第9章 紅薔薇の誓い Scene1:永遠の虚界
――そこは、音も、温度も、終わりもない場所だった。
灰色の地平が、果ての見えないほどに広がっている。
咲くはずの花は枯れ、風はただ、存在を忘れたように静止していた。
時間が“息をする”ことすら許されない、完璧な静寂。
クラリッサ・グレイヴはその中心に、ゆるやかに座していた。
紅薔薇の茎で編まれた棘の玉座。
その腕には死神印の鎖が巻き付き、淡く光を放っている。
胸の紅薔薇の紋章は、かつての輝きを失い、今は灰の色に沈んでいた。
――ここが、“死神印”の核。
彼女が自ら選び、そして囚われた、永遠の虚界。
やがて、何もない空間に波紋が生まれた。
黒い靄が立ち上り、七つの人影が重なり合いながら形をとる。
それは協会評議会の幻影。現実ではすでに滅んだ存在が、秩序の亡霊としてここに残っていた。
「――秩序は、死を糧に生きる。」
声は、男でも女でもない。
響くたび、空間そのものが“決まりごと”のように震えた。
「ゆえに、永遠の秩序のためには、“死神”が必要なのだ。」
その言葉に、クラリッサはゆっくりと瞼を上げた。
紅く、深い眼差し――その奥には、灰の中でもなお燃えるような光が宿っている。
彼女は唇の端をわずかに上げた。
まるで長い眠りから目覚めた貴婦人のように、優雅に。
「ええ、必要でしょうね。」
小さく息を吐く。
まるで、退屈な朗読会を聞かされた後のように。
「……でも、それを“永遠”なんて呼ぶから退屈になるのよ。」
評議会の幻影が一斉にざわめいた。
その瞬間、虚界を満たしていた灰がふわりと舞い上がる。
無風のはずの庭園に、かすかな風が流れた。
その風は、彼女の頬を撫で、金糸の髪をゆらめかせる。
――その瞬間、枯れ果てた薔薇が一輪、紅く光った。
灰色の庭園のただ中に、ひときわ鮮やかな紅の光が灯る。
それはまるで、死の果てに差す“生”の残滓のように。
クラリッサはその光に気づき、静かに微笑んだ。
「やっぱりね……秩序は灰になるけれど、灰は紅を覚えているの。」
そして、灰の世界が、わずかに――息を吹き返した。




