第三十話
気が付けば義さんと秀綱さん、オレ達を囲った大騒ぎになっていた。
「あーっ! そういえばアキさーん、まだ神通力見せてもらってないっすよー」
「神通力ー! 満茂も是非みたいっしゅー! あれ、アキ殿が三人に見えましゅよー?」
立ち上がったアキが、フラフラと暗がりに移動していった。
「よぉーし! よぉーく見ておけよぉー! 俺ちゃんがジンツーリキってやつを見せてやるぞー! こんなサービス、滅多にしないんだからねー!」
アキの一言に大いに場が盛り上がると、後ろを向いてコソコソし始める。
「いいかぁー! いくぞぉー! くらえーっ! フラーッシュ!」
いつの間にか、明るかった銀月は朱色がかった色に変化していた。
そんな薄明りの下、スマホの連続フラッシュが走ると共にカメラのシャッター音が聞こえる。
それはジンツーリキじゃなくないか? ブンメーノリキだと思うぞ。
「うおおおおーっ!」
「神通力じゃー!」
場は大いに盛り上がったようだからまあ良しとする。
「そうだ! 兄ちゃんたち! またあの音楽ってやつ聞かせてくれよ!」
「あらー、テンちゃんナイスアイディアですー! 私からも是非お願いしたいですー」
「おお、確かに! ワシも聞きたい、聞きたーいっ!」
「んごっ! 殿ーっ、いげんー、いげんー」
「これはしっかり耳に焼き付けておかないといけないやつだね、よっちゃん!」
「俺もちゃんと聞いておきたいぞぉー! いいぞアンちゃんたちぃー、やれぇー!」
「儂もさっきは簀巻きで良く聞こえなかったから、是非頼む」
「式鬼の皆さんは、ほんて歌うめぇんだー。オラあん時の感動まだおべったズねー!」
前に歌った時は、ボイパとフィンガースナップにハンドドラムでリズムを取った。楽器を使ってまともに歌ったことはまだなかったな。
オレ達を呼ぶ声が聞こえる。
「やるか」
みんなの顔を見ると、やる気に満ちているのが言葉なしに分かった。
「そうだ、ナツ。ラップは止めておこうな」
「あ、それには僕も賛成っスね」
「確かにーっ! ナっちゃんのライム激ヤバだったもんねー! 別の意味で」
「ああ……あ、え? そんなに酷かったか? それなりだったと思ったが」
「いやいやいや! めちゃダサかったから!」
四人で爆笑しながら楽器を準備する。
「みんな、この時代に来る前の日のこと覚えてるか? 確か、あの夜もこんな月だった。なあ、即興でもいい、歌えよナツ。あの日アキが言った『黎明』をイメージして」
「ヒューッ! ユキちゃんてやっぱりたまに乙女チックだよねぇー。嫌いじゃないぜー」
「それめっちゃクールっスね! 黎明っスよ! 冷麺じゃないっスからねナツ」
「ああ、覚えてる。夜明け、新しい事の始まりだったな。オレのリリックを信じろ」
「えぇーっ」
おどけた返事を返したが、オレ達はナツの凄さを知っている。
始めから信じているさ。
朱色に妖しく煌く月の下。
まるでステージがあるかのようにナツが舞う。
妖艶に月の光を紡いでいくような女性的な舞に、あえて言葉を選ばず、高く透き通った美しいハーモニーが旋律を奏でていく。
それは夜空に響く琴の音、幽玄の世界。
ナツが今見ている世界をオレ達に伝えるように、紡いだハーモニーについて来いと言わんばかりに挑発する。
ハルが絶妙な力加減でバスとタムを重ねると、深い海の底に沈んでいくような不思議な感覚に包まれた。
ハーモニーが広がりを得て昇華する。
……ああ、そうか。ナツはこの場のみんなに向かって歌っていない。
この世界に、この時代に向かって紡いでいるんだと理解した。
そこにあるのは沢山の想い。
喜び、悲しみ、苦しみ、怒り、安寧、様々な願いだ。
激しく、静かに、そして熱く。
オレはベースラインを重ねる。
それは鼓動。この時代に生きる人たちの強さ。
真っ直ぐに、ただ正直に前へと進む強さ。
ハーモニーが形を得て、また一つ昇華した。
アキが強弱と緩急をつけたオルタネイトで、儚なくも情熱的な美しさを重ねる。
これは、月下で咲き乱れ、零れ行く花びら。
ハーモニーが色を得て、今、花開く。
『燃ゆる月夜に 舞い散る花よ 刹那を生きる 貴方の影が――』
目にしているのは夢か現か。オレ達のステージに皆静まり返る。
紡がれていく言葉と旋律に、みんなはどんな色や思い出を見ているのだろう。
演奏しているオレ達自身も、幽玄の世界に引き込まれて行きそうだ。
ああ……。このまま溺れてしまいそうな程、気持ちがいい。
月明かりに照らされ、みんなの顔が目に入ってくる。
目を閉じ聞き入る義さん、輝宗さん。
静かに酒を飲む秀綱さん。井上さん。
義姫さんと政宗なんて、声を殺して泣いている。
呼吸を忘れていそうな志村さん、満茂さん。
瞬きも忘れ微動だにしない守棟さん、日野さん、茂兵衛さん。
ああ……。この愛すべき戦国時代と、出会えたみんなに感謝を。
『刻を超え 響く魂の調べ 嗚呼、幽玄の彼方へ――』
おそらく、これが即興曲「黎明」の最後のフレーズ。
お互いの呼吸を感じ、世界観の余韻を残したままラストを締め括る。
示し合った訳じゃないけど、この音が天まで届きます様にと、皆で月へと手を伸ばした。
オーディエンスはその手の先を追い、朱色の月を見上げた。
瞬間、どこからともなく現れた叢雲が朱色の月を隠し、暗転と共にステージが終わる。
ほんの一瞬だった。
月明かりを隠した雲が晴れると、その場の全員が言葉を失った。
数秒前まで目の前にいたはずの四人の姿がない。
消えたと表現するのが正しいだろう。
この世の音とは思えない演奏と歌を残し、突如姿を消した式鬼の四人。
中には「本物の鬼だったのではないか」「役目を終え神通力で帰ったのではないか」と言う者まで現れる始末。あまつさえ「あれは幻だった」と吹く者までいた。
だが、誰がどう言おうと関係のない事。
最上義光始め多くの者は、いつかまた会えるような気がすると話す。
伊達政宗は、いつか坂東へ自ら会いに行くとし、ユキの髪型と思い出の眼帯をこよなく愛した。
天正九年(西暦1581年)、夏の終わりの事だった。
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