結婚だ。

期待なんて、最初からしていなかった。むしろ、静かに過ごせるならそれでいい。


彼も多分、同じ気持ちなんだろう。


「じゃあ、僕はソファで――」


私は慌てて首を振った。

「いえ、それは失礼です。殿下が床で休まれるなんて…」


「でも……」


「私が、ソファを使わせていただきます」


「それこそ失礼だよ」


初めて、彼の声に少しだけ感情が乗った気がした。


気まずい沈黙が流れる。


結婚初夜って、こんな感じなんだろうか。

私たちは互いに気を遣いすぎて、何も言えなくなっていた。





「……エリシア」

やがて、彼が静かに私の名前を呼んだ。


「話したいことがあるんだ」


「はい」


私は椅子に座った。彼も向かいに腰を下ろす。


「君には、隠したままなのは失礼だと思った」


「隠す……?」


「ああ」


彼はゆっくりと眼鏡に手をかけた。


「君は…僕のことをどう思ってる?君の本心を聞きたいんだ、遠慮はいらない」


「ええ……」


突然の質問に、言葉に詰まる。


「え、ええと…その、噂では……地味で、目立たなくて……」


「うん。その通りだね………でも、それは――」


彼は苦笑しながら、その地味ともいわれる所以の大きな眼鏡を外す。


「――わざとなんだ」


前髪を上げる彼の手。そこから現れた、作り物のような美しい顔。


「っ……!」


思わず目を逸らした。直視できないほど…美少年だ。


「え……あ……」


言葉にならない。

整いすぎている。美しすぎる。こんな顔が、この世に存在していいんだろうか。


さっきまでの穏やかな雰囲気は消えて、部屋の空気が一変してしまった。


彼の声も、低くて、落ち着いていて、自信に満ちている。


「驚かせて、ごめん」


その声が、胸に響く。


「でも、君には隠さず見せたかった」


「ど、どうして……」


やっと絞り出した声は、震えていた。


「そのような…隠すようなものではないと思いますが…?」


「ただ、騒がれるのが嫌だったんだ」

彼は静かに言った。


「この見た目のせいで、本当の僕を見てもらえなくなる。だから、ずっと隠してきたんだ」


「それは……」


「でも」

彼は私をまっすぐ見ながら答える。


気持ち、彼が前より近づいているような気がした。

見つめられて、またドキドキする。


「君には、隠したくなかった」


「……っ」


「君は僕の妻だから。これからずっと一緒にいる人だから…」


彼の手が、テーブルの上でそっと動いた。

私の手には触れないけれど、近くに置かれる。



「君以外には、この姿は見せないから、安心して」


その言葉の意味を理解するのに、少し時間がかかった。


「つまり……外では、今まで通り……?」


「うん。眼鏡をかけて、前髪を下ろして、地味な王子を演じるよ」


彼は少し照れたように笑った。


「でも、君の前では、こうしていたいんだ」


「どうして……」


「これからは、この顔も、この声も、全部…君だけのものだよ」


そんな顔で、そんな声でそんなこと言われたら…。


「……ずるいです」


声が震えた。


「そんなこと言われたら、私……」


どうしていいかわからない。


彼は優しく微笑んだ。

さっきまでとは別人のような、自信に満ちた笑み。


「君にだけは、格好つけたかったんだ」


私、これから正気を保てるのかな…







それから数日が経った。


昼間の彼は、噂通りの「モブ王子」だった。


宮廷の廊下をすれ違っても、誰も振り返らない。

眼鏡の奥の目は伏せがちで、声も小さい。


「第四王子殿下は、本当に地味ねえ」


「政略結婚の相手、お気の毒に」


侍女たちがそんな噂をしているのを聞いた。

以前なら、そうかもしれないと思っただろう。


でも、今は違う。


(……誰も知らないんだ)


あの人の本当の姿を。



夜、寝室に戻ると、彼は眼鏡を外して前髪を上げている。


「お帰り、エリシア」


その声を聞くたびに、胸が高鳴る。


「今日はどうだった?」


「あ、その……今日は、他のご令嬢とのお茶会があって…」


「楽しかった?」


「はい……でも、なんだか少し疲れました」


「そっか。無理しないでね。今お茶を用意してあげるよ、君は休んでいて」


彼は紅茶を淹れてくれた。完璧な手つきで。


「まあ…とてもお上手ですね」


「まあ、趣味みたいなものだからさ」


彼は笑う。


その笑顔に、もう少しずつ慣れてきた。

最初は直視できなかったけれど、今は――少しだけ、見ていられる。


「エリシア」


「…はい?」


「君は、この生活、嫌じゃない?」


「嫌……?」


「僕が外で評価されないこと。地味だと言われ続けること…」


「そんなことないです」

私は首を振った。


「殿下が何を考えているかは、わかりません。

でも…私には、殿下の本当の姿を見せてくださる。それだけで、充分です」


「……エリシア、ありがとう」


その夜、彼は初めて私の手に触れた。

そっと、指先だけ。

こんな距離だったのに、彼の香りがして…触れられて…それだけで心臓が破裂しそうだった。






ある日、小さな事件が起きた。

宮廷の庭園で、貴族たちが口論していた時だった。


「この件は東方との貿易に関わる!」


「いや、今は南方を優先すべきだ!」


私も居合わせていた。どうしていいかわからず、困っていると――


「失礼します」


穏やかな声。

振り返ると、眼鏡をかけた夫が立っていた。いつもの地味な姿。


貴族たちは少し迷惑そうな顔をした。

「だ、第四王子……何か御用でしょうか?」


「その件でしたら」


彼は静かに言った。


「東方との貿易は第二王子殿下が担当されています。

南方は第一王子殿下が。両方を同時に進めることは、すでに決定済みですよ」


「……え?」


「ですから、お二人とも正しい。この件で対立する必要はありません」


貴族たちは顔を見合わせた。


「そ、そうだったのか……」


「…失礼しました」


彼らはとぼとぼと去っていく。


私は彼を見上げた。

彼は眼鏡の奥で、少しだけ微笑んだ気がした。


「エリシア、行こうか」


「は、はい……」


歩きながら、私は確信した。


(この人は……地味で目立たない人なんかじゃない)


