地味な「モブ王子」と政略結婚した私。初夜、眼鏡を外した夫が完璧すぎて困っています
地味で目立たない「モブ王子」と政略結婚した私。初夜、彼が眼鏡を外して前髪を上げたら、眩しすぎて直視できないほどの絶世の美男子だった
結婚式が終わった。
私、エリシア・フォン・ローゼンは今日から王妃――とはいえ、第四王子の妻だから、そんな大層な呼ばれ方はしないだろう。
「お疲れ様でした、エリシア様」
侍女が退出していく。
寝室に残されたのは、私と――夫だけ。
ルーカス・アーデルハイト第四王子は、部屋の隅で少し困ったように立っていた。
眼鏡の奥の目が、どこを見ているのかよくわからない。
前髪が長くて、表情も読みづらい。
まあ噂通りだ。地味で、控えめで、存在感が薄い。
「あ、あの……」
彼が口を開いた。
「疲れただろうから、無理はしなくていい。その、今夜は……」
「……はい」
私は小さく頷いた。
正直、ほっとした。政略結婚だ。
期待なんて、最初からしていなかった。むしろ、静かに過ごせるならそれでいい。
彼も多分、同じ気持ちなんだろう。
「じゃあ、僕はソファで――」
私は慌てて首を振った。
「いえ、それは失礼です。殿下が床で休まれるなんて…」
「でも……」
「私が、ソファを使わせていただきます」
「それこそ失礼だよ」
初めて、彼の声に少しだけ感情が乗った気がした。
気まずい沈黙が流れる。
結婚初夜って、こんな感じなんだろうか。
私たちは互いに気を遣いすぎて、何も言えなくなっていた。
「……エリシア」
やがて、彼が静かに私の名前を呼んだ。
「話したいことがあるんだ」
「はい」
私は椅子に座った。彼も向かいに腰を下ろす。
「君には、隠したままなのは失礼だと思った」
「隠す……?」
「ああ」
彼はゆっくりと眼鏡に手をかけた。
「君は…僕のことをどう思ってる?君の本心を聞きたいんだ、遠慮はいらない」
「ええ……」
突然の質問に、言葉に詰まる。
「え、ええと…その、噂では……地味で、目立たなくて……」
「うん。その通りだね………でも、それは――」
彼は苦笑しながら、その地味ともいわれる所以の大きな眼鏡を外す。
「――わざとなんだ」
前髪を上げる彼の手。そこから現れた、作り物のような美しい顔。
「っ……!」
思わず目を逸らした。直視できないほど…美少年だ。
「え……あ……」
言葉にならない。
整いすぎている。美しすぎる。こんな顔が、この世に存在していいんだろうか。
さっきまでの穏やかな雰囲気は消えて、部屋の空気が一変してしまった。
彼の声も、低くて、落ち着いていて、自信に満ちている。
「驚かせて、ごめん」
その声が、胸に響く。
「でも、君には隠さず見せたかった」
「ど、どうして……」
やっと絞り出した声は、震えていた。
「そのような…隠すようなものではないと思いますが…?」
「ただ、騒がれるのが嫌だったんだ」
彼は静かに言った。
「この見た目のせいで、本当の僕を見てもらえなくなる。だから、ずっと隠してきたんだ」
「それは……」
「でも」
彼は私をまっすぐ見ながら答える。
気持ち、彼が前より近づいているような気がした。
見つめられて、またドキドキする。
「君には、隠したくなかった」
「……っ」
「君は僕の妻だから。これからずっと一緒にいる人だから…」
彼の手が、テーブルの上でそっと動いた。
私の手には触れないけれど、近くに置かれる。
「君以外には、この姿は見せないから、安心して」
その言葉の意味を理解するのに、少し時間がかかった。
「つまり……外では、今まで通り……?」
「うん。眼鏡をかけて、前髪を下ろして、地味な王子を演じるよ」
彼は少し照れたように笑った。
「でも、君の前では、こうしていたいんだ」
「どうして……」
「これからは、この顔も、この声も、全部…君だけのものだよ」
そんな顔で、そんな声でそんなこと言われたら…。
