【Scene 4】――婚約者と浮気と毒入りワイン
庭園に夜風が流れていた。
月光は白く、花々は香りを誇る。
遠くの舞踏会場からは、まだ音楽と笑い声が続いている。
クラリッサ・フォン・ヴァレンシュタインは、裾を持ち上げながら静かに歩いた。
婚約者――王太子エドワードが、どこかに姿を消したという。
“夜会の主役がいない? それ、暗殺現場なら死亡フラグね。”
そんな内心のつぶやきを隠し、彼女は庭園の奥へと進む。
そこで見た光景に、思わず笑みがこぼれた。
――王太子が、別の令嬢と寄り添っていた。
月明かりに照らされた令嬢リゼットは、まるで天使のように微笑んでいる。
だがクラリッサの目には、その笑顔の角度が“訓練されている”ように見えた。
つまり――狙っている。
「まぁ、殿下。クラリッサ様が来られたら、誤解されてしまいますわ」
「ふふ……彼女はそういう方ではないよ」
殿下は軽く笑うが、目が泳いでいる。
クラリッサはゆっくりと扇子を閉じ、柔らかく一礼した。
「お邪魔でしたかしら? あら、ご安心なさって。私は悪役令嬢ですもの。
――こういう場面こそ、似合うでしょう?」
リゼットの笑顔が一瞬、引きつる。
「まぁ……ご自覚がおありなのね?」
「ええ。だから、こうして静かに悪役を演じているの。」
クラリッサはテーブルの上のグラスに手を伸ばした。
白い指先が、赤いワインの表面をなぞる。
ほんのひとかけら、透明な液体を落とした。
それは彼女の懐から指輪の細工を通じて流れた――“逆毒”だった。
特定の毒物と反応し、毒を“顕在化”させる誘発剤。
つまり、飲んだ者の体内に毒があれば、それを暴発させる。
クラリッサは優雅に笑いながら、グラスを差し出した。
「どうぞ、リゼット様。夜風で喉が渇いたでしょう?」
「まぁ……お気遣いありがとうございますわ」
リゼットは受け取り、一口。
数秒後――顔色が変わった。
唇が青くなり、手が震える。
クラリッサは目を丸くし、完璧な演技で声を上げた。
「まぁ! リゼット様!?」
「だ、殿下……わ、わたくし……!」
「侍医を! 今すぐ侍医を呼べ!」
王太子が慌てる中、クラリッサはそっとグラスを伏せた。
その瞳の奥には、ひとかけらの情もない冷たい光。
――この反応。毒の種類は《エーデル・デスティル》。
ごく微量で恋の媚薬にもなるが、過剰摂取で呼吸を止める。
……彼女、殿下を落とすために盛ったのね。惜しい腕前だわ。
クラリッサは静かに息を吐いた。
そして、微笑んだまま内心で呟く。
> “暗殺の現場で一番大切なのは、笑顔の管理。
取り乱せば敵。微笑めば勝者。”
騒ぎの中、誰もクラリッサを疑わなかった。
むしろ彼女の冷静な対応は「なんて立派なお嬢様」と賞賛された。
夜空の下、花弁が舞う。
クラリッサは扇子を開き、そっと呟いた。
「……殿下。あなたの“見る目”は、致命的ね。」
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章末モノローグ:
> “貴族の恋は、毒よりも速く腐る。
でもいいわ。腐ったものほど、処理しがいがあるもの。”