全部、わかっている。

宮廷のこと、政治のこと、人間関係のこと。


全部把握していて、でも表に出さないだけなんだ……。


「殿下」


「ん?」


「今の……」


「ああ、この前兄上たちが話しているのをたまたま聞いてさ…ほんとたまたまだよ」


そんなわけない。

でも、彼は誤魔化すように笑っていた。


その夜。


「エリシア、今日のこと…驚いた?」

彼は眼鏡を外しながら言った。


「はい……」


「実はね」


彼は前髪を上げた。

いつもの、美しい顔が露わになる。


「僕、結構いろんなことを知ってるんだ。勉強は好きだから」


「それは……わかりました」


「でも、表には出さないようにしてる」


「どうしてですか?」


彼は少し考えてから、答えた。


「…ただ目立ちたくないからだよ」


「……」


「兄たちが王位を争ってる。僕はその争いに巻き込まれたくないんだ」


彼の声は、静かだった。


「だから、無能なふりをしてる。地味で、役立たずで、どうでもいい王子として…」


「それは……辛くないですか?」


「辛くない」

彼は首を振った。


「だって…こうして君といられるから」


そして、私の手を取った。


「ずっと、二人で。誰にも邪魔されずに」


手のひらの温もりが、伝わってくる。

初めて触れる彼の手は、大きく、男の人らしくごつごつしていて…すごくドキドキする。

手から自分の耳まで熱くなっているのがわかる。


「僕は欲張りじゃないんだ。王位も、名声も、いらない」


「殿下……」


「でも、君には知っていてほしい」


彼は私を見つめた。


「僕の本当の姿を。君だけには」


その瞬間、すべてが理解できた。

この人は、全部選べる人なのだ。


地味でいることも、目立たないことも、評価されないことも。

全部、自分で選んで、そうしている。


「……殿下は、とんでもない人ですね」


「え?」


「私…なんだかとんでもない人と結婚してしまった気がします」


彼は驚いたように目を瞬かせて、それから、笑った。

本当に嬉しそうに。


「…そうかもね。でももう後戻りはできないよ」






季節が変わり、私たちの生活は穏やかに続いた。


昼間の彼は相変わらず地味で目立たない。

宮廷では誰も彼に注目しない。


「第四王子って、何してるのかしら」


「さあ……」


そんな声を聞くたびに、私は心の中で思う。


(あなたたちは、何も知らないのね…。)


夜、寝室で。

彼は眼鏡を外し、前髪を上げ、私の隣に座る。


「今日ね、面白い本を見つけたんだ」


「どんな本ですか?」


「古代の言語についてだよ、解読されてない部分があるらしくて」


彼は嬉しそうに話す。博識で、聡明で、魅力的。


「エリシア、君は古代文字に興味ある?」


「少しだけ……」


「じゃあ、一緒に読もうか」


彼は本を開いた。


二人で並んで、ページをめくる。

彼の声が、文字を読み上げる。


その声を聞きながら、私は思う。


(幸せだ)


この時間が、この空間が、何よりも大切。


「エリシア」


本の途中でふと、彼が呼んだ。


「何か、言いたそうだね」


「あ……その」


言葉を探す。


「殿下は、このままでいいんですか?」


「このまま?」


「誰にも、本当の姿を見せないまま」


彼は少し考えて、微笑んだ。

「うん。いいよ」


「でも……」


「僕は、世界に認められなくてもいい」


彼の手が、私の頬にそっと触れた。


「君が知っていればいい」


彼が触れた場所が熱い。は、恥ずかしい…。

彼のまなざしが熱く私に刺さる。


「僕の全部を知ってるのは、君だけ。それが、僕には一番嬉しいことなんだ」


「……殿下」


「エリシア」

彼は私の名前を、優しく呼ぶ。


「君と結婚できて、本当によかった…」


「わ、私も、殿下と結婚できて……よかったです」


彼は笑った。

眩しいくらいの、美しい笑顔。


この笑顔を見られるのは、私だけ。

この声を聞けるのは、私だけ。

この人の本当の姿を知っているのは、世界で私だけ。


これは、秘密、一贅沢な、私だけの秘密。


「ねえ、エリシア」


「はい」


「ずっと、一緒にいてね」


「……はい」


私は頷いた。


外の世界がどう思おうと、関係ない。

この人は地味な王子なんかじゃない。

誰よりも聡明で、優しくて、美しい。


そして、その全部を私に見せてくれる。


「殿下」


「…殿下ではなく、二人きりの時はよかったら…ルーカスと、呼んでくれないだろうか」


「…あ、え、ええと、ルーカス…私、ずっと一緒に、います。愛して…います。」


私は顔も体も真っ赤になっているけれど、なんとか彼の手を握った。


「ずっと」


彼は今までで一番、嬉しそうに笑って、私の手を握り、私を抱きしめた。


窓の外、月が静かに輝いている。誰も知らない、私たちだけの夜。


これからも、ずっと。この幸せを、二人だけで守っていく。


【完】

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