Scene3:呼び戻す声 ――灰の夜が、息をしていた。
崩れた王都の中心、かつて王城があった場所に、
紅薔薇の花弁と灰が混じり合い、渦を巻いていた。
風はなく、音もなく、ただ、世界そのものが祈っているような沈黙。
その中心に立つ“紅薔薇の柱”は、
まるで心臓のように脈打ちながら淡く光を放っていた。
リリアは瓦礫に膝をつき、紅薔薇の杖を必死に抱きしめていた。
指先が震え、灰に濡れた頬に涙が落ちる。
「お嬢様……!戻ってきてください……!」
叫んでも、返事はない。
ただ、灰の柱がゆっくりと鼓動を打つ。
その背後で、ルシアンが傷だらけの腕で杖を支える。
顔は土と血で汚れていたが、彼の声は力強かった。
「あの人の紅茶、俺がまだ一度も飲み干してないんですよ!」
その言葉は、祈りよりも真っ直ぐだった。
ルシアンの拳が、紅薔薇の柱に叩きつけられる。
――ポン、と音を立てて、花弁が一枚、宙に舞う。
紅い光が淡く波紋を描き、空気が震えた。
まるで“彼女”が微笑んだように。
精神世界。
灰色の庭園の奥で、クラリッサが静かに目を伏せていた。
遠くから――声が聞こえる。
懐かしく、少し騒がしくて、愛おしい声。
「お嬢様……!」
「紅茶が冷めるぞ……!」
微かに唇が動く。
「……紅茶が、冷めるわね。」
その一言に、世界がざわめく。
灰の空が揺れ、紅の光が彼女の胸から滲み出す。
紅薔薇の紋章が再び輝き、鎖が音を立てて砕け散った。
クラリッサはゆっくりと立ち上がり、
背筋を伸ばして、遠くの光――現実の王都を見つめた。
「呼ばれたのなら、行かないとね。
――あの子たち、紅茶を冷ましそうだもの。」
現実。
紅薔薇の柱が一瞬、まばゆく光を放つ。
花弁の嵐の中に、ひとつの影が現れる。
紅の衣、優雅な微笑、そして――あたたかい声。
「待たせたわね。」
その瞬間、灰の風が止み、世界が色を取り戻した。
リリアは泣きながら叫び、ルシアンは空を仰いで笑った。
「おかえりなさい、お嬢様!」
「まったく……心臓に悪い人だ。」
クラリッサは微笑み、指先で杖の紅薔薇を撫でる。
「心臓に悪い紅茶ほど、目が覚めるものよ。」
灰の夜明けに、紅薔薇が咲いた。




