Scene3:紅薔薇の痕
夕暮れ。
薔薇の庵の奥、古い鏡の前にクララは立っていた。
鏡の縁は少し欠け、曇った銀面にはやわらかな光が映っている。
クララはそっと指先で胸元に触れた。
そこには、淡く輝く“紅薔薇の痕”――
まるで心臓の鼓動に合わせて、花弁が光を放つように、静かに脈打っている。
背後で、扉が軋む音。
振り向くと、リリアが立っていた。
手には紅茶のトレイ、そして少し不安げな瞳。
「……まだ、その印。痛むことはありますか?」
クララは少し考え、やがて微笑んだ。
「いいえ。痛みじゃなくて――鼓動なんです。」
指先で痕をなぞりながら、ゆっくりと言葉を続ける。
「誰かが、“生きろ”って、笑ってるみたいで。」
リリアの瞳に、静かに涙が滲む。
それは悲しみではなく、何かが続いていることへの安堵の涙だった。
部屋の奥からルシアンが入ってきた。
紅茶の香りを吸い込みながら、軽く肩をすくめる。
「……“死神のない朝”は、もう日常になったんだな。」
クララは笑みを返し、紅茶のカップを差し出す。
「ええ。だからこそ、今日も淹れるんです。
――生きている証に。」
三人は静かにカップを掲げた。
カップの中で湯気がゆらめき、まるで紅薔薇の花弁がそこに浮かんでいるかのように見えた。
窓の外では、灰ではなく、やわらかな風が吹いていた。
その風はどこか懐かしい声を運んでくる。
――「泣かないで。紅茶がしょっぱくなるわ。」
リリアが小さく笑い、クララはそっと目を閉じる。
胸の紅薔薇が、また一度、穏やかに光った。




