Scene5:裏切りの再現
――その夜、死神協会の奥底。
誰も近づくことを許されぬ場所、“影の間”にて。
冷たい燭光が揺れ、十を超えるローブの影が円を描く。
壁に刻まれた契約の碑文が淡く脈打ち、クラリッサの名を映し出した。
「……彼女は、生かした。灰衣の残党すべてを。」
「死神が死を拒んだ――それは、“契約の裏切り”と同義だ。」
議場に低い囁きが走る。
その響きはまるで祈りのようで、呪詛のようだった。
やがて中央の影――協会長がゆっくりと立ち上がる。
その声は老いてもなお、氷の刃のように鋭い。
「……『裏切りの再現』、か。」
「はい。報告によれば、彼女は“死神印”の本質――
“契約と裏切りの瞬間”を、完全に再現してみせたようです。」
若い使徒の声が震える。
協会長は静かにうなずき、閉じた瞳の奥で微かに笑った。
「やはり、死神は人の姿では眠れぬか。」
その一言で、影たちは沈黙した。
長きにわたる死神協会の歴史の中で、ただ一度起こった“裏切りの夜”。
――それが、再び始まろうとしている。
遠く離れた屋敷では、その噂を知らぬままクラリッサがティーカップを傾けていた。
リリアが新聞を見ながら顔を引きつらせる。
「お嬢様、またですよ! “裏切りの再現者”って見出しが載ってます!」
「ふふ、素敵じゃない。なんだか芸術家みたいでしょ?」
「どんな芸術ですかそれ!?」
クラリッサは微笑みながら、紅茶を一口。
その香りは、戦場の血と灰をも凌ぐ静けさを孕んでいた。
「人が名をくれるなら、せめて美しく響くように使うだけよ。」
そのとき、ルシアンの観察記録のページが閉じられる。
最後の一文が、淡いインクで滲んだ。
《観察記録:彼女は死を否定した。
だがその否定こそが、最も美しい“死”の形だ。》
窓の外、夜明け前の風が薔薇を揺らす。
紅薔薇の継承体――クラリッサ・グレイヴ。
その微笑の裏で、世界は静かに、灰へと燃え始めていた。