「……ずるいです」
声が震えた。
「そんなこと言われたら、私……」
どうしていいかわからない。
彼は優しく微笑んだ。
さっきまでとは別人のような、自信に満ちた笑み。
「君にだけは、格好つけたかったんだ」
私、これから正気を保てるのかな…
それから数日が経った。
昼間の彼は、噂通りの「モブ王子」だった。
宮廷の廊下をすれ違っても、誰も振り返らない。
眼鏡の奥の目は伏せがちで、声も小さい。
「第四王子殿下は、本当に地味ねえ」
「政略結婚の相手、お気の毒に」
侍女たちがそんな噂をしているのを聞いた。
以前なら、そうかもしれないと思っただろう。
でも、今は違う。
(……誰も知らないんだ)
あの人の本当の姿を。
夜、寝室に戻ると、彼は眼鏡を外して前髪を上げている。
「お帰り、エリシア」
その声を聞くたびに、胸が高鳴る。
「今日はどうだった?」
「あ、その……今日は、他のご令嬢とのお茶会があって…」
「楽しかった?」
「はい……でも、なんだか少し疲れました」
「そっか。無理しないでね。今お茶を用意してあげるよ、君は休んでいて」
彼は紅茶を淹れてくれた。完璧な手つきで。
「まあ…とてもお上手ですね」
「まあ、趣味みたいなものだからさ」
彼は笑う。
その笑顔に、もう少しずつ慣れてきた。
最初は直視できなかったけれど、今は――少しだけ、見ていられる。
「エリシア」
「…はい?」
「君は、この生活、嫌じゃない?」
「嫌……?」
「僕が外で評価されないこと。地味だと言われ続けること…」
「そんなことないです」
私は首を振った。
「殿下が何を考えているかは、わかりません。
でも…私には、殿下の本当の姿を見せてくださる。それだけで、充分です」
「……エリシア、ありがとう」
その夜、彼は初めて私の手に触れた。
そっと、指先だけ。
こんな距離だったのに、彼の香りがして…触れられて…それだけで心臓が破裂しそうだった。
ある日、小さな事件が起きた。
宮廷の庭園で、貴族たちが口論していた時だった。
「この件は東方との貿易に関わる!」
「いや、今は南方を優先すべきだ!」
私も居合わせていた。どうしていいかわからず、困っていると――
「失礼します」
穏やかな声。
振り返ると、眼鏡をかけた夫が立っていた。いつもの地味な姿。
貴族たちは少し迷惑そうな顔をした。
「だ、第四王子……何か御用でしょうか?」
「その件でしたら」
彼は静かに言った。
「東方との貿易は第二王子殿下が担当されています。
南方は第一王子殿下が。両方を同時に進めることは、すでに決定済みですよ」
「……え?」
「ですから、お二人とも正しい。この件で対立する必要はありません」
貴族たちは顔を見合わせた。
「そ、そうだったのか……」
「…失礼しました」
彼らはとぼとぼと去っていく。
私は彼を見上げた。
彼は眼鏡の奥で、少しだけ微笑んだ気がした。
「エリシア、行こうか」
「は、はい……」
歩きながら、私は確信した。
(この人は……地味で目立たない人なんかじゃない)
全部、わかっている。
宮廷のこと、政治のこと、人間関係のこと。
全部把握していて、でも表に出さないだけなんだ……。
「殿下」
「ん?」
「今の……」
「ああ、この前兄上たちが話しているのをたまたま聞いてさ…ほんとたまたまだよ」
そんなわけない。
でも、彼は誤魔化すように笑っていた。
その夜。
「エリシア、今日のこと…驚いた?」
彼は眼鏡を外しながら言った。
「はい……」
「実はね」
彼は前髪を上げた。
いつもの、美しい顔が露わになる。
「僕、結構いろんなことを知ってるんだ。勉強は好きだから」
「それは……わかりました」
「でも、表には出さないようにしてる」
「どうしてですか?」
彼は少し考えてから、答えた。
「…ただ目立ちたくないからだよ」
「……」
「兄たちが王位を争ってる。僕はその争いに巻き込まれたくないんだ」
