第二十五話
最上義光一行が沼田城に到着する半刻以上前。沼田から鮭延城へと急ぎ戻った柳谷は至急の報告を殿、鮭延秀綱に伝えた。
そして鮭延城では、後半日もしない内に攻めて来るであろう最上軍に対抗するべく、緊急で軍評定が開かれていた。
「三五〇〇だと!? なんだそのバカげた数は! おのれ最上め、数で攻めれば尻込みするとでも思ったか!」
柳谷が持ち帰った情報に、頭に血を上らせる秀綱の弟、井上綱知。
「数になど負けてないわ。落ち着け知。まずは今すぐに、我らが全兵力三〇〇に戦支度を整え参集させろ」
「御意、今すぐに」
命じられた部下はその場を後にし、秀綱の命令を迅速に行動に移す。
「いや、兄貴。三五〇〇だぞ!? 三〇〇だと数で負けてんじゃねーか!」
逸る綱知に頭を使えとばかりに、人差し指で自分の頭を突いてみせる。
「問題ない。この鮭延城に到達する前に、奴らの戦力を我ら以下まで削げばいいだけの話だろう?」
不敵に片笑むと、この場にいる全員に聞く。
「沼田から鮭延までの道程の話だ。一つ、直線で最短だが狭く険しい山道。二つ、距離はあるが山間を縫って進む比較的安全な巻き道。三つ、遠回りで一番距離はあるが、見通しが良く歩きやすい鮭川沿いを上ってくる道。この三つで間違いないな」
皆、顔を見合わせながら頷く。
「そして柳谷。お前も急ぎ戻る際には巻き道を使ったんだろう?」
「殿、どうしてお分かりに」
「少し考えれば分かる事。山道を使えば早いかもしれんが危険も伴う。崖下なんぞに落ちてみろ。到着は一番遅くなるどころか命を落としかねん。ならば一番安全だが遠回りの道を使っては、連絡が遅れ戦支度をしている暇がなくなる。であれば、ある程度距離はあるが全力で馬を走らせることが出来る巻き道が一番、確実に戦支度に間に合う事になる」
「流石は兄貴だ! 俺なら一番近い山道を行くけどな!」
秀綱の言葉を聞き、最上軍が通ってくる道は巻き道だと捉えた柳谷は提案する。
「では殿、巻き道にて連中の足止めと人数減らしの為、直ぐに工作に向かいたく、出来れば三〇人程お貸しください。曲がりの多い詰まる箇所にて、落石で数を一気に減らす事が可能でしょう。あの道は私が一番熟知しております」
柳谷の進言に軽く頷きながら口元が緩む秀綱。
「柳谷、お前はそれが正しいと考えるんだな」
「はっ、恐れながら」
「兄貴、俺は山道を来るんじゃねぇかと思うぞ」
「それならそれで構わん。山道を使えば二〇〇も残らんわ。ここに辿り着いた所で即座に返り討ちにして終いだ。それと柳谷、お前の考えが間違いだとは言わん。案も悪くない。だがそれは沼田の城主、日野を知らんとも言える。あれは慎重な男なんだ」
秀綱は柳谷の考えと並行して、川沿いを上がって来る可能性もあるとして策を練る。
巻き道に二〇名。
川沿いで堰を切り、水攻めにするのに二〇名を充てた。
残る兵は二六〇名。
沼田城に到着したオレ達。
現代の新庄市しか知らないせいもあるが、正直かなりショックを受けた。
現代の最上公園に残るお堀に似た外堀はあるものの、沼田城と呼ばれている建物が、ちょっと大きめの茅葺き屋根の平屋だとは想像していなかった。
町並みも簡易な家屋が連なっているだけ。
清水城周辺とは文化レベルの差を激しく感じる。
辺り一面には田畑が広がっている為、鳥海山、月山を始め、神室連峰に属する杢蔵山が良く見える。
「昔の新庄ってこんな感じなんスね。何て言うか、先人には感謝しかないっスよ」
「本当に。この状態から現代まで発展させるって考えたら気が遠くなるな」
オレとハルが小声で話していたらアキの馬が寄ってきた。
「いやーショック半端ないんですけどー! マジやばない? ここ最上公園だよねー?」
「ああ、そうだな。俺的には、高い建物がなくて気持ちいい」
「ナっちゃんマ? 俺ちゃん的にはそろそろラーメンとかビニ弁がーって感じー」
アキの言う事も分からなくはないが、無い物ねだりをしたところで現状は何も変わらない。この状況を肌で感じ取っているナツの方が、周囲を見ていると言えるだろう。
伝令は問題なく伝わっていたようで、大勢が炊き出しを行い、兵たちに質素ながらも食事を配給している。
この沼田城の主、日野有祐と思われる人と義さん、守棟さんが堀の内側に行く所でオレ達も呼ばれた。
「この沼田を治めでおります日野有祐ど申します。この度、鮭延城を攻める大殿様の戦、その末席に加わらせで頂ぎます」
「ん? 日野。儂は鮭延を攻めるとお主に漏らしたか? それとも伝令から聞いたか?」
「いえ、私の浅い知恵を絞った結果です。既に三七〇〇の大軍が問題なく進める道程も考えであります」
今回の目的地である鮭延城までの三つのルートを日野さんが話してくれた。
