第十八話
清水城では義さんら幹部と、何故かオレ達にまで部屋が割り当てられた。
目の前に流れている最上川のおかげで水資源を贅沢に使う事ができる為、この清水城にはなんと風呂があるらしい。
義さんに「晩飯の前に汗を流してくるといい」と言われ、使用人の方に素襖に小袖と呼ばれる着物の着替えまで用意してもらった。
至れり尽くせり、有り得ない幸運に感謝しかない。
「よっしゃー! 風呂行こうぜ風呂ーっ! 俺ちゃんもう身体中ベッタベタよー!」
「ああ、確かにそうだな。俺も頭を洗いたい」
着物と手ぬぐいを脇に抱え、風呂へ走ろうとするアキとナツ。
「ちょっと待て! 流石に順番とかあるんじゃないか? 大丈夫なのか!?」
「そっスよ! 身分の高い人からってのが重要視される時代っスから」
現代の感覚で行動すると、突然「無礼者!」と言われ、斬られて血の池ならぬ血の風呂になり兼ねないんじゃないのか?
「ふっふっふー! そこら辺は俺ちゃん抜け目ナッシングーってね。さっき政宗ちゃんに一緒に風呂行こうぜーって話たんよー。したら輝宗さんがいつでも好きな時に使っていいよって言ってくれたんだぜー! ってことで行ってくるっ! ナっちゃん行こうぜー!」
「ああ、そうだな!」
忠告もなんのその。大人げなく足早に政宗を呼びに向かった二人。
「怖いもんなしかよ。オレには真似出来ない図太さだな」
「あの二人、風呂って言ってたっスけど。この時代の風呂って確か――」
そして風呂と呼ばれる建屋の前で、裸で立ち尽くす三人の男達。
「って、サウナじゃん!?」
「アキ兄、サウナってなに? 坂東の方では蒸し風呂って言わないの?」
「いや、言うけどね……。俺ちゃんイメージしてたお風呂ってさー、なんて言うか檜のいい香りがする中で、肩まであったかいお湯に全身浸かるっていうやつなんよー」
「ああ、そうだな」
あからさまに肩を落として項垂れる二人とは対照に、目を輝かせる政宗。
「なにそれすっげー! アレだっ! 温泉ってやつだっ! アキ兄たち毎日そんなのに入ってんのかよー、羨ましーっ! 俺も入りてぇー」
「正直、俺は蒸し風呂ってやつは苦手だ。すぐ立ち眩みするからな」
「あー、そういえばナっちゃんサウナ苦手だったねー」
「ナツ兄。一応外にも風呂あるけど、でも――」
「えっ! あんのかよ!」
「ちょっ! お風呂あるんじゃーん!」
政宗の言葉途中で外に飛び出し、それらしい所に飛び込んだナツとアキ。
「水風呂だから気を付けてー」
「ひっ!? 冷てぇーっ!」
「ああ、そうだな……って、遅ぇよーっ!」
夏の夕空に爆笑する三人の笑い声が響く。
それを部屋で耳にしていた輝宗と義姫。
「なんだかとっても楽しそうな声がしますねー。テンちゃんがあんなに笑ってる声なんて久しぶりに聴いた気がしますー」
「そうだねー。長男だから何かと期待を押し付けてしまったからね」
いつかは政宗に家督を譲りたいと考えていた輝宗。昔を思い返しながら目を瞑る。
「仕方のないことですよー。それよりも本当に楽しそうですねー。私も混ざって来ていいかしらー。えーっと着替えと手ぬぐいはー」
サラっと聞き捨てならない台詞に、背筋が伸びる思いで目を見開いた。
「義姫!? ダメに決まってるでしょー!?」
「いえー、私が突撃するのは仕方のないことなんですー。仕方のないことなんですーっ!」
着替えと手拭いを手にし、廊下をダッシュする。
「ちょ、義姫待ちなさい! 待ちなさいってー!」
一気に賑やかになった清水城。
騒ぐ声と共に、晩ご飯の良い香りが漂ってくるのだった。
「しかしアレは驚いたっスね。まさか義さんが最上義光だったなんて」
「それな! 守棟さんも輝宗さんも、それこそ志村さんと満茂さんも知ってたとかさ、義さん自由過ぎだろ。しかし、自分たちの殿が馬引きに化けてたってのに、よく他の人ら気が付かなかったよなって話だよ。茂兵衛さんなんて驚き過ぎて腰抜かしてたし」
オレとハルは会話しながら起きたことを時系列で追っていた。
何が切っ掛けでタイムスリップしてしまったのか。
今、何に巻き込まれて、何が起きているのかを。
「それにしても清水さんヤバイな。真顔で義さんの変装見破ってたぞ?」
「それなんスけど、清水さんあのときこう言ってたんスよ『全くお変わりない様子で何よりです』って」
「ん? あー、そういえばそんな事言ってたよな」
「要はこうなんだと思うっス。以前から似たようなことをやっていた。だから『全くお変わりない様子で』って言ったんじゃないっスかね? だからすぐバレたんじゃ? って」
「え、マジで? 義さんすげーヤバイ人じゃん! 仮にも最上義光だよな? あの有名な戦国武将だよな? やっば! スケールデカすぎんだろ。尊敬するわ。逆に」
「あははははっ! 仮じゃなくても最上義光っスよ。きっとメチャクチャ頭切れる人なんだと思うっス。僕的には義さんだけじゃなく、みんな優しくて好感度激高っスけどね」
「それはオレも思う。本当にいい人達ばっかりだよ」
いつの間にか、会話の内容は今日会った人たちへの感謝に変わっていた。
この時代、車や電車、飛行機といった耳慣れた騒音とは無縁だ。
縁側に腰を掛け、先程よりは随分暗くなった夕空を見上げると、風にそよぐ草木の音が心地いいことに気が付く。
行燈の淡い光が揺らめく様は、まるで虫たちが奏でる楽曲に身体を揺らすオーディエンスのようだ。
何となく目を瞑ると、静かだが沢山の音が聞こえる。
そこにある自然に人が寄り添い共存する。
本来あるべき姿とはこういうものなんじゃないのか? そう思った。
現代は便利になり過ぎたのかもしれない。
多くの人が人間関係や金銭問題でストレスを抱え、利権争いや競争でギスギスした日常が当たり前になっている。
他人の目や体裁ばかりを気にし、頑張り、嘘をつき、出し抜き、裏切り、奪い、嗤い、そして壊れていく。
そう思うと、現代人は何か大事な物を無くしてしまったんじゃないかって不安になる。
多分、オレ達も壊れているんだ。
だって、この時間がとても贅沢なんだと感じるから。
「一生懸命って何なんだろうな……」
零れた言葉を、ハルはただ受け流してくれた。
「ユキ兄、一生懸命ってなんだ?」
風呂から戻った政宗が俺の隣りに座り、団扇をあおいで涼を取る。
ナツとアキは戻ってくるなり無言で畳に寝転がった。
相当暑かったんだろう。
「なんだろうな。一生かけて頑張るってことかな」
「ふーん、変なの。一つ所で頑張ることが人生を懸けるって事だと思ってたぞ俺。だから『一所懸命』の間違いなんじゃない?」
……ああ。本当に、なんて贅沢な時間なんだろう。
「政宗。お前は本当に凄い奴だな! 少し分かったような気がする。ありがとな!」
思わず抱きついてワシャワシャと可愛がった。
「ちょっ、ユキ兄!? 暑い、暑いってー!」
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