第七話
そんなこんなで歩みを進めた出陣初日。
七里半を歩き、里見民部の東根城に到着したのが日の入り少し前のこと。
兵たちには質素ではあるが握り飯が配られ、食べた後は城近辺の路肩地面にそのまま寝転がり、疲れを癒やす姿が見られた。
城内に寝床を与えられた義光らと幹部達は、そんな部下たちに申し訳無さを感じながらも横になる……はずだった。
馬丁姿のままこっそり城外へと抜け出す義光。
それを見つけた守棟も、殿を単独で行動させる訳にはいくまいと、一緒に城外へ出る羽目に。
「ちょっと、殿っ! 一体何処へ! 後でバレたら姫様に叱られるの儂なんだからーっ! ちょっと待ちなさいよーっ! ってか、七里も歩いたってのにどんな体力してんだよ!」
飄々としながらも歩みを止めない義光は、子供のような悪戯な表情を浮かべながら理由を語り出す。
「おいおい、よく考えてもみろよ守棟ぇー。ワシら上に立つ者が下の声を直に聞く絶好のチャンスだろー? ワシはこの国を、争う事なく、飢える事なく、皆が手を取り合い幸せに生きていける、そんな国にしたいと考えてる。これからの世の中は上から物事を語り、押し付けるだけじゃダメだ。考えてもみろ。ワシはこの通り破天荒だし、頭もさほど切れる訳でもない。だから守棟や光忠のような優秀な家臣たちが必要だし、めっちゃ頼る。そして、そんなワシらを必要としてくれる民がいる。お互い様だよな。身分の違いはあれど本質的には皆同じだ。むしろ、民が居るからこそワシらが生かされてるんだ。民が居てこその国だろうよ。そんな国造りをする為にも、話をして多くのことを知るってのが大事なんだ」
普段のふざけた様子は何処へやら。
滅多にない真面目な内容とその志、考えに感銘を受け、思わず跪いた守棟。
この馬丁の格好をしたふざけた人は、我らの殿だったと思い出す。
「はっ! 殿のその理想を叶える為、儂も、どこまでも共に!」
義光の言葉に感動し、零れそうになる涙をグッと我慢する。
「よーし、んじゃーさっきの茂兵衛を探して色々話を聞こうぜー。それと、ここからは殿じゃなくてただの馬引き、義で頼むぞー」
ひょいひょいと走り出すその姿からは、誰にも殿だとは気付かれないだろう。
何しろ、落ち着きがない所は変わらないのだから。
「ちょ、ちょっと待て義! このっ、儂も行く!」
「はっはーっ! しっかりついて来んと置いてくぞー、棟!」
こうして出陣初日の夜は更けていくのだった。
二日目。
早朝に行軍を再開し、ここから六里半先にある次の中継地点、延沢満延が領主の尾花沢城を目指した。
この日も一日歩き通しで、城に到着したのが夕暮れ前。
体中から吹き出した汗が乾き、酷く臭う。
城内に風呂と寝床を与えられた義光らと幹部達以外、ほとんどの兵が近くに流れている丹生川へと足を運び、盛大に水浴びをして汗と汚れ、疲れを落とした。
気が付くとまた義光と守棟が姿を消している。
「あっ! またよしおじちゃんと守棟が抜け出してんだけどー! 母上! 俺も……」
「ダメですー」
「なら、儂がよっちゃんと守棟を探しに行ってくるよ。まあ直ぐに見つかるとは……」
「ダメですー」
二人について行くと何やら楽しそうじゃないか? という思惑が見え見えな政宗と輝宗。軽く怒気を含んだ笑顔でNGを出す義姫に逆らえるはずもない。
「ふぅ……。まったく、仕方のない二人ですねー。お目付け役の守棟にも少々苦労を掛け過ぎている感じもありますしー、ここは私が」
腰を上げ自分が探しに行くと言い始めた義姫。
「母上!?」
「ちょっと、義姫!? 流石にそれはダメだろう!」
二人に止められ、結局大人しく寝る事にした三人。
