第九話
あちこちから上がる雄叫びと、火花を散らす剣戟の応酬。
いつの間にか晴れた朝霧が、入り乱れの戦場をこれでもかと鮮明に目に焼き付けてくる。
細川の直元と、その弟、直重。
大口を叩き、懐柔にも応じなかっただけの事はある。
武勇に優れ智謀に長けた武人、光忠は感心する。
時には太刀、時には槍。
そして、細かで素早い小太刀の動きまで再現する変幻自在な薙刀捌きを、この二人は器用にいなし、よく躱す。
「やるじゃないかっ! いい眼を持っている。羨ましい限りだ」
「何が羨ましいだ! こちとらアンタのイカレた攻撃を捌くので手一杯だ!」
「兄者もそうだが、俺からしてみればどっちも化け物染みた強さなんだよ! 羨ましいのは俺の方だっ! だりゃあーっ!」
直元と体を入れ替えるようにして、直重が前に出る。
大上段からの一閃。明らかに力技で勢いと重量の増した太刀が、力一杯振り下ろされた。
素早く脇差を抜き放ち、激しい金属音と火花を上げながら渾身の一撃を肩口で受け止めた光忠。
衝撃と重さで、刀の背が肩にめり込み、関節と鎖骨が軋みをあげる。
「なんだそりゃあ!? この重量を片手で止めんのかよ!? ふざけんな! いよいよ化け物じゃねえか!」
「馬鹿を言うな、そっくりそのまま返させてもらおう。その大太刀を片手で振るうお主の方が、余程どうにかしているぞ!」
直重の背後から素早く飛び出した直元が、間髪入れずに切りかかった。
光忠は右手一本で大薙刀を器用に操り、動きに合わせ突きを繰り出す。
「はっ! 片手一本でこの直元を殺れると思ったか! ナメるなぁー!」
連続で突き出される穂先を、二振りを交差して器用に後ろにいなし、そのまま踏み込んで十字に振り抜く。
その戦闘センスに、思わず口角を上げた光忠の表情は、さながら喜びのあまりに笑みを浮かべた鬼のよう。
「楽しい! 楽しいぞお主らぁ!」
瞬間、大薙刀を捨て、代わりに引き抜かれた長巻が、直元の二振りを中心で抑え込んでいた。
「んなっ!? なんなんだよクソがっ! まさかとは思うが、最上の家臣にはアンタみてぇのがゴロゴロしてんじゃねぇだろうなぁー!? 冗談じゃねぇ、勘弁願うぜ!」
「気が合うな兄者っ、俺も今、同じ事を思ったとこだ!」
このまま馬上での打ち合いを継続するのは難しいと判断した光忠。
二人の重心を崩し、馬上から地面に叩き落すと自らも馬を飛び降り、腰を落とした独特な構えをとった。
「おいおい、冗談はよしてくれ。某より強い御仁など、それこそゴロゴロしているぞ」
「なん……だって。……冗談じゃねぇ、マジ勘弁願うって」
「気が合うな兄者。俺も今、同じ事を思ったとこだ」
やっと身体が温まってきた光忠の、片笑むその微妙な表情の変化に、余裕のない二人は気が付くことはなかった。
見事な騎馬術で場をかき乱す細川の兵達。
急激に詰めては槍を放ち、斬り返した時にはもういない。入れ変わり立ち代わり、途切れなく常に流動し的を絞らせない一撃離脱の戦法。一見簡単そうだが、相当な連携力を必要とする巧みな技術。
それ故に、翻弄され攻めあぐねる最上軍のもたつく様が異様に目立つ。
反撃しようにも、そう出来ず苛立っているのを見て、徐々に調子付いていく小国の兵。
「オラオラーっ! 勢いイイのは人数だけかオラぁ!」
「こちとら命かけて走ってんだ! 覚悟が違うんだよ覚悟がぁ! そこんとこ夜露死苦ぅー!」
この混戦で周囲に死体が転がっては邪魔になる。敵の数がハッキリしない現状では、これ以上囲まれるのは避けたいと、戦闘状況を冷静に判断した二番隊、隊長の伊藤が声を上げる。
「四番隊、殿を援護! 三番隊は左右に分かれて二番隊について来い! このまま突っ込んで敵を土手まで押し戻すぞっ! 数的優位を作らせるなーっ!」
素早く反応し、統制の取れた動きを見せる細川軍。
三番隊の菅も続いて叫ぶ。
「聞こえたか三番隊っ! 左右に大きく展開だ! 鼠を穴倉に追い込んでやれぇ! 一匹たりとも漏らすな! 絶対負けんじゃねぇぞ! 気合入れてけよテメェらーっ!」
全く衰えない力強い雄叫びが沸き上がり、皆が皆を鼓舞し合い、細川軍の勢いは増していく。
兎や鹿を追い込むような、巧みで途切れのない攻撃を受け、ジリジリと押し戻される最上軍。
いつの間にか輝宗の馬の上で立っている義光と、志村の馬の上で立っている守棟。ボロを着た馬丁姿の男二人が、侍の肩を借りて馬上に立ち、戦場を眺めているというおかしな光景。
右へ左へ押し戻されながらも、周囲の足軽たちは二人に叫ぶ。
「馬鹿、オメだズ! 斬られちまうべ! 早ぇぐ降りろー!」
「何すてんだぁ! 馬引ぎの分際でぇ!」
「義さん! 危ねぇがら降りでこいって! ホレっ、棟さんも!」
出陣の時に偶然知り合った茂兵衛だが、何だかんだとこれまで義光らと行動を共にしていた。
殊の外人懐こく、面倒見良い性格が気に入ったのか、義光が率先して連れ回している始末。
茂兵衛はもちろん、二人の本当の姿が殿とその側近である事を知らない。
「だーい丈夫、大丈夫! ワシを斬れる奴なんざそうそういねーって! んでも、本気で危なくなったら茂兵衛のとこに落ちるから、そん時は頼むぜー。それより、見えてるか政宗。二対一だけどアイツら、あの光忠と渡り合ってんぞー」
「うん、見えてる。けどあの三人って本当に人間!? 化け物の間違いじゃないの?」
「もちろん人間も人間よー。何なら光忠なんてワシに弄らせたらイチコロだぜぇー?」
馬上で腰に手を当て、バランスを崩しそうになりながらも「どうだ、すごいだろう」と胸を張ってみせる。
「また適当な事言ってー。お兄ちゃんのどうしようもない戯れに、光忠が上手に付き合ってるだけでしょー?」
義姫のツッコミに、激しい戦闘を続ける光忠がクシャミをしたように見えた。
「よしおじちゃん。この戦いが終わったら俺、光忠に戦い方を教えてもらいたい! 強さの秘訣を知りたい! だから後で聞いてみてもいいかな」
「おー、いいんじゃねーかー? あいつは面倒見もいいし教え方も多分上手い……いやいや、もっと適任が直ぐ傍にいるだろ。とんでもねースゲーのが」
「えっ! まさか、よしおじちゃんが!?」
「んぉ!? いや、ワシもやる方だけどな、残念だけど違うなー」
「なら、まさかの守棟が!?」
「まさかのって。政宗様も中々ですな。いやー、儂も殿よりはやる方だとは思いますが、もっと身近におられるでしょう。武力も知力も兼ね備えた傑物がそこに」
皆の視線が、一人の男に向けられた。
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