【Scene 3】――社交界の華、裏の観察者
鏡の中の自分が、どうにも他人のように見える。
ドレスは夜空のような群青。宝石が散りばめられ、光を反射してきらめいている。
髪には銀糸のティアラ。まるで「完璧な令嬢」そのもの。
使用人たちが慌ただしく仕上げをしている中、クラリッサはぼんやりと鏡を見つめた。
「お嬢様、今日はついに社交界デビューでございます!」
「王太子殿下と正式なお披露目ですわ。全貴族が注目なさっております!」
「……殿下、ね。」
クラリッサは軽く首をかしげ、鏡越しに自分の笑顔を確認した。
完璧な口角。死体すら魅了する微笑。
彼女は小さく呟く。
「標的じゃなくて婚約者、っと。間違えないようにしないとね。」
侍女たちは一瞬、笑っていいのか判断に迷い、結局無言になった。
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夜会ホールの扉が開く。
煌めくシャンデリア、流れる弦楽、甘い香水と虚飾の笑顔。
これが王都が誇る“社交界”――らしい。
クラリッサは一歩踏み出し、扇子を開いた。
笑顔で、しかし目は静かに動く。
彼女の頭の中では、別の種類の“観察”が始まっていた。
――入口右手の侯爵夫人、足元がわずかに震えている。緊張か、隠し事か。
――中央の貴族グループ、話題の中心は婚約破棄の噂。声のトーンが高い。
――左奥の給仕、盆を持つ手の角度が不自然。慣れていない。……潜入者の可能性、あり。
「ふむ。ここ、戦場と変わらないわね。」
つい口に出してしまい、隣にいたリリアが青ざめる。
「お、お嬢様!? ここは戦場ではなく舞踏会です!」
「そう? 人が武器を持ち歩かないだけで、目的は同じじゃない?」
扇子の影で口元を隠し、クラリッサは笑う。
その微笑みは、毒よりも鋭い。
周囲の令嬢たちが彼女に視線を向ける。
そして小声で囁き合う。
「……あれが“悪役令嬢”クラリッサ様よ。」
「噂通り、冷たくて怖いお方ね……。」
クラリッサの耳には、すべて届いている。
だが、彼女はただ優雅に微笑んだ。
――あの令嬢、笑顔が硬い。毒か、恋か、どちらかしら。
軽く首をかしげながら、視線を王太子に向ける。
遠くで彼が別の令嬢と談笑しているのが見えた。
頬に手を添え、紅茶のように淡く笑う。
「なるほど。笑顔で刺すのがこの世界の礼儀、というわけね。」
内心でつぶやく。
> “ここは暗殺現場と同じ。
違うのは、全員が笑顔で人を刺すことだけ。”
その瞬間、クラリッサはようやく理解した。
この世界で“悪役令嬢”と呼ばれる存在は、
裏社会で言う“標的と刺客の両方”だということを。
だから彼女は、完璧に笑う。
紅茶よりも優雅に、刃よりも冷たく。
――生き延びるために。
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Scene3ラスト一句:
> 「微笑みの角度一つで、命の値段が変わる世界。……いいじゃない、面白そうだわ。」




