Scene2:秩序の声と紅の意志
――灰の庭園が、音を取り戻した。
次の瞬間、世界は“鏡”に変わる。
無数の面が空中に浮かび、互いを映し、そして終わりなく反射していく。
そのすべてに、評議会の幻影が映っていた。
七人の影が、無限に増殖しながら囁く。
冷たい、しかし整然とした声が、空間のどこからともなく重なる。
「死は秩序だ。」
「死があるからこそ、命は直線を描く。」
「直線は終わりを持ち、終わりこそが美を生む。」
声が響くたび、鏡面が微かに揺れた。
まるで、世界そのものが“正しさ”を呪文として再確認しているかのように。
クラリッサは、その中心に立つ。
足元に映る己の影が、無数に枝分かれし、幾千もの“彼女”が互いを見つめていた。
――けれど、どの鏡の中の自分も、微笑んでいる。
「……でも、その直線はすぐ折れるわ。」
クラリッサの声は、柔らかく、そして深く響く。
まるで、凍った湖面に一滴の紅茶を落としたように、世界に色が滲む。
「人は死で止まるんじゃない。生きたまま“壊れる”のよ。」
ピシリ、と鏡が一枚――ひび割れた。
その音が連鎖し、無限回廊に蜘蛛の巣のような亀裂が走る。
評議会の幻影たちは声を重ねる。
秩序を守るための祈り、恐れ、執着。
そのたびに、世界の軸が傾き、灰が逆流する。
「秩序に“死”は要らない。」
クラリッサはゆっくりと顔を上げた。
瞳に宿る紅の光が、鏡の迷宮を染め上げる。
「“生”が勝手に壊してくれるから。」
その皮肉は、祈りよりも美しく響いた。
そして――胸の紅薔薇の紋章が、淡く光を放つ。
チリ……と音がして、腕に絡む鎖が一本、砕け散った。
灰となった鎖の欠片が舞い上がり、鏡の中に吸い込まれていく。
その瞬間、幻影の声が一瞬だけ途切れた。
世界が息を止めたような静寂。
クラリッサはその沈黙の中で、そっと目を閉じた。
「ねえ、“永遠”ってそんなに尊い?
壊れないものほど、つまらないわ。」
鏡がひとつ、砕け散る。
破片に映るのは、灰の庭園に咲いた一輪の紅薔薇。
それは、“生”の不完全さが放つ――
唯一の美だった。