「総大将の肩書を預かりはしましたが、儂はここいらの地理はさっぱり分かりません。日野が申した川沿いを行くというのは分かり易くていいんじゃないですかねー、殿」
「守棟と同じで、ワシもこの沼田までしか正直知らん。その川沿いに進むとして、どのくらいの時間が掛かる」
「はい。見通しの良い河原を進むごどになっぺがら、ざっと二刻程ぐれんねべがなど」
河原を約四時間、石やらを踏みながら歩くのは相当にキツイはず。
アキとナツは首を小刻みに横に振り「ムリ」とアピールしている。
確かに。きっと、平地を歩く何倍以上も疲れるだろう。
「よっちゃん。河原を進むとなると、馬にも相当な負担が掛かるんじゃないか?」
「それなー、むっちゃんの言う通り。途中休みを入れながら進むとして、早くても二刻半ってとこだろうなー」
「よしおじちゃん、それじゃ駄目なのか? 安全に進めるならそれが一番じゃ?」
政宗が素朴な疑問を投げかけた。
「テンちゃん、大人の大事な話に割って入るのは良くないですよー」
「はっはーっ! いい! 全然いいぞー政宗。気になった事はすぐに聞いて、少しでも早く理解した方がいい。ワシらの仲だ。遠慮は無しで頼むぞー」
「うん、分かった! じゃあ、何で時間が掛かり過ぎると駄目なんだ? 後に戦を控えてるなら安全に進むのが一番戦力を温存出来るんじゃないのか? まだ昼までには全然早いし、太陽も昇り切ってない。二刻半使っても明るいうちに戦を終える事は出来ると思う」
政宗が言っていることは理解出来る。だけどそれは――。
「自分の頭で考えた良い質問だな! いいか、時間とは味方。戦とは読み合いだ。相手の動きを読み先手を打つ。相手が予測しておらん最も困難な道こそ、時に最も安全な道となる。時間を掛けないとは、相手に準備をさせない事と同義。それに、時間が掛かれば腹も減るし眠くなる。天正カルタと一緒だな。はっはーっ!」
流石は義さん、羽州の狐と呼ばれた知将だ。
何でもそうだが、戦いの本質は騙し合いだとオレは思う。
「んじゃ、よしおじちゃんは一番早い山道を行くのか?」
「いやー、それは無謀というよりもただの阿呆が選択する道ですぞー。むざむざ死にに行くようなもんじゃないですか。山刀伐峠越えは運が良かったとしか言えませんてー」
守棟さんの言う通り、そんな険しい山道も是非遠慮したいところだ。
「んですが、鮭延さ行ぐにはこの三つの中がらどれがば選ばねど」
日野さんが少し困った表情で守棟さんに選択を迫ったところでナツが声を上げた。
「俺の考えを言ってもいいか?」
日野さんの言う三つのルートを地面に小枝で描く。
「ここが沼田城でこっちが鮭延城。一つは一番近い直線の山道。二つ目が山間を通る道。三つ目が泉田川、鮭川と川沿いに大回りする道。こんな感じで合ってるか?」
「んです! この絵の通りです。えーっと……ほぅ言えば、大殿様と氏家様以外、初めでお会いしましたげっとも、どちら様でしたでしょうか」
黒装束に身を包んだオレ達に、多少の警戒心を含めた視線が向けられた。
「おお、そうだった! 忘れておったわ。このイケメンが伊達の輝宗で、その嫁の義姫、ワシの妹だ。んでその倅の政宗。んでこっちが今回、右と左の大将を任せておる志村と楯岡。そして、この四人が信長のおっちゃんが遣わしてきた坂東の式鬼。この戦の軍師だ。よろしく頼むぞ日野」
「お兄ちゃん、いつもながら雑すぎー」
義姫さんのツッコミと共に固まってしまった日野さん。
まあ当然の反応だと思う。
「話を戻すぞ。日野さんの言う道はこの三つだけで間違いないか」
「はっ! はい! ほの三つが鮭延まで行ぐ道になります」
また何かやらかそうとする時の悪い微笑を浮かべたナツは、地面に小枝を走らせた。
「フッ。あるだろ? ここに四つ目が」
「はぁっ!?」
沼田城での補給を早々に終えたオレ達。
日野さんの兵二〇〇を加え、総勢三七〇〇名が隊列を組み行軍を再開。
ナツの提示した四つ目のルートは、地元民である日野さんすらも気が付かなかった。
二刻を切る速度で移動可能な上、平地なので疲労も最小限だ。
「しかしナツ殿。こんな辺境の地理を一体どうやって知り得たのですか」
守棟さんの疑問も当然。
だが、オレ達の時代にはネットとグーグルマップがある。
海の向こうにある国の地形や景色まで、一歩も動かずに把握することが可能だった。
山形から東京までだって、車を使えば半日も掛からずに行ける。
知らない道だってナビのお陰で迷い知らずだ。
「ああ。知り得たも何も、何度も通った事があるからな。俺にしてみれば当然の結果だ」
ナツらしい斜め上の回答に、色んな意味でひっくり返りそうになった。
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