【第11章(終章)】灰のあとに 紅薔薇の残香 Scene1:灰の街に、薔薇の風 灰の降らない朝が、ようやく訪れるようになった。
王都の跡地に立つ小さな屋敷――“薔薇の庵”の庭では、朝露に濡れた紅茶の葉が柔らかく光を返していた。
子供たちの笑い声が響く。かつての戦火も、死神の契約も、ここにはもうない。
残っているのは、紅茶の香りと、誰かの微笑みの記憶だけだった。
「クララ先生、これでいいですか!」
泥だらけの手で茶葉を摘む少年が、元気に声を上げる。
「ええ、上出来よ。――あとは、日向で乾かしてあげてね。」
クララは微笑み、ポットに湯を注いだ。
湯気が立ちのぼり、朝の光と溶け合う。
香りが風に乗り、庭一面に広がっていく。
その香りは、どこか懐かしかった。
花でも果実でもない、もっと深く、優しい香り。
――それは、あの人の紅茶の匂いだった。
クララはテーブルの上に二つのカップを置いた。
ひとつは自分の分。もうひとつは、空の席に。
誰も座らないその椅子に、彼女はそっと視線を落とす。
「死を語る子供たちが増えたのよ。」
静かに、しかし微笑を含んでクララは呟いた。
「だから、今日もお茶を淹れましょう。」
その声音には、不思議な温度があった。
まるで――失われた“紅薔薇の令嬢”が、どこかで同じ言葉を口にしているかのように。
風が吹き抜け、紅薔薇の花びらが一枚、庭に舞い降りた。
それを見た子供たちは歓声を上げ、クララは静かに微笑む。
灰の時代は終わった。
けれど、その灰の中から生まれた“紅”は、確かに息づいている。
――紅薔薇は、まだこの世界で咲いていた。




