第十話
集まる視線を感じたのか、思わず素知らぬふりをする輝宗。
「むっちゃん」「パパ」「輝宗殿」
まさか父上が! と期待の眼差しを向けている政宗に、応えてやれという三人。
「あー、いやー何て言うかさー。どうしても甘やかしが出ちゃってねー」
自分の子供には厳しく教えられそうにもないと言う。
「パパ? それが既に甘やかしだってこと、分かってますよねー? 私、パパのカッコイイ所が見たいんですけどー。それに、テンちゃんには強くなってもらわないとーって言ってましたよねー?」
「あ、はい」
義姫に以前の発言を押さえられては、ぐうの音も出ない様子。
「そういえば、父上に稽古をつけてもらった最後は……七つになった頃でしたか」
政宗は、遠い目をして、まだ幼かった頃を思い出す。
五つの時に天然痘にかかり、右目の視力を失った。遠近感を取り戻す前、大丈夫だからと無理を言い輝宗と稽古した際に、踏み込みを誤り横っ面に木刀を受け気絶したことがあった。それ以降、輝宗が稽古をつけてくれることはなかった。
輝宗は、政宗の言葉を聞いて自分の手を握りしめ、少し苦い表情を浮かべた。あの時の感触と後悔がまだ残っているのか「やはり光忠に」と口を開こうとした。
「父上! 俺も成長し元服も済ませました。幼かった頃の梵天丸とは違うのですよ!」
大きく見開かれた期待の眼を、父、輝宗へと向ける。
「言うねぇー! カッコイイじゃん政宗。むっちゃんはな、光忠の三倍は強ぇぞー」
「パパ? 昔のことをいつまで引きずるつもりなんですー? 私もあの時の事はもう怒っていませんからー。時間を作って……」
「崩れたぞー! 一気に突っ込めぇーっ!」
小競り合いを続けていた前線が崩れ、細川軍の一団が雄叫びを上げながら内側に雪崩れ込んできた。
目星でも付けていたのだろうか、真っすぐ義光一行の方に向かって来るのが見える。
「おっ、マジか! 中々やるねぇ。どれ、ワシに刀を……」
義光が志村に刀を貸せと言わんとした所で、強烈な怒気を放ち周囲の注目を集めた義姫。
「ちょっと……。今、私が喋ってた所に被せてきたわよねー? それに、こっちに向かって来るってことは、テンちゃんに危害を加えようとしてるってことよねぇー? ……後ろで大人しくしてようと思ってましたけどー。すこーし調子に乗りすぎて、つけ上がっちゃったのかしらぁー? ……勘違いしたら駄目じゃないかしらー? ねぇ?」
全身に何か纏ったかの様に、ユラユラと黒いものをくゆらせながら、馬上で立ち上がり、低い声で「弓」と言う。
気圧された近くの兵が「へ、へいっ」と慌てて弓と矢筒を手渡すと、たたらを踏んでそのまま腰を抜かしてしまった。
「お、鬼じゃ……鬼がおる! ひぃーっ!」
連鎖するように、義姫周辺にいた茂兵衛含めた雑兵達は皆、地面に尻餅をつき、顔と体を強張らせてしまった。
偶然にも、突っ込んで来る一団までの視界が開ける。
「パパ。肩」
血の気が引いた面持ちで馬に跨る輝宗に、足場にするから肩を貸せと要求する。
「はい、喜んでっ!」
ナントカの犬さながらの反射速度で返事をし、最適な位置へ即座に肩を差し出した輝宗。
「むっちゃん!?」「父上!?」「輝宗殿!?」
目にしたことの無いその反応に、皆驚きを隠せない。
肩より下にさげた頭を小刻みに震わせながら「今は何も言うんじゃない、逆らっちゃいけない」とでもいう様な必死の形相を返す。
義姫は差し出された肩に片膝を乗せ、体勢を整えると素早く矢を番えて一気に引き絞り、放った。
次々と射られていく強烈な矢は、雪崩れ込んできた数十にも上る一団の眉間を正確無比に捉えていく。
頭を射抜かれ、馬上から地面に叩き落とされた細川の兵たちは、もう起き上がって来ることはなかった。
あっという間の殲滅劇に、周囲から沸き起こる賞賛の拍手と鬼姫コール。
「おーにっ姫! おーにっ姫! おーにっ姫!」
構えた弓をゆっくりと下ろしながら、未だ怒気を含んだままの笑顔を周囲に向け一言。
