【Scene6-3】――噂の初手・社交界のランチ会
宮廷の昼下がりは、午後の光が銀器を鈍く輝かせる時間帯だ。
噂話はコーヒーの蒸気と同じように立ち上り、空気の中で濃度を増していく。
木彫りの長テーブルに集う貴婦人たちの間、それは小さな波紋のように始まった。
クラリッサはいつものように、完璧な姿勢で席に着き、扇子をちょいと開いた。顔はやわらかな笑みだが、瞳は綿密な計算機そのものだ。
「リゼット様のこと?」
彼女の声は真珠のように滑らかで、周囲の雑音を一瞬だけ静める。
「昨日は少し無理をされていたみたいね」
隣の貴婦人が、驚いたふうに眉を上げる。
「あら、そうなの? 可哀想に……」
その一言が、まるで樹に触れた小石のように周囲に跳ね返る。人々は勝手に想像を膨らませる。想像は短い物語を作り、物語はまた別の耳へと伝わる。噂の連鎖は、誰かの口元から始まるちょっとした同情で十分だ。
クラリッサは扇子をゆっくりと振る。風にのって、彼女の“ささやき”が遠くの席にも届く。彼女の所作に意味はないようで、すべてを意味している。
> (小さな波紋を広げるだけで、人は勝手に転ぶの)
数分もしないうちに、誰かが小声で付け加える。
「夜のこと、聞いたのよ。リゼット様、かなりお疲れだったって」
「それで倒れたのかしら、可哀想に」
意図しない証言が尻尾をつけ、話は尾ひれを得ていく。
「倒れた」という語が「倒れるように仕向けられた」に変わるのは時間の問題だ。だが、その変化を誰も“仕掛け”だと気づかない。彼女たちは物語を享受する観客であり、いつのまにか主演女優の履歴書を書き換えている。
リリアが隣で震える声で囁く。
「お、お嬢様……本当にこれでいいのですか……?」
クラリッサは薄く笑い、紅茶を一口含む。
「ええ、いいのよ。人は自分の脚で転ぶのを見るのが好きなの。
私はただ、少し後押しをするだけ。」
その表情は本当に無邪気で、どこにも残酷さを見せない。だがリリアは、ふと気づく。
「魔法を使わなくても、殺せますね……」と、震えた声で呟いた。
クラリッサは肩越しにリリアを見て、優しく囁く。
「上等。毒より簡単で、美味しいのよ」
ランチ会が終わるころには、噂はもう小さな嵐となりつつあった。食堂を出る貴婦人たちの顔には、同情と好奇と微かな疑念が混在する。だがそのどれもが、クラリッサという名の新たな装飾になっていく。
窓の外、庭でひとつの花弁が舞い落ちる。クラリッサはそれを見て、静かに笑った。
> 「さて、次の波紋はどこに投げようかしら。」




