【Scene3:幻術崩壊、現実への帰還】 ――学院跡地・夜明け前
灰色の夜が、静かに鳴動していた。
崩れた学院の瓦礫の上、月光が歪み、空間そのものが波打つ。
エレナの瞳が淡く輝き、空気が凍るように澄み渡る。
その中心に――光と影でできた鏡の檻が、世界を包み込んだ。
「これが、私の最後の幻術。《灰鏡の檻》。
現実を焼き写し、心を閉じ込める牢獄。」
鏡の壁面には、無数の“クラリッサの幻影”が映り込む。
どのクラリッサも微笑みながら、紅茶を掲げていた。
紅の液体が、まるで血のように揺れている。
ルシアンが息を呑む。
「お嬢様……これ、全部……?」
「ええ。私が“死ぬたび”の姿ね。」
クラリッサは微笑みながら、ゆっくりと歩み出る。
「幻想の死を、現実の美で上書きする――
これが、“破戒”よ。」
その瞬間、彼女の胸の紅薔薇が強く輝く。
灰が逆流し、空気が一気に燃え上がる。
灰鏡の壁が、音もなく裂けた。
反転した幻術が、灰の海に沈んでいく。
エレナは一歩後ずさり、膝をついた。
紅の風が吹き抜け、紅茶の香りが広がる。
「……やはり、あなたは“傲慢”より恐ろしい。」
その言葉に、クラリッサは涼やかに笑った。
「ありがとう。弟子にそう言われるのは、褒め言葉よ。」
エレナは立ち上がり、背を向ける。
その歩みは静かで、しかし確かに震えていた。
やがて灰の霧に溶けるように、姿を消していく。
リリアが息をついた瞬間――
カチリ、と陶器の音。
クラリッサがティーカップを差し出していた。
「さあ、反省会よ。あなたの幻術、もう少し“情緒”を入れなさい。」
リリアが悲鳴を上げる。
「命懸けの師弟茶会やめてください!どこまで平常運転なんですか!」
ルシアンも呆れ気味に呟く。
「もはや戦後処理がティータイム……」
クラリッサは肩をすくめて、淡く笑う。
「戦いも会話も、温かいお茶の方が冷静になれるものよ。」
夜明けの風が吹き抜けた。
崩れた学院の跡地に、ひとひらの花弁が舞い落ちる。
それは灰ではなく、紅。
“灰の中に、紅薔薇の花弁が一枚だけ残った。
それは、師と弟子の“傲慢”がまだ繋がっている証だった。”




