第三話
天正九年(西暦1581年)、初夏。
出羽国の大名、最上家第十一代当主である最上義光は、出羽国尾花沢で馬揃えを行い、威勢を近隣領主らに示したのだが。
「ちょっとちょっとー! 今回の招集に長谷堂氏に斯波氏まで応じたってのにだぜぇー? なんで若造の細川が無視してんだー? おかしくねぇかー? 生意気だよなぁ? なあ守棟ぇー、何とかしたいー、何とかしたいー! だからアイディア出してくれよー。なんかこうスカっとするやつをさぁー」
政策はもちろん、戦略においても数々の献策を行い、先代である義守の時代から勢力拡大に多大な貢献をしてきた知略に優れる重臣、氏家守棟。
仕えている主、義光がそう言うのも十分理解できる。
だが、如何せん言い方がアレなだけに、どうにも只の我儘に聞こえてしまい、どうしたものかと頭を悩ませる。
「そう言われましても殿。細川の直元もまだまだ経験の浅い若造。おそらく民に持ち上げられ気を大きくしてしまったのでしょう。若さ故の過ちと申しますか、その場の勢いと申しますか、引っ込みがつかなくなってしまったのかと」
ここは大人として器の大きさを見せておきましょうと諫める守棟。
地位に胡坐を搔かず、飾らない素のスタンスでいる義光の好感度は高い。
多少砕けた物言いで進言しようが、義光はそんな事を屁とも思わない器量の持ち主なのだという事を理解した上で、守棟は話を続けた。
「そこから見えるのは、物事を客観的に判断出来ない未熟な思考と行動。大小優劣、地力、実力の分別がつかない類のバカと言えましょうな。その手の輩には何をどう言っても通じませんぞ?」
下唇を前に突き出しながら白目を剥き「何も聞こえませーん」とでも言うようなふざけた表情で守棟の話を聞く義光。
流石の守棟でもこれでは素が出るというもの。
「ですが……その前に。殿のその言葉使い! それとその顔っ! いい加減止めなさいって毎回言ってるでしょーが! 殿の方こそバカに見えるじゃないの! 頼むから普通にしてー!? 威厳ーっ! 威厳どこーっ!?」
手にした扇子で畳をバシバシと叩きながら、主である義光を叱る。
「ちょ、守棟ウケるーっ! ってかそれいいな、採用っ! 昔から言うじゃん、バカには灸を据えろって。そんな種を後世に残されて困るのは未来のワシじゃしな。それに今回の馬揃えにキチンと応じた他の者たちに対しても、このまま細川の若造を放置しておいては示しがつかん。よし決めた! 若気の至りがどんな結果に繋がるか、思い知らせてやろうじゃねーか! 攻めるぞ。小国城攻めじゃーっ!」
義光を諫めるどころか火に油を注いでしまった結果に、唖然とするしかない守棟であった。
斯くして、戦上手として名高かった武将、家臣の蔵増光忠を総大将に据え、小国城主の細川直元に対し、約三五〇〇余りの兵を率いて戦に出る事が決まった。
万の兵ではないにしろ、隊の総大将ともなれば、その与えられた責に多少なりとも重さを感じるもの。光忠は出陣前の挨拶にと、義光のもとを伺っていた。
「必ずや、満足する結果を持ち帰りますゆえ」
「うむ。光忠、お主ならば一切の問題なく事を成してくれると、ワシは信じておる。存分に暴れて、細川に己のバカさ加減を思い知らせてやるがいい。期待してるぞ」
「はっ! 承知!」
一礼し「では」と軽捷に振り返りその場を立ち去ろうとする光忠。
「おおそうだ! 待て待て。ちょっと、こっちへ来い」
呼び止められ振り返ると、言葉と足を崩した義光が近くへ来いと手招きしている。
周囲の家臣たちは、義光のニヤリと笑うその不敵で圧を感じさせる振る舞いに気圧され思わず息を呑んだ。
近くに寄った光忠に、もっと近寄れ耳を貸せという手振り。
戸惑いながらも恐る恐る差し出された耳に義光は告げる。
「この戦、ワシもお忍びでついて行くからよろしく頼むぞ」
「はぁ!? えっ? ちょっ!」
あんた本気か!? 冗談にしてもそれはちょっと。とでも言いたげな驚きの表情を見せる光忠。思わず喉の奥から飛び出しそうになった暴言を何とか抑え込み、引き攣る表情で無理やり笑顔を作り返答する。
「……殿、お戯れを」
総大将を賜ったその戦に、なんと殿が同行すると言う。
それはつまり、形ばかりのお飾り大将と言うことではないか。
勘弁してくれ、頼むから黙って城で待っていてくれ。
「……って顔してるよな?」
「殿! 某の心中を正確に語るのは止めて頂けませんか!? あ、いえ。某にも頂きました総大将という立場と責がございますゆえ」
義光の性格からして、悪気など一切なく本気でそう言っているのだからタチが悪い。姿勢を正してまた耳を差し出す光忠は、額に汗を浮かべながら、遠回しに言葉を選ぶ。
「ああ、もちろん。分かってる、分かってるよー? 今回の戦に関して口出しなんて無粋な真似しねーから安心しろ。ワシはただ、お前の活躍を目に焼き付けておきたくてな。どうだ? ワシの我儘、聞いてはくれぬか」
今年で齢三十六にもなる義光だが、こういう自由奔放で常人には測れない魅力を持った殿に仕えた自分の負けだ。とでも言わんばかりに光忠は言葉を飲み込み観念する。
「……分かりました、分かりましたよ。某の負けです。殿のそういうところに惚れ込んだ訳ですから。ですが、危ない事はせんと約束して下さい。この戦は安心して全てお任せ下さるよう。何卒」
「なんじゃ、お前もワシの色香に参った口か?」
「ばっ! あんた今何を聞いて!? そーいう意味じゃなっ……」
周囲の家臣たちがざわつき始めたのを感じ、取り乱した言動と姿勢を無理やり正し、引き攣る表情で笑顔を作り返答する光忠。
「……殿、お戯れを」
「はっはーっ! 光忠は揶揄い甲斐があって本当に面白いのお! 安心せい! そもそも何も心配などしておらん。今回の戦はもちろん全てお主に任せる。ワシは、遊びに来る親戚の相手をせねばいかんからな」
小国城攻めの戦について来ると言い、親戚の相手もしないといけないと言う。
一体どういう事なのかと理解が及ばない光忠は聞き返す。
「親戚……と申しますと? 殿は、この戦に同行されるのでは?」
「ん、するよー同行。ただ、親戚も一緒に連れてだけどなー」
「一緒にって!? あ、いえ、戦に同行出来るような親戚とは一体」
悪巧みを含んだ悪戯な笑みを浮かべる義光に、また何か良からぬ事を企んでいるんだろうという表情で「また始まった。こうなったらもうダメだ。早よ言って下さい」と観念する。
「なーに、妹の義姫一家がお忍びで遊びに来るだけだってー。んじゃ、頼んだぜー!」
「義姫様の……? って! はぁ!? 伊達の輝宗様ぁ!?」
あんた本気か!? 冗談も大概にしろ。とでも言いたげな驚きの表情で、してやられたと頭を抱える光忠をよそ目に、上機嫌でその場を後にする義光であった。
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