この二日間、馬に乗って移動したとはいえ疲労はかなりのもの。横になると直ぐに眠気がやってきた。義光と守棟なんて歩き通しだったはずなのにと、常人離れした体力と気力に驚きを隠せない。
一方、義光と守棟は、多くの兵たちと一緒になり、素っ裸で川に飛び込み、盛大に水浴びをしていた。茂兵衛の伝手もあり、多くの雑兵と顔を繋ぎ、何気ない会話から様々な意見や思いを拾う。
民は今、何に苦しみ、何を欲しているのか。現場の生を知る為に。
三日目。
今回の行軍で一番の難所とも言える山刀伐峠越えがある。
もちろん迂回する事も出来たが、それだと一日余計に必要となる上、野営目星の地点に拠点となる城がない。要は兵糧等の補給が見込めないのだ。
なにより、楽な道を選ぶと言う事は、相手にも見つかりやすいと言う事だ。
そもそも大軍を見つけたからと、尻尾を撒いて逃げるような真似をする位なら、始めから馬揃えに参加したことだろう。若造の細川でも、その程度の矜持はあるだろうと考える。
しかし、安全な道に周り、敵に時間を与えて対策されるよりは、この難所を超え、できれば考える間も与えずに一気に攻め落としたい。そう考えた義光は、光忠に「峠を越えろ」と事前に命令を出していた。
朝日が昇ると同時に行軍を再開。霧は濃いが、幸いにも雨は降りそうにない。念のため峠を越えるまでは旗を畳み、少しでも危険や事故の要因を削ぐ事に注意を払った。朝露で多少滑りやすくなってはいるが、少なからず往来はあったようで、何らかの道らしきものが判別出来る。
光忠は、なるべく皆で声を掛け合いながら進むように指示した。
「義さん。この峠、超えるまでどのぐらいつったっけべー?」
「なんだぁ、もうへばったか茂兵衛! ワシなんぞホレ、まだこの通り!」
その場で飛び跳ねて見せる義光。
連日の長距離移動の上、今はさらに疲弊する山道だと言うのに「なんじゃその体力は!?」と周囲を驚かせる。
「そこのー。あー、義と言ったっすかー。遊んでないでしっかり馬引けっすよー」
お目付け役の志村も既に慣れたもので、殿とその側近と言う事も忘れ、素で対応している。
「はい、お兄ちゃん頑張ってー」
「棟もゴメンねー。儂の馬をよく引いてくれている。流石、優秀だね」
義姫の馬を義が引き、輝宗の馬を棟が引く。申し訳ないと、棟を労う輝宗の人柄の良さが滲み出る。
「へぇ! 滅相もございません。お言葉、有難く」
馬丁の格好も、板に付きて来た感じの守棟。話し方も大分それっぽくなってきたようだ。
「ところで父上。茂兵衛が言ったように、この峠を越えるまでは後どれ位の距離が?」
輝宗が志村に視線を配ると、政宗の隣りに馬を近付け答える志村。
「尾花沢城から出て、峠を越える所まで凡そ五里っすねー」
「五里か、分かった。茂兵衛、よしおじ……義! 峠を抜けるまで残り二里半程だと思っておけばいい。日が暮れるのが早いか、峠を抜けるのが早いか、競争だな」
「おっ! したっけ負げでらんねぇべ! こった所で野宿あって勘弁だズねー!」
皆、分かってはいた事だが、山道の二里半という距離を後半日で突っ切るなど、普通であれば頭がどうかしているといえる。斜面、勾配、見通しに加え熊や鹿、猪などの獣に遭遇する危険もある。だが、大軍である事が良かったのか、熊に襲われる事はなかった。
日が暮れると同時に峠を抜けたが、ここはもう細川直元の領地。何が起きるか分からない以上、警戒しない訳にはいかない。声を殺しながらも気の抜けない野営となった。
四日目。
早朝に山を抜けると、真っすぐ先に小国城のある丘陵が見えた。進路を城へと一直線に変更し、明神川と小国川の落合を突っ切る形に。
まもなく開戦である。
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