第10章 灰の雨、紅い微笑み― さよなら、死神。――ようこそ、生きる私。―Scene1:灰の終焉 ――王都上空、崩壊する“灰の陣”
世界が、静かに壊れていた。
空を裂くような光も、爆音もない。
ただ、空一面を覆う灰の渦――
それが、ゆっくりと王都を包み込み、沈黙の幕を下ろしていく。
灰は血よりも温かく、雪よりも冷たい。
人々の祈りも、嘆きも、風に溶けて消える。
その中心――
“灰の陣”の真上に、七つの影が立っていた。
死神協会の幹部たち。
長きに渡って世界の死を支配してきた、七つの罪の名を持つ者たち。
だが今――
彼らの胸に刻まれた“死神印”が、
ひとつ、またひとつと軋む音を立てて砕けていく。
「……っ、ぐ……!?」
〈暴食〉の男が、腹を押さえて呻いた。
その肉体は膨張と収縮を繰り返し、やがて虚空に溶けるように霧散する。
「喰うものが、もう……ないとは……皮肉だな……」
最後に吐き出したその言葉は、灰の中に消えた。
〈憤怒〉が拳を天に振り上げる。
怒りの炎を象ったその印も、亀裂とともに崩壊する。
「秩序が崩れる……!? 貴様、クラリッサァッ――!」
その叫びも届かぬまま、肉体は灰の風に呑まれていった。
〈怠惰〉の女は、崩れる仲間たちをぼんやりと見ていた。
その瞳に恐怖も焦燥もない。
ただ、眠気に似た諦めだけがあった。
「……もう寝てていいよね……」
そう呟いて微笑むと、
彼女は静かに目を閉じ、灰の粒子となって風に溶けた。
最後に残った〈傲慢〉――エレナ。
彼女は、崩壊の中心で祈るクラリッサを見下ろしていた。
クラリッサの銀の髪は灰に濡れ、紅薔薇の瞳だけが静かに輝いている。
その姿は、死神というよりも“慈悲そのもの”のようだった。
エレナは小さく笑った。
かつての師に向けて、最後の言葉を贈るように。
「……あなたは、本当に壊したのね。」
その微笑は、皮肉でも絶望でもなかった。
長い束縛から解かれた者の、安らぎの笑み。
次の瞬間、エレナの身体が灰の花弁となって散り、
風に乗ってクラリッサのもとへ舞い落ちた。
クラリッサは両手を胸の前で組み、目を閉じる。
静かに呟く声は、まるで祈りのようだった。
「死神たちよ。ありがとう。
あなたたちの死は、ようやく“生”の糧になる。」
その声に応えるように、
空の灰がゆっくりと舞い降りてくる。
だが――それはもはや“破壊”ではなかった。
焼け落ちた王都の石畳を濡らすその灰は、冷たくも優しく、
まるで大地を癒す“浄化の雨”のようだった。
灰に包まれた世界の中で、
ひとひらの紅薔薇の花弁が、ひっそりと光を放つ。
そして――
その光が、次の“生”の章を告げるように、
夜の空を、ほんの少しだけ紅く染め上げた。
――灰が、降り止まない。
けれどこの灰は、滅びではない。
それは、生きようとする者たちの記憶だ。




