◆Scene3:生きる誓い ――王都廃墟、夜明け前。
灰の雨が止んだあと、
世界はしばらく――まるで息を潜めるように、音を失っていた。
崩れ落ちた儀式の柱の跡には、紅薔薇の花弁がいくつも散らばっている。
風がそれらを拾い上げ、ゆるやかに舞わせた。
灰ではなく、光の粉を撒くように。
その中心に、二人の影が残っていた。
リリアは震える手で、クラリッサから託された紅薔薇の杖を抱きしめている。
その杖の中心からは、まだ淡い温もりが伝わっていた。
まるで“彼女の心臓”が、そこに宿っているかのように。
その傍らで、ルシアンが瓦礫に腰を下ろした。
長い沈黙のあと、ひとつ、深い息を吐き出す。
「お嬢様……あんた、置き土産が重すぎる。」
リリアは涙で曇った瞳を上げる。
だがその表情には、不思議と柔らかな笑みがあった。
「でも……温かいです。この杖、まだ生きてます。」
ルシアンは肩をすくめ、
灰をかぶった外套を払いながら空を見上げた。
夜が、明け始めていた。
雲の切れ間から差す淡い紅光が、王都の廃墟を染めていく。
その光に照らされながら、彼は静かに呟いた。
「あの人の紅茶、まだ香ってるな。」
リリアは小さく笑った。
それは泣き笑いのようで、どこか懐かしい音だった。
「……生きましょう。お嬢様が選んだ世界で。」
「ああ。“死神のない朝”を、見届けよう。」
二人の言葉が重なった瞬間――
紅薔薇の杖から、柔らかな光があふれ出す。
それは風に溶け、灰を紅く照らしながら、
まるでクラリッサの微笑が世界を撫でていくかのようだった。
ルシアンは目を細め、その光を見つめながら呟く。
「……あんたの朝日、ちゃんと届いたぞ。」
紅薔薇の杖がかすかに揺れ、ひとひらの花弁が舞い上がる。
それは風に乗って、遠く、遠くへと飛んでいった。
新しい朝が、ゆっくりと始まっていく。
“死神のない世界”に、初めての光が差し込む。
“灰の雨は止み、紅の微笑みだけが残った。
それは――生きることへの、最後の誓いだった。”