彼の声は、静かだった。
「だから、無能なふりをしてる。地味で、役立たずで、どうでもいい王子として…」
「それは……辛くないですか?」
「辛くない」
彼は首を振った。
「だって…こうして君といられるから」
そして、私の手を取った。
「ずっと、二人で。誰にも邪魔されずに」
手のひらの温もりが、伝わってくる。
初めて触れる彼の手は、大きく、男の人らしくごつごつしていて…すごくドキドキする。
手から自分の耳まで熱くなっているのがわかる。
「僕は欲張りじゃないんだ。王位も、名声も、いらない」
「殿下……」
「でも、君には知っていてほしい」
彼は私を見つめた。
「僕の本当の姿を。君だけには」
その瞬間、すべてが理解できた。
この人は、全部選べる人なのだ。
地味でいることも、目立たないことも、評価されないことも。
全部、自分で選んで、そうしている。
「……殿下は、とんでもない人ですね」
「え?」
「私…なんだかとんでもない人と結婚してしまった気がします」
彼は驚いたように目を瞬かせて、それから、笑った。
本当に嬉しそうに。
「…そうかもね。でももう後戻りはできないよ」
季節が変わり、私たちの生活は穏やかに続いた。
昼間の彼は相変わらず地味で目立たない。
宮廷では誰も彼に注目しない。
「第四王子って、何してるのかしら」
「さあ……」
そんな声を聞くたびに、私は心の中で思う。
(あなたたちは、何も知らないのね…。)
夜、寝室で。
彼は眼鏡を外し、前髪を上げ、私の隣に座る。
「今日ね、面白い本を見つけたんだ」
「どんな本ですか?」
「古代の言語についてだよ、解読されてない部分があるらしくて」
彼は嬉しそうに話す。博識で、聡明で、魅力的。
「エリシア、君は古代文字に興味ある?」
「少しだけ……」
「じゃあ、一緒に読もうか」
彼は本を開いた。
二人で並んで、ページをめくる。
彼の声が、文字を読み上げる。
その声を聞きながら、私は思う。
(幸せだ)
この時間が、この空間が、何よりも大切。
「エリシア」
本の途中でふと、彼が呼んだ。
「何か、言いたそうだね」
「あ……その」
言葉を探す。
「殿下は、このままでいいんですか?」
「このまま?」
「誰にも、本当の姿を見せないまま」
彼は少し考えて、微笑んだ。
「うん。いいよ」
「でも……」
「僕は、世界に認められなくてもいい」
彼の手が、私の頬にそっと触れた。
「君が知っていればいい」
彼が触れた場所が熱い。は、恥ずかしい…。
彼のまなざしが熱く私に刺さる。
「僕の全部を知ってるのは、君だけ。それが、僕には一番嬉しいことなんだ」
「……殿下」
「エリシア」
彼は私の名前を、優しく呼ぶ。
「君と結婚できて、本当によかった…」
「わ、私も、殿下と結婚できて……よかったです」
彼は笑った。
眩しいくらいの、美しい笑顔。
この笑顔を見られるのは、私だけ。
この声を聞けるのは、私だけ。
この人の本当の姿を知っているのは、世界で私だけ。
これは、秘密、一贅沢な、私だけの秘密。
「ねえ、エリシア」
「はい」
「ずっと、一緒にいてね」
「……はい」
私は頷いた。
外の世界がどう思おうと、関係ない。
この人は地味な王子なんかじゃない。
誰よりも聡明で、優しくて、美しい。
そして、その全部を私に見せてくれる。
「殿下」
「…殿下ではなく、二人きりの時はよかったら…ルーカスと、呼んでくれないだろうか」
「…あ、え、ええと、ルーカス…私、ずっと一緒に、います。愛して…います。」
私は顔も体も真っ赤になっているけれど、なんとか彼の手を握った。
「ずっと」
彼は今までで一番、嬉しそうに笑って、私の手を握り、私を抱きしめた。
窓の外、月が静かに輝いている。誰も知らない、私たちだけの夜。
これからも、ずっと。この幸せを、二人だけで守っていく。
【完】