「私のテンちゃんに何かしようとする不届き者は他にいますかー? それと、誰が鬼姫なのでしょうかー? 多分空耳ですよねー。空耳ですよねぇー?」
高く可愛らしい響き。なのに抗えない圧を感じる声に、戦場は凍りついたかのように動きを止め、一斉に静まり返った。
川のせせらぎ以外、世界から一瞬音が消える。
「あらー、皆さん真剣に頑張ってるところ、なんか邪魔しちゃってごめんなさいねー。ささっ、気にせず続けて続けてー」
身振り手振りを加え続行を宣言すると、また一気に戦が動き出し騒がしくなった。
「父上……。もしかして本当の化け物は……」
「待てっ! 言うな政宗! 大丈夫だ。お前の稽古は儂がつけてやるから安心しろ!」
青白く血相を変えた親子が、互いの無事を確認し合う。
「パパから教えてもらえることになってよかったわねー、テンちゃん」
「はいっ! 母上っ!」
傍らで「怖い、怖い」と肩を竦めてみせた義光と守棟。
二つ名「出羽の鬼姫」は伊達ではないと、皆、再認識するのであった。
光忠と激しい切り結びを続ける直元と直重。
少しずつ陽は昇り、砂利を踏み込む度に舞う砂煙が、汗まみれの肌に張り付いていく。押し戻したはずの最上軍が、また三人を取り囲み始め、二人の焦りを加速させる。
既にかなりの仲間たちが殺られてしまったのだろうか。そう、脳裏をよぎる直元の鼻元を、鉄錆びた濃厚な死の香りが悪戯にくすぐってきた。
「兄者っ!」
その異変を肌で感じ取った直重が訴えかける。
「今は考えるなっ、目の前に集中しろっ!」
オレたちは今「死地」に立っている。
黒装束を纏った白骨姿の死神はもう、首元に手を掛け、徐々に締め始めているのだ。勝つ以外に生き残る道はないのだ。
「蔵増殿……だったか。悪いが、オレたちは何がなんでも負ける訳にはいかねぇんだ! もう体裁なんか関係ねぇっ! 勝った方が正義だ! 直重!」
「おうよっ! うぉぉおおーっ!」
直元が素早く後ろに引くと、間髪入れずに体を入れ替えた直重。
脇差しを鞘に収め、代わりに両手で握った大太刀を大上段から振り下ろし、強烈な袈裟斬りをお見舞いした。
一瞬の見切りで横に躱した光忠は、その気迫と剣筋の美しさに思わず太刀筋を目で追ってしまった。
振り抜かれたその一瞬、思い切り踏み込んだ直重は、光忠の腰元近くまで身体を低く落とし込み、刃を返して斬り上げる。
凄まじい体裁きと腕力が成せる技で、ついに光忠を捉えた……かに見えた。
空をも斬り裂くような甲高い風切り音が、刃の先端から放たれると、直重は目を見開く。
「マジか……。こいつを躱すとか、冗談キツイぜ」
太刀筋を目で追った事が功を奏したのだろう。すんでで刀をねじ込み、あわや致命傷と思われた一撃をいなした光忠。その表情には驚きが浮かぶが、同時に、後ろ脇腹に走った苦痛に鈍いうめき声を上げた。
体勢を崩した直重に、表情を歪ませたまま、いなした刀の軌道で戸惑いなく逆袈裟を放つ。
舞う鮮血とともに上がる断末の声。
前のめりに倒れていく直重。
光忠は後ろを振り返ると、自分の脇腹に突き刺さった刀が見えた。
必死の形相でその柄を握る直元。
光忠は刀を逆手に持ち替え、死角から腹へと深く突き立てた。
直元はたまらず刀から手を放し、血を吐き出しながら数歩後ずさる。
覚悟を決めた男に情けは無用とばかりに、腹から容赦なく刀を引き抜くと、光忠はその両腕を間髪入れずに切り落とした。
「あがぁぁあっ!」
決着はついた。
もはやこれまでと、叫びながら地面を転がった直元は、覚悟を決めた必死の形相で、倒れ込んだ直重に這いずり寄っていく。
光忠は一思いに止めを刺す事をせず、口から血を吐き出しながらも、ただその様子を微動だにせず見届ける。
徐々に深紅に染まる地面は、ヌルリとした光沢を帯びていった。
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