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坂東の式鬼  作者: 天狗 神


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第二十六話

 巻き道に二〇名。川堰に二〇名。

 まさかの場合も考え、山道に一〇名を追加で配置した。


 最上軍を発見した際は、狼煙を上げて知らせる手筈となっている。

 地形の利を生かした自然の要塞、堅牢な鮭延城とは言うものの、さほど高くもない山に構えた山城である。


 籠城したところで多勢に無勢。数で押し切られればひとたまりもない。

 なので、狼煙の上がった場所へ兵を向かわせ、一気に叩く算段だ。


 会議に四半刻、準備に半刻、各工作員が配置に着くまで半刻。

 柳谷が情報を持ち帰ってから、おおよそ一刻半も使っただろうか。思いのほか時間が掛かった。

 最上軍が現れるまで、残り半刻から一刻といった所。


 秀綱は物見櫓に立ち、堰、巻き道、山道の狼煙が見えるように南をじっと睨んでいた。


 いくら屋根があるとはいえ、太陽は真上からジリジリと照り付けながら、山の湿気を蒸発させ、森の独特な香りを漂わせる。

 時折、北から南に抜ける風が心地良く、緊迫した時分だが眠気を誘う。


 隣に立つ弟の知に顔を向けると、器用に立ったまま目を瞑り居眠りをしていた。


「知。起きんか知。儂まで眠くなるではないか。って、起きろ!」


 頭を思い切り叩くとやっと目を覚ました様だ。


「んがっ。兄貴、来たのか! どこに来た!」


 最上軍が攻めて来たと勘違いし、慌てた綱知は櫓から落ちそうになった。


「まだ来とらんわ。後一刻は掛かるだろう。お前が気持ち良さそうに寝とるから腹が立って頭を叩いただけだ」


「戦が始まるまで休んでおくのも武士の仕事だっつーの。昼寝くらい勘弁してくれよ」


 そんなやり取りをしていると、砂埃を含んだ強めの風が北から南へと抜けていった。


「うわ、なんだこの砂埃! どんだけ巻き上げてんだ」


 そう言う知の言葉に、強めの風にしてもこんなに大量の砂埃を巻き上げる事があるのだろうか。不思議に思った秀綱は、目を細めながらも北に顔を向けた。


 風音に紛れて運ばれてくる、砂利を踏みしめる音。

 それも非常に多くの音。


 知もそれに気が付いたのか、振り返り目を細める。


 風が止み、砂埃が晴れると視界に浮かび始める竹に雀、丸に二つの旗印。


 そして、鮭延城へと向かって来る大軍の影。


「なっ! 北からだとっ!? 兄貴、冗談だって言ってくれ!」

「冗談だろう!? いくらなんでも早すぎる、何がどうなってんだ! 警鐘を鳴らせ!」


 けたたましく鳴る鐘の音が北の風に乗る。

 山道、巻き道、川堰に。最上軍がやって来たのだと知らせを運んだ。






「ナツ兄スゲェ! 歩くのもみんな楽そうだったし、時間もかなり早かった!」


「ああ、そうだな。何より一番簡単で迷う事がない。俺はよく迷うからな」


 ナツが示した四つ目のルート。それは現代の国道十三号線を北上し、昭和地区から真室川へと抜けるルートだった。

 この時代で言えば羽州街道を北上し、途中で西へ曲がり、鮭延の北側へと一直線に抜けたことになる。

 緩やかで広大な平地が広がっている為、現代も田畑として利用されている土地を突っ切った格好だ。


 金山川と真室川の落合から南を眺めると、小高い丘が連なっているのが分かる。


「確か、あそこら辺の丘っスよ、鮭延城」


 ハルが指を差すと、みんなその方向に顔を向けるが城も櫓も見えない。

 日野さんだけは驚きの表情で言葉に詰まっている。


「んなっ、ハ、ハル殿! なんで鮭延の城がどさあっか分がったんだべ!」


「え、いやー。知ってるとしか言いようがないっスねー。あはははっ」


 確かに地図で見たとか、行った事があるとか、言える訳がない。


「流石は式鬼だね! いやー本当に底が知れない。地理といい凄い知識だ。よっちゃんのお努めが終わったら、伊達家に来て色々と教えてもらいたいくらいだよ」


「はっ! パパ、それナイスアイディアですー! 皆さんのお世話は私が毎日精魂込めてしますので是非ー! テンちゃんも喜びますー!」


「義姫っ!?」


 慌てる輝宗さんを横目にして義姫さんの誘いに「是非」なんて答えたら、流石にこれは斬られそうだ。


「姫ちゃん本当にいいのー? 俺ちゃんたち行ったら、輝ちゃん毎日激オコよー?」


「アキ殿っ!? さっきの発言は無かった事に! 頼むから忘れてくれ!」


 呆れ顔の政宗と下らない話で笑いながら、オレ達は真っすぐ鮭延城を目指して進む。


 頭上からは太陽がギラギラとした日差しを浴びせてくるが、耐えられない暑さじゃない。時折吹いてくる北の風が汗ばんだ身体を撫でると、足元で舞う砂埃をオレ達の行く先へと攫っていく。


 悪い感じはしない。オレ達にとっては追い風だ。






 警鐘を聞いた兵たちは、即座に登城口へと駆けつけた。

「皆の衆! 北から最上の大軍が来た! 儂の読みが外れたこと大変に申し訳ない!」


 秀綱が頭を下げると、同じ様に綱知も皆に詫びを入れる。

 周囲からは「秀綱様並みの切れ者が居だんだべっちゃ!」「秀綱様は悪ぐね!」という声が上がり、誰一人として秀綱を責める者はいない。


 それどころか、大勢の者たちが粗末な槍を掲げ「やってやるべ」と士気は高い。


「情報通りなら最上軍は三五〇〇の大軍勢。対する儂らは三〇〇以下!」


 目と鼻の先まで来ている大軍の兵力を削ることはもう不可能。このままぶつかれば間違いなく数の暴力で多くの民が命を落とし、そして鮭延は滅びるだろう。


 無駄な血を流さず民を生かすにはこれしかない。

 そう考えた秀綱は腹を括る。


「情けない事を言うが許してくれ。策が崩れた以上、このまま戦に臨めば全滅は免れん。儂は皆に命を無駄に散らしてほしくはないんだ。この首一つで何とかならんか土下座でも何でもして、最上に頼んでみようと思う。皆、それで納得してくれ。知もそれでいいな」


 秀綱の決断を惜しく思ってくれる。そう感じさせる大きな溜息が周囲から漏れ聞こえる。


「兄貴。多くの民の命を救おうとするのは理解できる。俺が兄貴の立場だったら同じ選択をしたかもしれねぇ。それは確かに立派な選択だと思う。だけどな、いくら殿だからって自分だけ気持ち良く酔われてもなぁ。俺ら残される側の気持ちも考えてもらわねぇと」


 秀綱の両肩に手を乗せ、正面から良い笑顔で微笑んだ綱知。


「兄貴。たまには俺らの気持ちも酌んでくれ」


 瞬間、重く鈍い音と共に眉間に鈍痛が走り、視界が徐々に暗くなっていく秀綱だった。






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